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第6話 「レックス、こっち」

「おはよう、レックス」


 太陽が(のぼ)る頃、マリカは朝一番にレックスを起こしに来た。すっかり疲れが取れたレックスは、マリカを笑顔で迎えた。


「おはよう、マリカ」

「朝ご飯、もうすぐ出来るわよ。この調子だとレックスが一番乗りかしら」


 他の宿泊客と鉢合わせない方が都合がいいだろうと、レックスは早々に朝食を取ることにした。


「おはようございます」


 女将(おかみ)挨拶(あいさつ)をするが、「あぁ」とそっけない態度で返されるだけだった。しかし、レックスは特に気にしていなかった。今はマリカという頼もしい味方がいるから。

 朝食は昨晩と同じ(いも)の炒め物と麦粥(むぎかゆ)。朝の胃袋にも優しい朝食で、レックスの胃は満たされていった。

 昨晩から思っていたが、女将の料理はどれも絶品だった。こんな小さな宿屋で終わらせていい品々ではなかった。恐らくどこかで修行をしたのだろう。

 豪華な料理を食べたことのないレックスでも思うのだから、女将の料理の腕は相当なものだ。


「それじゃあ、俺はこれで」


 すぐに朝食を食べ終わったレックスは宿屋をあとにする。マリカも朝の支度(したく)の途中で、レックスを見送りに来てくれた。


「本当にありがとう。また会ったときはよろしくな」

「こちらこそ。また会えるといいわね」


 マリカはレックスの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。

 レックスが裏路地に戻ると、少年たちがレックスの姿を確認するなり駆け寄ってきた。


「レックス、大丈夫!?」

「帰ってこないからずっと心配してたんだよ!」


 心配そうにレックスを取り囲み、中には涙ぐんでいる者もいた。

 先日怪我(けが)をした一件もあるだろうが、一晩いなかっただけでこんなに心配させてしまうと思わなかった。


「いい人に出会えて優しくしてもらっていたんだ。心配しなくて大丈夫だよ」


 笑顔でレックスが応えると、少年たちはほっとしたように笑顔を見せる。

 今日の自分のように、みんなにも満足できる量のご飯を食べさせてあげたい。ならば、もっと自分も頑張(がんば)らなければ。


「じゃあ、俺は働いてくるよ。みんなはゆっくり休んでるんだぞ」


 そう言って、レックスは裏路地を抜けて港の方へ歩いていった。


 今日雇ってくれた商人は短い労働時間だったものの、十分な賃金(ちんぎん)をレックスに与えてくれた。昨日の分と合わせたら相当な量の食事が買える。空腹で腹を空かせていた子供たちも満足できるはずだ。


(時間があるし、今日は料理でもしようかな)


 簡単な火起こしなら、レックスは魔法が使えるためになんてことなかった。

 治癒(ちゆ)魔法も属性魔法もどこかで覚えたわけではなく、育ったときから自然と使えていた。決して強力ではないが、日常を過ごす程度なら便利な力として役立っていた。

 ただ、スラムの人々以外に言えないのはレックス自身もなんとなく分かっていた。魔道具も使わずに魔法を使えるなんて、スラムの人々でなければ受け入れてくれない。

 だから、レックスはこの力をスラムの中で役立てていこうと思っていた。


「レックス?」


 大通りで食材を眺めていると声をかけられる。そこにいたのはマリカだった。

 今朝(けさ)別れたばかりなのに、またすぐに再会できるなんて思わなかった。レックスは内心で喜びを噛み締めながら「奇遇(きぐう)だな」と笑顔で返す。


「今日も買い出しか?」

「えぇ、ちょっとだけ足りないものがあったの。でも今日は一人で運べるから大丈夫よ」


 マリカは自信たっぷりに笑顔を見せる。

 昨日ほどの荷物でなければ無理に手伝う必要もないだろう。

 最低限の食材を買い――今後のために資金は残し、レックスは大通りをあとにする。


「と、止まってくれ〜!」


 歩き出そうとしたところで、どこかから男性の叫び声が聞こえた。声のした方を向くと、馬がレックスたちの方に走ってきていた。

 なにかしらの原因で馬車の馬が暴れ、暴走しているのだとすぐに分かった。

 レックスは追突しそうな場所を予想して身を(ひるがえ)す。それはマリカも同様だった。

 だが、しかし。


「マリカ!」


 近くの小石に足を引っかけ、マリカは(ひざ)をついてしまった。

 このままでは暴走した馬がマリカに突っ込んでしまう。数秒後に起こる惨劇(さんげき)を予想した周囲の人々は思わず目を(つむ)る。

 そのとき、レックスが飛び出してマリカと馬の間に立つ。


(止めるだけだから、ごめんな……!)


