第62話 「古代兵器の霊、か……?」
Side.復興大臣時代
「ユークレース様」
衛兵の一人が執務室に入室し、腰掛けている領主――ユークレース・クリオテに声をかけた。
壮年で鋭い瞳。威厳はそこまで感じられないものの、威圧感は人一倍強そうな風貌だった。
ユークレースはしかめ面をして顔を上げ、衛兵を睨みつける。
「どうした」
「その、スフェーンのマリカ王女殿下がいらっしゃいました」
睨みに一瞬怯んだ衛兵の言葉に、ユークレースの眉がぴくりと動く。
「王女殿下が? ……通せ」
静かに告げると、衛兵は頭を下げて部屋の外に出る。まもなくして、マリカと――数歩後ろにレックスが部屋に入ってきた。
ユークレースは先ほどのまでのしかめ面はどこへ行ったか、満面の笑みでマリカを迎えた。
「マリカ王女殿下、お久しぶりです。お会いしないうちに一層お綺麗になりましたな」
「お久しぶりでございます。ユークレース様もお変わりないようで安心しましたわ」
マリカはニコニコと、慣れた様子でユークレースと受け答えをする。
ユークレースはすぐにマリカの後ろにいるレックスの存在に気がついたようで、訝しげな視線をレックスに向ける。
「そちらは?」
「最近スフェーンの復興大臣に任命された、レックスです」
マリカに紹介され、レックスは「初めまして」と深く頭を下げる。
「ほぅ、若いのに立派なことだ」
ユークレースに品定めをするように見つめられ、レックスは内心気まずくなる。今のところの印象は良くも悪くもない状態だろうか。
レックスがレックス・ダイヤモンドと名乗っては、人によってはレックスが魔族だと知られてしまう。そのため、今はレックスの名だけ名乗ることにした。
「とにかく、私はマリカ王女にお会いできただけで光栄だよ」
「まぁ、そう言っていただけて嬉しいですわ」
ふふ、とマリカは口に手を当てて微笑む。
マリカのおかげもあって、ひとまず一つ目の壁は乗り越えた。レックスはふぅと息を吐く。
「彼奴、随分と傲慢な男じゃのう」
そのとき、レックスの背後から可愛らしい声がした。レックスはぎくりとする。
「なにか言ったかね?」
「い、いえ、なんでもありません」
ユークレースの睨みに怯みながら、レックスは視線だけを背後に向ける。
(ポーラ、静かにしてろ!)
(すまんのう。つい口から出てしまった)
反省する素振りを見せないポーラの言葉に、レックスは冷や汗が止まらなかった。
(今のところは大丈夫そうじゃな)
(あぁ。なにかあったらポーラに頼るよ)
ポーラは気配を消す魔法を使って、レックスたちの後ろをぴったりとついてきていた。気配を消す魔法はポーラ程度なら造作もない。気配を探知することなどできないと踏んだ、レックスたちの作戦の一つだった。
「それで、本日はどうされましたか」
ユークレースは媚びへつらうように、マリカに笑顔を向ける。権力者の前ではどんな人間も畏ってしまうものを、まさにユークレースが体現していた。
「今日は他でもありません。もう一度古代兵器を見せていただきたく参上しました」
「古代兵器を……?」
ユークレースは聞き間違いではないかと聞き返した。戸惑うユークレースに、マリカは力強く微笑みながら頷く。
「また、どうして古代兵器を?」
「我々の復興のためには必要だと思ったのです。アズライトも、古代兵器があるから皆さんが安心した生活を送れているではありませんか」
確かに、とユークレースは納得する。
アズライトの人々にとっては古代兵器の残骸が信仰の対象になっているのか。初めて知った事実にレックスとポーラは驚きつつも、黙ってマリカたちのやり取りを聞いていた。
「難しいのでしたら構いません。またの機会にお願いいたします」
「お、お待ちください! すぐに用意をします!」
マリカが控えめに微笑み、帰ろうとするのをユークレースは慌てて引き止める。ユークレースに見えないところでマリカがニヤリと笑ったのをレックスは見逃さなかった。
(上手くいったって思ってるんだろうな……)
マリカの演技力は確かだから、このくらいなんてことないのだろう。レックスは一人で納得する。
「では、ご案内します」
部屋を出るとき、レックスたちはユークレースに見えないところで笑顔で手を合わせた。
レックスたちがついていったのは聖堂にある地下だった。いかにもといった造りの地下は、レックスたちの緊張を次第に高めていく。
「いやはや、まさか古代兵器をもう一度見たいと言われるとは思いませんでしたよ」
「やはり人間の勝利の象徴ですから。何度でも拝見したいですわ」
マリカとユークレースが楽しげに話す様子を、レックスとポーラは少し後ろから見守っていた。
魔族からしたら、古代兵器を狙った人間のせいで多くの命が失われたに近い。だからこそ、レックスとポーラは決していい気分ではいられなかった。
(マリカも、演技だとは分かってるんだけど……)
レックスはどこか複雑な気持ちを抱きながら、さらに地下の奥深くへと進んでいった。
「こちらです」
地下に辿り着くと、そこは祈りを捧げるための場所だった。しかし、ステンドグラスはあるが光が一切届かないために暗く、どこか鬱蒼としていた。
そんな部屋の最奥には古代兵器の残骸があった。古代兵器は鍵と同じように歯車の形をしていて、頑丈な祭壇の上に恭しく祀られていた。
レックスとポーラには嫌というほど禍々しい、強大な魔力を感じていた。これはマリカだけではない、魔族も感知できる魔力が溢れ出ているせいだろう。
「なにも変わっていないみたいですね」
「はい。祈りのためにやってくる者も変わらずいます。ただ、公にすると人々が押し寄せてしまいますからね。あくまで守秘義務を守れる限られた人物の中で祈りを捧げています」
「そんな場所に来られるなんて、光栄ですわ」
マリカも古代兵器の残骸から溢れ出す嫌な感覚は分かっているはずだが、それでも平静を保って演技を続けている。一刻も早く破壊しなければと、レックスの中に焦りの感情が生まれていく。
「せっかくですから、祈りを捧げていってください」
ユークレースに促され、レックスとマリカは祭壇の前に向かう。マリカはすぐに跪き、祈りの体勢を取る。
「どうしました、レックス殿」
「い、いえ、なんでもありません……」
レックスが祈らないのを不思議に思ったユークレースが、不審げにレックスに尋ねる。
心のこもっていない形だけとはいえ、古代兵器に祈りを捧げるのはどうしても体が拒んでいた。
だが、なにもしないのは怪しまれてしまう。仕方ないか、と膝を折ろうとしたそのとき。
「立ち去れ……」
古代兵器の残骸から、鎧を纏った何人もの兵士が突如現れた。
「な、なんだ貴様らは……!」
「古代兵器に近づくな……立ち去れ……」
「ヒッ」
兵士たちはまるで幽霊のように、ゆっくりとユークレースに近づく。ユークレースは情けない悲鳴を上げて後ずさる。
「ユークレース様、お下がりください!」
マリカが剣を抜いてユークレースを守るように立つ。じりじりと後退しながら、マリカは兵士たちを牽制する。
「古代兵器の霊、か……?」
二人を庇うように立ったレックスはぽつりと呟く。
「霊!? そんなものは過去に一度も現れなかったぞ!」
レックスの言葉を拾い、ユークレースはさらに動揺する。兵士たちはガシャンガシャン、と鎧の音を響かせながら、レックスたちを追い詰める。
張り詰めた空気の中で、レックスは誰にも見えないところで――小さくニヤリと笑った。




