第5話 「あの、俺で良ければ運びますよ」
翌日。
レックスは幸運にも商人に雇われ、労働を行っていた。荷運びは重労働だからか、スラムの人間でも有り難いと思われる労働の一つだった。
港から取引を行う店まで荷物を運ぶのはそれなりに体力を使うが、体力作りと思えばそれほど苦にはならなかった。
「それじゃあ今日はここまでだ。労働ご苦労」
「ありがとうございます」
商人から賃金を手渡される。今日出会った商人は金払いが良く、一日の食料品を買うのには適した金額だった。
(これなら、みんなもいいご飯が食べられるはずだな)
賃金を受け取ったレックスは気分良く大通りの店を眺める。栄養面なら干し肉やパン、果物が食べるのには最適だ。贅沢をできるほど金があるわけではないが、手っ取り早く栄養を摂取したいならその辺りの物を食べるのが一番だ。
「玉ねぎと芋をそれぞれ十五個ずつください。それと香草も一束お願いします」
浮かれるレックスの横を少女が通り過ぎ、商人に注文する。レックスが少女を横目でちらりと見ると、同い年くらいの可憐な少女だった。
注文する量からして自宅で作る量ではないのはレックスもすぐに理解した。どこかの飲食店の娘だろうか。
「マリカちゃん、大丈夫かい? 流石に多い気がするけどなぁ」
「これくらい大丈夫ですよ。任せてください」
少女は自信たっぷりに答える。金を受け渡し、袋にパンパンに詰まった野菜を受け取る。
「あ」
受け取った拍子に、袋から飛び出た芋がレックスの足元に転がる。レックスは拾い上げ、少女に手渡す。
「落としましたよ」
「ありがとうございます」
少女はレックスの手から野菜を受け取り、袋に押し込んでいく。
目の前には明らかに手持ちの許容量を超えている少女。そんな人物がいたらレックスのかける言葉は決まっていた。
「あの、俺で良ければ運びますよ」
「そんな、大丈夫ですよ。私でなんとかします」
レックスの優しさを少女は丁重に断る。それでも、両手に抱えきれないほどの野菜たちは少女の両手からはこぼれ落ちそうだった。
「マリカちゃん、今回は頼んでもいい気がするなぁ」
店主は苦笑いをして言うが、あまりいい顔をしていなかった。それはレックスがスラムの人間で、なにかにつけて賃金を求められるからか。
店主の言い分もレックスは十分に理解していた。労働した分はきちんと支払ってもらおうという気持ちは少なからずある。ただ今は少女を助けたい善意が勝っている。
「ただ働きでいいです。今はあなたを助けさせてください」
レックスの真剣な瞳に、少女と店主は顔を見合わせる。少女はすぐにレックスに視線を移し、優しい目を向ける。
「それでは、ちょっと重いのでお願いしてもいいですか?」
少女から荷物を受け取り、レックスと少女は歩き出した。
「着きました」
大通りを少し歩いたところで、少女は足を止める。入り口には宿屋であることを示す看板がぶら下がっていた。
「宿屋で働いているんですね」
「はい。住み込みで、もう何年もお世話になっています」
少女は荷物を抱え直し、宿屋の扉を片手で開ける。
「戻りました」
宿屋の中は、宴会には早い時間ながらも宿泊客で溢れていた。さながら栄える酒屋のようで、レックスは知らない世界に一人圧倒されていた。
「マリカ、たくさん頼んで悪かったね。一人で大丈夫だったかい?」
厨房から壮年の女性がマリカに声をかける。
風貌から女将と言っても差し支えない雰囲気で、気前のいい笑顔でマリカに微笑みかけた。
「はい。この方に助けてもらいました」
マリカは荷物を抱えるレックスを差す。女性――女将と目が合ったレックスは軽く頭を下げた。
「……早く荷物を置いておいで」
レックスの雰囲気から一般市民ではないと判断したのかもしれない。女将は冷たい視線をレックスに投げかけ、厨房に体を向けた。
「そうしたら、こっちまで荷物をお願いします」
「……分かりました」
いい顔をされないのは分かっていた。あからさまな態度を向けられるのも慣れていた。
だが、好意的な人に触れ合ってしまったからこそ、レックスの心はほんの少しだけ痛んだ。
「本当にありがとうございます」
裏口に荷物を運び終え、少女はレックスに深く頭を下げた。
普段の仕事に比べたら、そんなにお礼をされるような仕事量ではない。むしろお礼を言われるなんていつぶりだろうか。
「せっかくですから、女将さんの料理を食べていってください。並の料理ではない、絶品ですよ」
少女の厚意は受け止めたかったが、それほどのお礼をされるようなことはしていなかった。
「それとも、先に湯浴みでもしますか?」
レックスが答えるより早く、少女は笑顔で言葉を投げかけていく。流石にそこまではしなくていいと、レックスは全力で首を振る。
「いえ、宿に泊まってるわけじゃないので……」
「宿泊代なら私が肩代わりしますよ。一日くらいなんてことありません」
少女はどうしてそんなに優しくしてくれるのかと、レックスは疑問を抱いた。スラムの人間に対しては誰もが人間らしい扱いをしてくれないのに。
「その、あなたは……」
「マリカと呼んでください。呼び捨てで構いません。敬語も必要ありません」
少女――マリカはレックスに笑顔を向ける。日の光にも負けない明るく優しい笑顔だった。
「マリカさんは――」
「マリカです」
「……マリカは、なんで俺に優しくしてくれるんだ? 俺はスラムの人間だぞ」
レックスの問いかけに、マリカは視線を落とす。
「恥ずかしながら、スラムの実情は深くは知りません。ですが、困っている人を助けるのは当然のことですよね」
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
「だって、あなたも私を助けてくれたじゃないですか」
ただ荷物運びを手伝っただけなのに、普通の人間と同様の扱いをしてくれる。マリカの優しさが溢れ出ているのをレックスはひしひしと感じ取っていた。
「俺はレックス。レックスって呼んでくれ」
「レックスですね。敬語は必要ないと言った以上、私も敬語をなくしますね」
マリカは笑顔でレックスの手を取る。
「レックス、今日は私があなたをもてなすわ。だから私に甘えてちょうだい」
その後は、レックスが首を縦に振ったわけではないのに宿泊客と同じもてなしをしてくれた。夕食は野菜のスープとパンに芋の炒め物。夕食が終わると湯浴みを提案され、心も体も清潔になっていった。
「今日はここで寝ていって。部屋もちょうど空いてるから」
空き部屋を案内され、レックスは部屋のベッドに寝かされる。ここまで丁重にもてなされるとはレックス自身も思っていなかった。
荷物運びを手伝っただけでこんな待遇を受けるなんて。優遇されることに嬉しく思う反面、スラムのみんなも同じ扱いを受けて欲しいと思ってしまった。こんなに優しくしてくれる人に出会って欲しいと願うばかりだった。
空き部屋を充てがわれ、レックスはベッドに案内される。
「眠れないなら子守唄も歌うわよ」
「そこまでしなくて大丈夫。一人で寝られるよ」
マリカの過剰かもしれない優しさに感謝しながら、レックスはベッドに潜る。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
部屋の扉が閉められ、無音が訪れる。
暖かいベッドと部屋で、こんなに安心して眠れる日が来るとは思わなかった。いつもなら薄い布切れを申し訳程度に被せているだけだから。
何度か寝返りを打ったが、疲れもあってレックスはすぐに眠りについた。




