第61話 「そういえば、私やってみたいことができたの」
地下牢の扉が、内側から突如ギィと開いた。
突然のことに見張りの兵士は驚き、中を覗き込む。まさか、収容した奴らが牢屋から抜け出したのでは。まさか、そんなはずはない。
いや、念のために確認する必要がある。見張りはおそるおそる地下牢へと降りていく。
「暗いから見えにくいのは仕方ないのう」
そのとき、兵士の横から声がした。姿は見えないのに声だけが聞こえる。武器を持って身構えようとするが、足がもつれて兵士は階段を転がり落ちていく。
階段を転げ落ちたところで、兵士は急いで体勢を立て直す。さっきの声の人物はきっと牢屋から抜け出したのだ。早急に捕まえて再び牢屋に入れなければ。
「ご機嫌よう〜」
しかし、兵士の動き出しより早く、目の前から別の声がした。
顔を上げると、二人の青年と一人の少女。そして一人の青年が手に持つのは、両手で抱えるほどの巨大な氷の塊。氷の塊は兵士に向かって勢いよく振り上げられていた。
抵抗する間もなく氷の塊で思い切り殴られ、兵士はその場に崩れ落ちた。
「……勢いよくやりすぎたか?」
氷の塊がパリンと砕け、宙に舞う。空気中の水分と混ざり合い、氷は混ざるように溶けていった。
レックスは心配そうに倒れている兵士を覗き込む。
「大丈夫。呼吸してるよ」
しゃがんで兵士の様子を確認したセレナは笑顔で頷いた。
「どうじゃ。上手くいったかね」
階段から優雅に降りてくるポーラ。気絶している兵士を見てふっと笑う。
「完璧です。ポーラも流石でした」
「そうじゃろう。足を引っかける程度なら楽勝じゃ」
サファエルに褒められ、ポーラは誇らしげに胸を張る。
「目が覚める前にこの人をなんとかしよう」
自分たちの代わりに兵士を牢に閉じ込め、レックスたちは急いで階段を登っていった。
(マリカ、無事でいてくれ……!)
心なしか早足になっていくレックス。
階段を上り切ると、射し込む日の光がレックスたちを優しく照らした。
「ここは城の外の地下牢だったんですね……」
レックスたちの横には立派な城。城の横に作られた地下牢なのだとすぐに理解した。
「マリカはどこにいるかのう」
「お城の中とかかな?」
「ふむ、それでは突入するしかなさそうじゃな」
「そうだね。たっぷりお返ししなきゃ」
腕を回してやる気に満ち溢れているセレナ。ポーラもニヤリと笑って企んでいるのがレックスに伝わった。
「待ってください。誰か来ます」
サファエルの言葉に、レックスたちはすぐに魔法を使って立ち向かえるように身構える。
足音はこちらに向かって駆け足でやってくる。もしかして地下牢を抜け出したのがもう知られてしまったのか。ならば立ち向かうしかない。
構えるレックスたちの元に現れたのは、マリカだった。
「マリカ……!」
「レックス?」
レックスは構えを緩め、思わずマリカに駆け寄った。マリカは戸惑いの表情を見せてレックスを迎える。
「レックスたち、捕まっていたんじゃなかったの?」
「色々あって抜け出してきたんだ」
そうだったの、とマリカは驚いた様子でレックスの話を聞いていた。話を飲み込めたマリカは背負っていた荷物をレックスたちに手渡す。
「レックスたちの荷物はこれよ。早くこの街を出ましょう」
「マリカは無事だったの?」
「えぇ。私は別のところにいて無事だったわ。セレナたちこそ大丈夫だった?」
「うん! ポーラの魔法とレックスの作戦のおかげでなんとかなったよ!」
「それは良かったわ。街を出たらゆっくり話をしましょう」
荷物を受け取ったレックスたちは、衛兵に見つからないようにこっそりと城の外周を歩く。
「どうやって抜け出すかだな……」
