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第54話 「なにがあったのか、私たちに話して」

(今、俺の名前を読んだ……?)


 レックスが王妃に駆け寄ろうとすると、横にいた王の指がぴくりと動いた。


「イヴ、よ……」


 王が(かす)れた声で呼んでも、王妃はもう動かなかった。


「お前が残したのなら、私も、愛する我が子に贈り物を、残すことにしよう……」


 王が力なく手を上げると、空気が舞う。クォーツの全てが王の手に集約されていくように光が集まっていく。


「我が子がこの地を訪れたときに、全てを知ってもらうのだ……」


 王はよろよろと手を伸ばしたが、最後には力尽きた。

 次の瞬間、全てが早回しになるように時間が流れ、一気に静寂が訪れた。燃え尽き、(くず)れた部屋の惨状(さんじょう)だけがそこに残っていた。王や王妃たちの姿もなくなり、レックス一人だけが部屋に取り残された。

 (つい)体験(たいけん)が終わって元の世界に戻ってきたのだと、レックスは呆然(ぼうぜん)としながらも理解した。

 レックスの視線は自然と机に向く。今も残っていれば、あの机の中に手紙が入っている。

 息を()み、レックスは無言で机に近づく。ゆっくりと引き出しに触れると、引き出しは意外にもすんなりと開いた。中には便箋(びんせん)が入っていて、ところどころに乾いた赤黒い染みを作っていた。王妃が血に塗れてせいだと、レックスは唇を噛む。

 便箋を手に取り、そっと開く。手紙には最後の力を振り絞った、震える字が書かれていた。

 文字は旅の途中、マリカたちに教わったからなんとなく読める。レックスは手紙の内容を目で追い始めた。


『愛する我が子へ。

 この手紙を読むとき、私と王はもうこの世にはいないでしょう。

 あなたを胸に抱いたのはほんの少しのこと。けれど、その温もりは私の中にいつまで残り続けます。

 私たちがあなたに託したのは、力ではなく、人々を守る優しい心。

 魔法も、誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るために使いなさい。

 そして、あなたの名前は私たちの希望です。希望と、未来の王たる名前を想って名付けました。

 その名前は――』


「レックス、と……」


 手紙の最後の言葉は、自然と口から出ていた。

 レックス。自分の名前だ。

 王の言葉も思い出す。訪れたときに全てを知ると。自分は今こうして、クォーツの全てを知った。

 自分と同じ名前。全てを知ってもらう。我が子。

 あぁ、そうか。きっと。

 全てを理解したレックスの手が震える。

 あのとき王妃が逃した王子は。二人の子供は。


「俺、だったんだ……」


 レックスはようやく、知りたかった自分の生まれを知った。家族のことも、生まれた土地のことも。

 だが、それを現実として受け止めるにはあまりにも無慈悲で(こく)なものだった。こんな形で知るしかなかったなんて残酷すぎる。


「俺は、ここで生まれたのか……」


 レックスは手紙に視線を落としたまま(つぶや)く。

 当時は疑問に思っていたが、ジャスパーや老人の反応も今から理解できる。あのとき、(すで)に王の子だと薄々(うすうす)気がついていたのだ。ただ似ていると言っただけではなかった。

 喉の奥が熱くなった。(こら)えても、込み上げてくる感情は堪えきれなかった。力を込めたせいで手紙がくしゃりと音を立てる。

 ぽたり、と手紙に(しずく)が落ちた。


「…………父さん、母さん」


 レックスの(かす)れた声は、誰にも届かなかった。


 レックスは無言で王宮を出た。外はぽつぽつと雨が降っていて、レックスの体を少しずつ濡らしていく。雨が降っているときは頭上に防護魔法をかければ雨を避けられるとポーラから教わっていたが、今のレックスに魔法を使う気力はなかった。

 静かに降る雨はまるで今の自分の感情だと、詩人のようなことを考えながらクォーツの街をを歩く。

 手紙は机の中に再びしまってきた。いくら母の(のこ)したものとはいえ、王宮の外に持ち出すのは違う気がしたから。王妃自体はどこにいるかは不明だが、手紙は王宮でゆっくりと眠ってもらうつもりだ。

 ふらふらとしながら、レックスはクォーツの入り口へと向かう。しばらく一人で行動してたがらマリカたちは心配しているだろうか。もしかしたら自分たちを置いて行ってしまうなんて、と怒っているかもしれない。

 どちらにせよ謝るしかない。レックスは入り口に辿(たど)り着き、両手でゆっくりと扉を開けた。ギギ、と音がして扉が開いていった。


「レックス!」


 扉の先では、マリカたちが防護魔法を使って雨を凌いでいた。レックスの姿を見るなり、セレナが真っ先にレックスに駆け寄って防護魔法を展開した。


「大丈夫!? いきなり消えたからずっと心配してたんだよ!」


 風邪引くよ、と火属性と風属性を使ってレックスの体を乾かしていく。慌てて魔法を使うセレナを見て、レックスは少しだけ笑顔を取り戻す。


「これお主、一気に魔法を使ったら疲れるぞ」

「ごめん。レックスが戻ってきたからつい」


 横からポーラが(いさ)めるように現れ、セレナと防護魔法を交代する。


「レックス、中ではなにもありませんでしたか?」


 治癒(ちゆ)魔法を使うサファエルに(たず)ねられ、レックスはクォーツの中でのことを思い出す。王の魔法によって過去の追体験をして、自分の出生を知った。

 一言では説明できない出来事に、レックスはなんと言おうか言葉を詰まらせる。


「無事、だよ。怪我(けが)をしたわけじゃないし」


 レックスは無理やり笑顔を作ってみせる。サファエルはレックスの笑顔で(さと)ったのか、それ以上はなにも追求しなかった。


「ひとまず雨宿りできる場所に行きましょう。クォーツの中は……やめておきましょうか」


 マリカは扉を見上げながら提案する。レックスは心に傷を負ったのだとマリカなりに判断したのかもしれない。

 そうしたレックスたちはクォーツを離れた。道中に無人の小屋があったため、そこを雨宿りのための場所とした。


「……レックス、あなた泣いていた?」


 濡れた体を拭いている途中、レックスはマリカに尋ねられた。まさか涙の(あと)を見られたのではと、レックスは(あわ)てて目を(こす)る。城を出るとき、これ以上泣かないように涙は(ぬぐ)ってきたのに。


「そ、そんなことないよ」

「いいえ、少し(まぶた)が赤かったわ」


 雨に濡れて誤魔化せたつもりだったが、マリカにはお見通しだったのかもしれない。


「レックス。なにがあったのか、私たちに話して」


 マリカは()()ぐレックスを見つめる。マリカの表情は正直に話して欲しいと懇願(こんがん)しているようにも見えた。


「私たちはなにがあってもレックスを信じるわ」

「……あぁ、分かった」


 マリカの表情に当てられて決意をしたレックスは、静かに口を開いた。

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