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第52話 「幽霊、なのか……?」

 それから、どれくらい経ったか。


「ほれ、あそこに見えるのがクォーツじゃ」


 先まで見通せる晴天(せいてん)のある日。ポーラは小高(こだか)い丘から指を差した。

 そこには石造りの(へい)に囲まれた都市が見えた。塀の先に海が望める都市は、開放感のある穏やかな場所のようだった。

 空気が()んだ小高い丘にいるのもあり、レックスは大きく息を吸い込んで期待に胸を(ふく)らませる。ようやく、クォーツが見えてきた。


「綺麗なところね」

「そう言ってくれたら、わしも誇らしいのう」


 ポーラは小さく笑いながら、再び先頭になって歩き出す。

 クォーツに近づくにつれ、レックスは段々(だんだん)と嬉しさより緊張が増していった。魔族の王都とはどんな場所なのか。クォーツになにかしら手がかりになるものがあるのだろうかりレックスは強く願っていた。

 拳を握り締め、無言でポーラについていく。

 そうしているうちに、レックスたちは門の前に辿(たど)り着いた。立ちはだかる巨大な門は、まるでレックスたちを見下ろしているようだった。

 この先にクォーツの街並みが待っているのか。


「……行くか」


 レックスはごくりと息を呑み、扉にそっと触れた。

 力を込めて押した次の瞬間、白く(まばゆ)い光がレックスを包み込んだ。視界が白くなり、目も開けられないほど(まぶ)しくなる。


「……え?」


 すると、レックスの姿がその場から一瞬にして消えた。


「レックス!」


 驚いたマリカたちの叫びはレックスには届かなかった。


「……っ」


 眩い光がなくなり、レックスはゆっくりと目を開ける。目を開けたそこには、目を疑うような光景が広がっていた。

 屋根は黒く焼け、窓は割れ、そこら中に破片(はへん)が散らばり、ボロボロの家屋(かおく)や店が並んでいた。しかも、人の気配はどこからもしない。小さく吹いた風がやけに冷たく感じられた。

 まるで、この場所だけ時が止まっているような錯覚を覚えた。


「ここが、クォーツなのか……?」


 レックスは目の前の光景に言葉を失う。自分が想像していたクォーツとは全く異なる世界だったから。

 そこで老人の言葉が頭をよぎる。


 ――昔は綺麗な場所じゃった。


 過去形で表したと言っても、こんなボロボロな街並みを誰が想像できただろうか。


「そうだ、マリカたち……!」


 自分が一人だと理解したレックスは振り返って扉に触れる。もしかしたらまだ外にいるかもしれない。扉に触れるが、扉はびくともしなかった。

 もしかして、一人でこの都市を歩けと言ってるのか。扉に手をつきながらレックスは思案する。

 レックスは心の奥に生まれた予感が段々と大きくなっていく。それなら、一人で探索しようじゃないか。マリカたちには申し訳ないが、あとで合流してゆっくり話をしよう。

 街並みの方に振り返ったレックスが一歩を踏み出すと地面がざり、と乾いた音を立てる。


(なにがあってこんな状態になったんだ……)


 近くにあった焼け()げた家の壁にそっと触れる。触れたところから欠片(かけら)が割れて崩れ、地面に落ちる。

 欠片が地面に落ちた瞬間、空気が震えた。暖かい風がレックスを勢いよく通り抜ける。

 風に乗って、淡い色の絵の具を水に溶かしたように景色が鮮やかに彩られていく。彩られた世界から少しずつ、レックスの耳に生活音や人々の声が聞こえてきた。


「これは……」


 レックスはキョロキョロと(あた)りを見回す。先ほどまで誰もいない、ボロボロの街並みだったのに。まるでクォーツが息を吹き返したように、人々の生活する様子が目の前で繰り広げられていた。

 例えるなら、封印が解け、眠りから覚めた。


「あの……」


 レックスが近くを歩く人に声をかけても、誰もレックスには反応しなかった。レックスのことを見向きもしない――というより、見えていないかのような動きだった。レックスは戸惑(とまど)ったまま、(にぎ)わう人々を見つめる。


「早くしないと置いてっちゃうよー!」

「えぇ、待ってよぉ!」


 そのとき、子供たちが後方(こうほう)から走ってきた。レックスは避けようとしたが、子供は自由に走り回るためにレックスはぶつかりそうになる。

 しかし。


「ほら、早く行くよ!」

「うん!」


 子供たちはレックスの体をすり抜けて走り去っていった。今起きた出来事が信じられず、レックスは目を見開いて子供たちを見送った。


「幽霊、なのか……?」


 子供たちが走って行った方向を見たまま、レックスはぽつりと(つぶや)く。

 だが、この場の空気感も人々の会話も、全て本物のように感じられる。幽霊のような存在とは到底(とうてい)思えなかった。

 もしかしたらそういった魔法かもしれない。誰かがいて、自分がクォーツに入ったのがきっかけで使ったとも取れる。

 では、どこにいるのか。探さなければ。

 レックスは触れられない、しかしどこよりも賑やかなクォーツの都市を歩き出した。


 しばらく歩いたが、レックス以外に人の気配はどこにもなかった。試しに魔力感知をしてもここにいる人々は魔族だからか、通り過ぎる人全員を感知してしまう。

 歩いて探索するたびに、人々も街並みも本物に感じられ、精巧(せいこう)な魔法なのだと実感する。都市全体に魔法をかけるなんて、余程(よほど)の魔法使いに違いない。


「ジャスパー、まだかいのう」


 そのとき、聞き慣れた声がした。正しくは、聞き慣れた声に非常に近い声。

 振り返ると、レックスは自分の目を疑った。


「ポーラ?」


 そこには苦楽(くらく)を共にしてきた仲間――ポーラの姿があった。ただし、見慣れた今の姿とは少し異なる、どこか幼さを残した風貌(ふうぼう)

 目の前のポーラの姿を見て、レックスの頭の中に一つの可能性が浮かぶ。


(子供の頃の、ポーラ……?)


 そう考えると合点(がてん)がいった。今の落ち着いたポーラにはない無邪気さ、幼い少女らしい雰囲気。ポーラも見た目に似合わず大人びているが、目の前にいるポーラは(とし)相応(そうおう)の少女らしく見えた。


(あせ)るな。私だって準備があるんだよ」


 背後から現れた人物はレックスの体をすり抜け、幼いポーラに近づいた。


「……ジャスパーさん?」


 通り抜けたのは、ルチルで出会った女性――ジャスパーだった。しかし、ジャスパーも若々しい女性の姿で、杖をついている今の姿からは全く想像がつかなかった。

 どこかへ去っていく幼いポーラとジャスパーを呆然(ぼうぜん)と見送ったところで、レックスは気がついた。

 自分が今見ている光景は過去のクォーツでの出来事なのだと。過去の出来事――クォーツの記憶を(つい)体験(たいけん)しているのだ。

 だが、なぜ、そんなことが起こっているのか。

 レックスが考えていると、どこかから一際大きな歓声が聞こえた。レックスは声のした方に向かうと、人々の視線の先はそびえ立つ城へと向いていた。

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