「思い切って塀を越えちゃうとか? 人間ならついてこれないと思うよ」
セレナの提案にレックスは納得する。こちらには魔法という人間にはない力がある。魔法を使えば逃げ切ることだってできるはずだ。
「そうしよう。それぞれ魔法を使って塀を越えよう」
「ならば、マリカはわしの魔法で連れて行くとするぞ。使えるようになったとはいえ、まだまだ見習いじゃからな」
ポーラがマリカを見てニコリと笑う。マリカも「それじゃあお願いするわね」と笑顔を交わした。
「あたしは水属性でなんとかするよ。レックスとサファエルはどうするの?」
セレナの問いにレックスとサファエルは顔を見合わせる。
「俺は風属性を使って――」
「僕がレックスを抱えていきますよ」
え、と固まるマリカたちの目の前で、サファエルは笑顔で言ってのける。笑顔のサファエルの横で、レックスはスピネルでの一件を思い出していた。空中で軽々と抱えられたときのことを。やはり思い出しても癪な出来事だった。
しかし、自分の拙い魔法よりサファエルに連れられて飛ぶのが現実的だ。
「……じゃあ、頼むよ」
決して悪意のない、善意で言っているサファエルにレックスは渋々了承した。
城の裏側に向かい、塀の向こうを見据える。街の入り口と反対なら人に見つかる心配もない。
「よし、行くか――」
「いたぞ、あそこだ!」
そのとき、空気を切り裂くような声が木霊する。振り返ると、何人もの衛兵がレックスたちに向かってきていた。
「急いで行くぞ! サファエル、頼んだ!」
「はい!」
レックスたちはそれぞれの手段で地面を蹴って飛び立つ。セレナは水属性の魔法を逆噴射して、ポーラは召喚術を行使した鳥でマリカと自身を連れ、レックスはサファエルに抱えられ、なんとか塀を乗り越えた。
衛兵はやはりと言ったところか、レックスたちを追いかけられずに塀を見上げるばかりだった。
「なんとか出られたわね」
「もうあの街行きたくなーい!」
塀を越え、着地したセレナがじたばたと暴れる。レックスたちもその通りだと同意する。
ただの休憩で訪れたはずが散々な目に遭ったと、アズライトに来てからのことをそれぞれ思い出す。
「アズライトは、人間至上主義が特に根強い街だったみたいよ」
マリカが塀を見上げながら呟く。
「入り口で王都から譲り受けた魔道具を使って、人間以外がやってきたら探知できるようにしていたらしいの」
「なるほど。だから俺たちが魔族だって分かったのか」
「えぇ。すぐに拘束しなかったのは泳がされていたってことね」
マリカに言われ、レックスは唇を噛む。そんな街だと知らずにやってきていたなんて、知らなかったとはいえ迂闊だった。
「人間以外を受け付けないなら、拘束だけで済んで良かったですね」
サファエルの言葉にレックスはハッとする。
確かに、一時的に拘束していただけでもっと他の仕打ちを受けていた可能性もある。下手したら過激な思想の人々によって命を奪われていたかもしれない。
「まぁ、こうして無事だったからいいじゃろう。こういうことも旅にはつきものじゃ」
ポーラが重くなりかけた空気を変える。
こうした旅が安全なものだと保証されたわけではないと、レックスたちは身を持って学んだ。
「そういえば、私やってみたいことができたの」
「やってみたいこと?」
セレナが首を傾げると、マリカは「そうよ」と自信たっぷりに頷いた。
「遺跡の探索よ」
マリカの瞳はいつになく輝いていた。
「ある遺跡の在処を知ったの。せっかくだから行ってみましょう」
「遺跡探索か。面白そうだな」
探索とは旅らしいし、落ち込んだ気分を変えるのにもぴったりだ。
せっかくだから行ってみようと、レックスたちはマリカを先頭にして遺跡へと向かった。




