第60話 「聞こえてたら返事をしてくれ、マリカ!」
しばらく歩いていると、塀に囲まれた街に辿り着いた。衛兵たちがレックスに気がつくと、鋭い視線をレックスたちに向ける。
「こちらはアズライトです。なにか御用でしょうか」
「俺たちは旅をしています。この街で物資の補給と休息を取りたくて訪れました」
旅をしていること自体は珍しいわけではない。レックスたちと同年代の少年少女から一線を退いた老人まで、多くの人々が夢を見て住み慣れた土地から旅立つ。旅の流れで仲間も増えることもあるが、レックスたちのように異なる種族が集まることはほとんどない。
天使族であるサファエルのみが外見からどうしても目立つが、レックスたちは人間と変わりない。少し個性的な旅の仲間と理解してくれたらいいと願いながら、レックスたちは衛兵の言葉を待った。
「分かりました。ようこそアズライトへ」
レックスの願いとは裏腹に、衛兵はあっさりとレックスたちを迎え入れた。衛兵の凛々しい雰囲気からもう少し渋るかと思っていたため、レックスたちは少し肩の力が抜けた。
だが、迎え入れてくれたのなら有り難く入ろう。レックスたちは塀を越えてアズライトへと入っていった。
アズライトの中はどこにでもあるような普通の街で、人々が平和に過ごしていた。
「衛兵の人たちはあんな雰囲気だったけど、思ったより普通の街だね」
「そうですね。僕への視線も特段厳しいものではなかったですし、旅人を受け入れる態勢は整っているのでしょう」
そんなことを話しながら、レックスたちはゆっくりと街を回って食事を摂り、宿で一夜を過ごした。
ドンドンドン。
深夜。突然扉を力強く叩く音に、宿屋で寝ていたレックスは飛び起きた。朝かと思いきや、外はまだ暗い。マリカたちかと思ったが、それならもっと優しく扉を叩くはず。
同室にいたサファエルもすぐに目覚め、扉の方に意識を向ける。
「早く開けろ。さもないと女たちの命はないぞ」
扉の向こうから聞こえるあまりにも物騒な言葉に、レックスとサファエルは顔を見合わせる。女。つまりマリカたちのこと。
暴漢か。レックスが急いで扉を開けに行くと、そこには何人もの兵士がマリカたちを捕らえていた。
「マリカ、セレナ、ポーラ!」
レックスが駆け寄ろうとするが、レックスとサファエルも部屋に押しかけた兵士によってすぐに取り押さえられる。
なぜ自分たちがこんな目に遭わなければならないのか。
「っ……仕方ないですね」
「あぁ、やるしかないな」
武力行使はしたくないが、抜け出すには仕方ない。レックスとサファエルは力を込め、それぞれ魔法を使おうとする。
「レックスにサファエル! 魔法は使わないで!」
しかし、二人の動きに気がついたマリカがすぐさま二人を止める。
「……魔法?」
マリカの言葉を聞き逃さなかった兵士の一人が訝しげに反応する。
(しまった……!)
マリカがうっかり口を滑らせてしまったと気づいたときにはもう遅く。レックスたちを拘束する力が一層強くなる。
「やはりお前らは魔族か。連れて行け」
兵士の長であろう男が指示をすると、兵士たちは揃った動きでレックスたちを連行する。
「はーなーせー!」
セレナが抵抗するが、兵士たちの前では無力だった。麻袋を頭に被せられ、そのままレックスたちはどこかへつれていかれた。
「ちょっと、出してよー!」
セレナの可愛らしい声が地下牢に虚しく響く。
レックスたちはどこかの牢に連れて行かれ、一人ずつ収容された。木製の枷で手首を拘束され、体の自由も失われた。
薄暗く湿っぽい地下牢は、レックスたちの気分を暗くさせるにはぴったりの場所だった。
(なんで、いきなりこんなことになったんだ……?)
