第59話 「だって、海に落ちたレックスを助けたのはあたしなんだから」
Side.勇者時代
レックスはクォーツで起きた出来事を全て話した。無人の小屋にはレックスのぽつぽつと話す声だけが響いていた。マリカたちは口を挟まず、最後までレックスの話を静かに聞いた。
外は次第に打ちつける雨が強くなっていき、レックスたちの足止めを続けた。
「……そう、レックスは王子だったのね」
話を聞き終えたマリカはぽつりと呟く。レックスはぼんやりとした表情で小さく頷いた。
話を信じてもらえて良かった。荒唐無稽とまではいかないものの、信じてもらうにはなかなかの情報量と内容だから。
セレナたちも静かに頷き、レックスの話を信じて聞いているようだった。
「わしはレックスの話が聞けて良かったぞ」
ポーラを見ると、ポーラはいつになく優しい笑みを浮かべていた。
「まだテヴァス王の血は途絶えていなかったのだと分かった。わしはそれだけで満足じゃ」
ポーラは安心したような優しい微笑みを見せた。
魔族でありクォーツで育ったポーラからしたら、あの一件で魔族は失墜したといってもおかしくはない。だが、実際には血は続いていた。レックスがポーラや魔族の希望であることには違いなかった。
「となると、レックスの本当の名前はレックス・ダイヤモンドじゃな」
「ダイヤモンド?」
「そうじゃよ。王はテヴァス・ダイヤモンド、王妃はイヴ・ダイヤモンド。ならば、子であるレックスはレックス・ダイヤモンドじゃろう」
自分の本当の名前はそんなに威厳のある名前だったのかと、レックスは他人事のように感心した。
本当の名前も知ったことで、レックスはようやく自分が何者なのか分かってきた。王の子であり、王の血を受け継ぐ者。レックスはようやく自分の置かれた立場に気がつき始めた。
言うなれば生き残りに等しい。自分がいなくなっては、今度こそ血が途絶えてしまう。そんな状況だけは避けたい。
自分を可愛がって身を守るわけではないが、これからは無謀ではなく身の振り方を考えようと心に決めた。
「それにしても、レックスが元気に育ってくれて嬉しいよ」
セレナが肘をつきながらレックスに向けてニコリと笑う。
「育ってって、まるで母親みたいに言うのね」
「母親みたいなものだよ。だって、海に落ちたレックスを助けたのはあたしなんだから」
「……え?」
マリカが信じられないと言った表情でセレナを見つめる。しかし、セレナは揺らぐことなくニコニコと笑っていた。
「赤ちゃんのときから大きくなったなぁって……あたし、なんか変なこと言った?」
「変どころか、衝撃的すぎます……」
セレナは向けられている視線の意味が分かっていないのか、きょとんとした表情をしていた。
全員の反応に納得がいかないのか、「うーん」と腕を組みながらセレナは首を傾げる。セレナとしてはあまり大きな出来事ではないらしい。
「どういうことなのか、一から説明してくれるか?」
「もちろんだよ」
レックスに微笑みかけ、セレナは話し始めた。
「魔族と人間の争いで地上の様子がおかしいっていうのは海からでも分かってたよ。だから、あたしはときどき地上の様子を確認してたんだよね。そんなあるとき、防護魔法がかけられた子が海に落ちてきたんだ」
「それが、俺だったってことか……?」
セレナは頷く。
「もちろんすぐに助けたよ。そしたら、防護魔法にはその子に関しての記憶が詰め込まれていた。魔法のおかげでその子が王様の子供で、レックスだって名前を知った」
王妃はあの短い時間で、そんな魔法を自分に施していたのか。追い詰められた中でも魔法を的確に使えるのは流石王妃だと、レックスは心の奥からじわりと込み上げてきた。
「すぐに育ててくれる場所を探したけど、今だと人間が侵攻してるから地上は危ない。だから、あたしは離れた街に連れて行くことを決めた」
セレナは真剣な表情で話を続ける。
「行くなら王都かなって思って、スフェーンに行った。でも、人間からしたら魔族の子なんて育てられるはずがない。どうしようって考えてたらスラムの存在を知った。スラムならきっと差別もない。だから、レックスを受け入れてくれると信じて向かったの」
赤子のレックスを連れたセレナはさぞ不安だっただろう。
語るセレナの表情は落ち着いているものの、隠しきれない不安が見え隠れしていた。
「あたしはスラムにいた人にレックスの名前だけを伝えて、育ててもらうようお願いしたの」
「だから、レックスはスラムで暮らしていたのね」
「そういうこと。スラムの暮らしが大変なのは分かってた。でも、魔族として迫害されるよりはよっぽどいいと思ったの」
言葉を切って、セレナはレックスに向き直る。
「あたしの勝手な考えでレックスをスラムに連れて行ってごめんね。ずっと大変だったよね」
セレナはくしゃりとした笑顔を向ける。
今にも泣き出しそうな笑顔に、レックスはなんと答えたらいいかすぐに答えが出てこなかった。
