第53話 「この子がいる限り、魔族は永遠に栄え続けます」
レックスは人々をすり抜けられるのをいいことに王宮へ近づいていく。人々の視線を追うと、一人の男性が現れる。男性が現れたことで歓声がさらに大きくなる。
服装からしてクォーツの王だろう。身なりから推測したレックスは王の様子を窺った。どうやら演説が始まるようで、人々が期待のこもった瞳で王宮を見上げていた。
(確かに、俺に似てるかも……?)
老人はテヴァス王と言っていた気がする。老人に似ていると言われたのを思い出しながらレックスは人々と同じように王を見上げる。
王が小さく手を上げると、最高潮に達していた人々の歓声はぴたりと止む。歓声は止んだが、人々の期待する表情は変わらなかった。
「今日、我が愛する妻、イヴが一人の子を生んだ」
王の一言で人々が一気に盛り上がる。
新しい子が生まれたのを伝えるためだったのか。それならこの人の多さも納得だ。
「あの子はクォーツの未来の王となる。今日は祝福の日だ」
人々は手を挙げて王子の誕生を祝った。誰もが希望に満ちた目で王を見上げていた。
「王様万歳!」
「テヴァス王と未来の王に万歳!」
盛り上がる人々の中、レックスは一人静かに王を見上げていた。
(これが過去の記憶なら、生まれた王子はどのくらいまで成長してるんだろう)
既に王として位についたか、もしかしたら自分と年齢が近い可能性だってある。この過去の記憶がいつのものか分からないから、どうしても推測の域を出ないが。
姿が見えないなら城の中に行ってもいいだろうか。否、姿が見えなくても勝手に城の中に入るのは無礼かもしれない。だが、王子の顔は一度くらい見ておきたかった。
「襲撃だ! 人間が来たぞ!」
レックスが思案していたそのとき、どこかから一人の叫び声が聞こえた。
声のした方を見ると、人間が武器を持ってクォーツの都市に押し寄せてきていた。
「子供たちは家の中へ、戦える者は外に出ろ!」
一瞬混乱に陥るものの、クォーツの人々はすぐに人間たちに立ち向かった。魔族は魔法という武器があるから、衛兵だけに頼る必要はなかった。自身も戦えるのだと示す行動だった。侵攻してきた人間はあっという間に鎮圧され、クォーツに平和が訪れた。
平和に笑い合うクォーツの人々だが、その中で一人レックスは不穏な感情が胸の中に生まれていた。
(もしかして、クォーツがあんな状態になったのは人間が原因なのか……?)
レックスが疑問に思うと、まるでレックスの感情を分かっていたかのように早回しで人々が動いていった。
人間は日々群勢となって押し寄せ、都市を荒らし、クォーツの人々を攻撃していった。次第にクォーツの人々は疲弊し、傷つき、死者も現れ始めた。
「ここまでするなんて、人間は最低だ!」
「私たちがなにをしたって言うのよ!」
クォーツの人々の悲痛な叫びに、レックスは思わず耳を塞ぎたくなった。なにもしていないのに、なぜ攻め込まれなければならないのか。王の下に子供が生まれ、盛大に祝福していただけのはずなのに。
その後も早回しで記憶は流れ、燃え盛る街の中で人間たちが王宮へ向かう姿が見えた。このままでは城にいる人々の身が危ない。
「待て!」
自分は記憶を追体験しているだけで、追いかけてもなにもできない。それでもレックスは立ち止まっていることなどできず、駆け出していた。
息を切らせながら王宮に入ると、中は既に荒れていた。そこかしこが燃え、混乱し、魔族と人間が戦う光景が王宮の様々なところで繰り広げられていた。
レックスはなにもできず、呆然と戦乱を見つめることしかできなかった。
(そうだ、王は……!)