レックスはいくら考えても答えが出てこなかった。ひとまず、全員の安否を確認しなければ。
「みんな、俺の声が聞こえるか?」
「聞こえてるよー!」
遠くからセレナの声が聞こえてレックスは安心する。どうやら距離を置かれて収容されているらしく、向かい側の牢には誰もいなかった。
「あぁ、届いておるぞ」
「はい。僕にも聞こえます」
ポーラとサファエルも続く。反響した声で、二人はセレナよりさらに遠くにいるのだと分かった。
「マリカはどうだ? ……マリカ?」
セレナたちの声が聞こえる中で、唯一マリカの声が聞こえなかった。
「マリカ! 聞こえてたら返事をしてくれ、マリカ!」
マリカを呼ぶレックスの声は地下牢に反響するばかりで、マリカから返事はなかった。
牢の鉄柵から身を乗り出す勢いで辺りを見回すが、マリカの姿は確認できなかった。
「誰かマリカを知らないか?」
レックスが問いかけるが、誰からも肯定する声は聞こえなかった。もしかして、ここではない別の場所に収容されているのでは。
「ここから抜け出して、マリカを探しに行かなきゃ」
「でも、どうしましょう? 皆さん拘束されていますよね?」
サファエルの言う通りだった。体は拘束されていて、牢には頑丈な鍵。簡単に抜け出すことはできない状況だった。
「そういうときにこそ魔法を使うのじゃよ」
必死に思考を巡らせているところで、ポーラの反響する声が聞こえた。
すると、バキ、という音が地下牢に響く。なにかが壊れた音だと理解する間に、続いてバキン、と鉄が砕ける音がした。
もしかして、とレックスの中に一つの可能性が浮かぶ。
「ポーラ、鍵を壊したのか?」
「その通りじゃ。このくらい簡単よ」
非常に楽しげな声が次々と聞こえる破壊音と共に響き、音は段々とレックスに近づいてきた。
「待たせたのう。お主が最後じゃ」
ポーラがレックスの牢の前にやってくる。ポーラの後ろには拘束が解けたセレナとサファエルが続いていた。
まず、ポーラは鍵の破壊を始めた。防護魔法を鍵穴に注入し、徐々に範囲を広げることで鍵を破壊。頑丈だったはずの扉は簡単に開いた。
「そうやって使う方法もあるんだな……」
「防護魔法も決して防御のためだけではないからのう。頭を使うのじゃよ。ほれ、出てこい」
レックスは無惨に破壊された鍵を横目に牢から出る。手枷も同じように破壊され、レックスは自由を取り戻した。
「みんな出られたし、マリカを探しに行かなきゃ」
「そうじゃな。ただ無闇に探しても見つからんじゃろう。手分けするのも恐らく悪手じゃ」
「数で囲まれたらどうしようもないもんね。みんなで探そっか」
「まずは入り口の見張りをどうにかせねばならんな」
ポーラの言う通りで、地下牢の入り口には確実に見張りがいる。避けて通れたら良かったものの、地下牢に窓の類はない。このままだと戦いは免れられないだろう。
そうなれば、真正面から突破するしかない。
「……それなら、誘き出すのはどうだ?」
レックスの中に、ふと作戦が浮かんだ。
これなら見張りを対処できて、地下牢からも脱出できるはず。
ニヤリと笑いながら、レックスは首を傾げるセレナたちに思いついた作戦を伝える。セレナたちは感心したようにレックスの作戦を聞いた。
「なるほど。それなら見張りはなんとかなりますね」
「見張りが片付けばいいし、あとはその場の勢いで派手にやっちゃう?」
作戦を聞き終えたセレナが悪戯っぽく笑う。
それもいいかもしれないとレックスは考える。訳も分からずに地下牢に入れられたのだから、少しくらいやり返してもいいはずだ。
「それじゃあポーラ、頼んだよ」
「あい分かった」
役割を決め、レックスたちは動き出した。