スラムでの暮らしが大変だったのは事実だった。何度逃げ出したいか考えたか分からない。しかし、いつかスラムを出て暮らせると希望を持っていたのは、スラムで支え合う仲間がいたから。
「セレナ」
「レックス……」
「ありがとう」
「え……?」
レックスの感謝の言葉にセレナは呆然とする。レックスはふわりと微笑み、セレナの頭に手を置く。
「俺が生きて、今ここにいられるのはセレナのおかげだ。セレナが俺を生かしてくれたんだ」
セレナがいなければ海の底に沈み、そのまま人生を終えていた可能性だってある。セレナがいたから、今ここでレックスとして生きられている。
セレナの目元にじわりと涙が滲む。
「そうやって言ってくれたら、あたしがやったことは間違ってなかったって思えるよ……」
しっとりした空気を振り払うように、セレナは瞼を擦って涙を拭う。笑顔を取り戻し、「これからもよろしくね」とレックスに笑いかけた。
「セレナはレックスの命の恩人じゃな」
「その通りですね。これからレックスはセレナに頭が上がりませんね」
ポーラとサファエルがニコニコとレックスに笑顔を向ける。その通りだと、レックスは笑いながら深く頷く。
「あとね、いつかあたしに会いに来てくれたらいいなと思って、スラムに魔法陣を残しておいたの。あたしが住む、ベリルに繋がる魔法陣を」
「魔法陣……?」
セレナの話にレックスとマリカには心当たりがあった。兵士に追われていたとき、身を隠すために使った場所。そこで偶然見つけた魔法陣を踏んで、レックスたちはベリルへと旅立った。
「もしかして、橋の下にある魔法陣か……?」
「うん。魔法が使える人しか通れない仕様にしてね」
「あの魔法陣はセレナが作ったのか……?」
「そうだよ」
セレナは優しく微笑んだ。
まさか、何度も訪れた危機を乗り越えた恩人がセレナだったなんて。込み上げてきたものをぐっと堪えて、レックスは頭を下げる。
「……ありがとう」
「どういたしまして。大きくなったレックスに会えて良かったし、こうして一緒に旅ができて嬉しいよ」
今度はセレナがレックスを優しく撫でる。いつもなら子供扱いするなと手を避けるだろうが、今だけはセレナの暖かさを感じていたかった。
話をしている中で、セレナはマリカが呆然としていることに気がつく。
「マリカ、どうしたの? あたしの話に感動してる?」
「え、えぇ。レックスが王子だってことにまだ驚いていて……それに、奇跡みたいな話だと思ったのよ」
「確かに奇跡だね。偶然と幸運が積み重なって今のレックスになってる」
セレナはニコリと笑ってレックスと目を合わせる。
奇跡と言われるとどこか気恥ずかしい。レックスは小さくはにかんだ。
「そうしたら、レックス。次はどうするのじゃ?」
突然話題を切り替えたポーラの言葉に、レックスは「え」と言葉が漏れる。
「元はレックスの素性を知るための旅じゃったろう。レックスが何者か知った今、旅の目的は達成されたに等しいぞ」
ポーラの言うことは正にその通りだった。
自分が何者なのか、家族のことを知りたいという小さな思いから旅は始まった。そして、自分が魔族の王の血を引くレックス・ダイヤモンドであると判明した。
目的が達成されたなら、旅を終わらせてもいいのかもしれない。だが、このままあっさり終わるのはあまりにも味気ないのではないか。自分が何者なのか分かったから解散しようとは簡単に言えなかった。
全員の視線が集まり、レックスはマリカたちを一瞥する。
「俺はまだみんなと旅がしたい。具体的にどこに行くかは決めてないけど、次はこの世界のことをもっと知りたい。……だから、ついてきてくれないか」
「もちろんよ」
レックスの問いかけに一番に答えたのはマリカだった。
「ここまで来たら、私たちはどこまでも一緒よ。あなたの旅の終わりまで私は見届けるわ」
「マリカ……」
「きっとみんなの気持ちも同じよ。そうよね?」
マリカの問いかけに、セレナたちはもちろんだと言った風に頷いた。
「もしかしたら、またレックスを助けられるかもしれないからね!」
「久しぶりに外の世界を知るいい機会じゃからな。簡単に帰ってしまうのもつまらないからのう」
セレナとポーラが優しく微笑む。
「レックス、僕たちにたくさんの景色を見せてください」
「みんな……」
サファエルも穏やかな笑みでレックスを見つめる。
マリカたちも同じ気持ちを抱いていたのかと、レックスの中に暖かい感情が込み上げてきた。
「そうしたら、一度物資補給をして、宿でゆっくり休みましょう。そこから新しい旅を始めるのはどうかしら」
マリカの提案にレックスたちは同意する。一度腰を落ち着けたら、新たな気持ちで旅を始められそうだ。
決意したレックスたちが小屋を出ると雨はもう止んでいた。気持ちを新たに、レックスたちは近くの街へと歩き出した。