 心の内で謝罪しながら、レックスは拳に雷を溜めて馬に向かって突き出した。

 拳は馬にしっかりと突き立てられる。情けない鳴き声を上げながら、馬はその場に倒れ込んだ。


「……ふぅ」


 拳を振って、レックスは息を吐く。


「大丈夫か?」


 レックスは変わらず膝をついているマリカにそっと手を差し伸べる。

 マリカはレックスの手を取るが、表情は驚きに満ち溢れていた。


「レックス、今のって……」

「あぁ、昔から使えるんだよ。内緒に……って言いたいけど、この状況だと無理そうだな」


 レックスは苦笑しながら周囲を見回す。


「今、魔法を使っていなかったか……?」

「しかも魔道具は使ってなかったよな……」


 人々はレックスとマリカ、倒れている馬を交互に見つめる。誰もが信じられない様子で、ひそひそと(つぶや)いていた。


「もしかして、魔族か?」


 誰かの発言が、レックスとマリカの耳に届く。

 やはり魔族だと思われるのか。自分は違うのに、とレックスは唇を噛み締める。


「レックス、こっち」


 すると、マリカがレックスの手を取って走り出した。突然のことに、レックスはマリカに手を引かれるまま走っていた。

 マリカについていって辿(たど)り着いたのは、レックスが昨晩世話になった宿屋だった。


「おかえり、早かったね――」


 中に入ると、女将が二人を迎えた。笑顔だった女将はレックスの姿を見るなり、不快感を(あら)わにした。


「なんだい。二度目はもてなさないよ」

「いいえ、少し彼を(かくま)ってください」


 匿う。マリカからの聞き慣れない言葉に女将は(まゆ)をひそめる。


「……なにがあったんだい」

「いわゆる訳ありです。理由は聞かないでくださると助かります」


 神妙(しんみょう)な面持ちのマリカに、女将は腕を組んで(うな)る。

 いきなりスラムの人間を匿えだなんて、受け入れられないのも無理はない。レックスは女将の反応ももっともだと実感していた。

 コンコン。

 沈黙を破るように、宿屋の戸を叩く音がした。

 扉が叩かれただけだが、レックスとマリカがびくりと肩を震わせるには十分だった。


「……厨房(ちゅうぼう)の方に行きな」


 女将はぶっきらぼうに言うと、ゆっくりと扉に向かった。レックスとマリカはその隙に厨房へ向かう。


「こちらに一組の男女は来ていませんか?」


 女将が扉を開けると、そこに立っていたのは(よろい)を身に(まと)った兵士が二人。

 レックスたちは厨房からこっそりと(のぞ)き、入り口の様子を(うかが)っていた。


(なんであんな人たちが来てるんだ……?)


 一組の男女と言えば、現時点ではレックスとマリカも当て()まる。ここで出ていってはいけないと、レックスもマリカも頭では理解していた。

 だが、女将がいると言ってしまえば、レックスたちの存在も知られてしまう。そうしたらどんな手を使ってでも逃げなければいけない。

 心臓の音が高鳴る中で、レックスとマリカは女将の言葉を待った。


「さぁ、来ていないね」


 女将は兵士の質問にあっけらかんと答えた。


「そうですか。大通りからこちらに来たという情報を聞いたのですが……」

「知らないねぇ。そんな分かりやすい人らが来たらすぐに分かるよ」


 兵士の疑うような視線にも負けず、女将は明るい調子で答えていく。

 レックスたちが見守っていると、女将が背中でしっしっと手を振った。

 行きな。

 声に出したわけではないが、女将はそう言った気がした。


(女将さん、ありがとうございます)


 心の中で感謝の言葉を()べ、レックスはマリカに案内されて裏口に向かう。

 途中でマリカは短刀(たんとう)より少し長い剣を手に取り、腰に()えた。


「前に宿泊した人が置いていったの。いざというときの武器にするわ」


 確かに、丸腰よりはよっぽどいい。レックスの魔法も攻撃の有効打になるほどではない。

 マリカも立ち向かえるための武器だと、レックスはマリカに預けることにした。


「けど、大通りに行ったらあの人たちに見つかるわよね。特に私は顔が知られているから、情報が流れる可能性もあるし……」


 昨日も商人と気さくに話していたし、マリカはどうしても目立つに違いない。

 ならば、見つからない道を歩けばいい。


「こっちだ」


 レックスはマリカを連れて裏道を歩き出す。

 以前スラムの子供たちに秘密の抜け道だと言って教えてもらった道があった。薄暗くて人は通らないために、まさに秘密の抜け道だとレックスは納得した。

 曲がりくねった道を歩き続け、レックスたちは裏路地に辿り着いた。

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