レックスは王宮内を駆け回る。果たして王は無事なのか。魔族や人間の間を駆け抜け、ありとあらゆる部屋を探し回った。
「いたぞ、ここだ!」
人間の兵士の声が聞こえ、レックスは走り出す。口ぶりからして重要な人がいるに違いないと。
レックスの予想は当たっていた。中には王と王妃、そして王妃に抱えられる王子の姿があった。横には世話係であろう魔族たちが血塗れで倒れていた。恐らく王を守った結果なのだろう。凄惨な光景にレックスは息が詰まる。
広い窓から望める景色は青い海が見えたが、今の状況では楽しむどころではなく。崖っぷちに追い詰められているようにしか見えなかった。
入り口から王を囲う人間たちは、勝ち誇ったような様子で王たちを見つめる。
「さぁ、吐いてもらおうか。あれの居場所を」
一人の人間が言うと、王は神妙な面持ちでゆっくりと首を振る。
「決して教えない。あれは我々魔族が封印し、管理してきたものだ。ましてや人間に扱えるような代物ではない」
王は静かに、威厳に満ちた声で話を続ける。
「たとえ傷つけられようとも、私はお前たちを傷つけない。だから、こんな不毛な争いはやめようではないか」
願うように語るが、人間たちは止まらなかった。さらに一歩攻め込み、王たちににじり寄る。
そのとき、王妃が抱えていた王子が泣き始めた。今の追い詰められている状況を赤子なりに悟ったのかもしれない。王妃は必死にあやすが、王子が泣き止む様子は見せなかった。
「油断したな!」
王が一瞬王子に気を取られたそのとき、一人が王に駆け出し、剣で王の腹部を貫いた。王は吐血し、膝から崩れ落ちる。
「あなた!」
王妃が悲鳴にも近い声で駆け寄ろうとするが、王が手を上げて制止する。
「近寄るな。お前はその子を守っていろ……」
「あなた……」
魔族の王でも致命傷を負った状態ではただの魔族と変わらず。王は何人もの人間に刺し貫かれた。レックスは見ていられずに思わず目を背ける。剣が抜かれた王は、支えを失ったようにその場に倒れ伏した。
「さぁ、王妃。次はあなたの番だ」
人間たちは倒れた王に見向きもせず、王妃をじりじりと窓際に追い詰めていく。
「このままでは、魔族の未来は途絶えてしまうぞ」
「素直に従った方がいい」
レックスはここまで悪に満ちた人間を見るのは初めてだった。なにが人間たちをこんなに駆り立てているのか。
そんな中でも王妃は一切怯まず、凛とした表情で人間たちを見据えた。
「いいえ、この子がいます。この子がいる限り、魔族は永遠に栄え続けます」
すると、王妃は王子に防護魔法を施して窓から王子を投げ出した。突然のことに人間たちは戸惑い、王妃を唖然と見つめていた。
レックスも王妃の行動に驚く。しかし、王子を逃すには今の方法しかないのだとすぐに理解した。
「さぁ、私は覚悟を決めたわ。いくらでもかかってきなさい」
王妃は堂々とした佇まいで人間たちを見つめる。王妃の立ち姿に人間たちは立ち尽くす。
「な、なにを退いている。戦え!」
一人の声をきっかけに、人間たちは王妃に一斉に飛びかかる。王妃は華麗な動きと魔法で人間たちをいなし、翻弄していく。魔族の王妃の名に相応しい、美しい姿だった。
だが、やはり数には敵わなかったようで、一つの刃が王妃に襲いかかった。
「あ、あぁ……」
貫かれた王妃は崩れ落ち、ふらふらとその場に倒れ込んだ。
「……死んだか?」
「どうせ死ぬ。早く探しに行くぞ」
「了解」
人間たちは王妃を足蹴にし、早足で部屋を出ていった。
王と王妃が倒れ伏し、無音が部屋の中を支配する。
レックスは二人に駆け寄った。本当にこの状況にいれば、今すぐにでも治癒魔法をかけて治療をしたい。でも、自分は追体験をしているだけで治療はできない。触れることもできない。無力感に襲われたレックスは拳を握りしめることしかできなかった。
そのとき、最後の力を振り絞った王妃が、必死に体を起こす。魔法で机から便箋と羽ペンを取り出して自分の元に引き寄せる。
そして、王妃は震える手で手紙を書き始めた。最初こそ書けたが、次第に羽ペンを握る力がなくなっていく。最後には魔法で羽ペンを操り、手紙を書き進めていった。
どれくらいの時間をかけたか。ようやく手紙を書き切った王妃は机の中に手紙をしまった。そこで全ての力を使い果たしたのか、王妃は倒れて動かなくなった。
「レックス……」
「……え?」
王妃の最後に絞り出した声に、レックスは耳を疑った。




