第51話 「……そろそろレックスも知るときが来たのかもしれんな」
Side.勇者時代
スピネルを出発したレックスたち。
「レックスたちは次はどこに行こうと思っているのですか?」
サファエルの問いに、レックスは老人との会話を思い出す。魔族の都市ならば、自分の出生に関するなにかしら手がかりがあるはず。もしなかったとしても、魔族のことを知るには最適な場所のはずだ。
「それよりさ、あたし行ってみたいところがあるんだ!」
レックスが口を開こうとするより早く、セレナが元気よく手を挙げた。
「どこに行ってみたいんだ?」
「神殿! 一度地上の神殿に行ってみたかったんだよね!」
海で暮らしていたセレナなら、地上のことに興味を持つのは自然なことだった。レックスも神殿に足を踏み入れたことはなかったために、セレナの提案に乗り気だった。
「行ってもいい?」
「あぁ。もちろん俺はいいぞ」
可愛らしい上目遣いでねだられたら余計行くしかない。自分はセレナに甘いかもしれないと、レックスは内心で苦笑した。
「マリカたちはいいか?」
「えぇ。知見を深めるいい機会になりそうね」
マリカたちも全員同意し、レックスたちは神殿に行くことになった。
セレナは鼻歌を歌いながら先頭を歩く。無邪気な子供のようで、レックスたちはセレナを微笑ましい目で見つめていた。
「ねぇねぇ、あれじゃない?」
セレナが指差す方向には、石造りの建物があった。荘厳な雰囲気と、苔が生えて樹木が絡まる神殿は歴史を感じさせる見た目をしていた。
まさかこんな簡単に神殿が見つかるとは思わず、レックスたちは驚いて神殿を見つめる。
「街のこんなすぐ近くに神殿ってあるんだな」
「スピネルだからじゃないかしら。聖都だし近くにあっても不思議じゃないわよね」
マリカの言うことも一理ある。天使族や悪魔族を信仰するスピネルの人々がいるから、遠い昔に神殿が建てられた可能性が高い。司祭たちの祈りのための場所にも使われている可能性もある。
「早く行こうよ!」
「分かった分かった。焦るなって」
既に入り口に向かって歩いていたセレナを追いかけ、レックスたちは神殿の中へと足を踏み入れた。
神殿の中は薄暗く、火属性の魔法を松明代わりに照らして奥へと進んでいく。神殿内は荒れているわけでも整備されているわけでもなく、あるがままにそこに建っているような雰囲気だった。
神殿を冒険するのが初めてのレックスの心は、密かに躍っていた。宝石やなにか珍しいものがあればいいが、神殿にはそういう類のものはあるのだろうか。
(まぁ、あんまり期待しない方がいいよな)
レックスは気楽に考えながら、マリカたちと共にさらに奥へと進んだ。
「……なんにもなかった」
神殿の入り口に戻ってきたレックスたち。後方ではセレナが肩を落としながらとぼとぼと歩いていた。
「一本道のなんにもない場所なんて思わないじゃん……」
「想像するような神殿はないじゃろうな。それこそ古代遺跡じゃなければのう」
ポーラの冷静な言葉にレックスたちは苦笑する。
一本道の神殿は奥に祭壇があるだけで、他にはなにもなかった。祭祀のためかと推測したが、広さがそこまであるわけではない。信徒たちが簡単に祈りを捧げるための場所だとレックスたちは結論づけた。
「満足したか?」
「……満足はしてないけど、行けたからいいや」
期待するものとは違ったセレナはすっかり気落ちしたようで、大きなため息をついた。
「僕は地上の神殿に行けたから満足ですよ」
「サファエルは純粋でいいなぁ……」
「セレナも純粋ですよ。では、気を取り直して。次はどこに行きましょうか。レックスがなにか言いかけていましたよね」
サファエルに視線で促され、レックスは頷く。
「スピネルの人に教えてもらった場所に行こうと思ってる。マリカも賛成してくれたよ」
「ほう、なんというところじゃ?」
「ここから離れたところにある、クォーツって都市だよ」
「……クォーツ?」
それまでニコニコと話を聞いていたポーラが訝しげな表情に変わる。
なにかポーラの琴線に触れるようなことを言ってしまったかとレックスは焦る。だが、ポーラは怒るわけでもなく、冷静に息を吐いた。
「そこは、わしの生まれ育った場所じゃ」
衝撃的な告白にレックスたちは目を見開いた。まさか、ポーラの生まれ故郷に行こうとしていたなんて。
思いがけないところで繋がったことにレックスは感動する。しかし、ポーラはあまり嬉しそうな雰囲気ではなかった。
(嬉しくないのか……? いや、違う)
レックスはすぐに察した。老人は王は既に亡くなったと言っていた。ポーラは王を亡くした悲しさを思い出してしまうのかもしれない。
それに、昔は綺麗な場所だった。つまり、今のクォーツは当時とは違う景色なのだろう。今はどんな景色なのか、レックスの頭の中にクォーツの想像が広がる。
(もしかして、ポーラが隠居を選んだ理由にも繋がるのか?)
ただ人里を離れたかっただけかもしれないが、クォーツでならポーラの昔話も聞けるかもしれない。
「……そろそろレックスも知るときが来たのかもしれんな」
「その言い方だと、なにかあるんだな」
ポーラの含みのある言葉にレックスはすぐに反応した。やはり、自分の知らない魔族の情報がある。
どんな小さなことでもいい。自分に繋がる情報を見つけるのだ。
「場所はしっかりと覚えておる。わしが案内するぞ」
ポーラはいつもの穏やかな笑みに戻り、ポーラを先頭にしてレックスたちは歩き出した。
「まさか、ポーラの故郷に行けるなんて思わなかったわ」
「クォーツは魔族の王都だし、ポーラの出身地でもおかしくないよね」
歩いている途中、マリカの言葉を拾ってセレナが言う。クォーツは人間でいうスフェーンのようなものだろうか。いや、それよりも。なぜセレナがそれを知っているのか。
「セレナ、よく知っているわね」
「そりゃあ海の精霊だからね。あたしはなんでも知ってるよ!」
自信たっぷりに胸を張るセレナ。
精霊だからなんでも知っているわけではないだろうに。セレナのいつもの微笑ましい発言だろうとレックスたちは話半分に聞いていた。
「ここからクォーツまでは長い。皆心してかかるのじゃぞ」
ポーラが空気を切り替えるように軽く手を叩く。それを聞いてレックスたちも表情を引き締めた。
そしてポーラの言う通り、クォーツまでの道のりは果てしなかった。山を越え、谷を越え、延々と続く道を歩いていく。人や馬車は通っていないようで、誰一人としてすれ違うことはなかった。朝と夜を何度も繰り返し、天候が変わり、それでもレックスたちは歩き続けた。
これも全ては自分の出生を知るため。レックスは思いを胸に、一度も歩みを止めることはなかった。
マリカたちも新たな行き先に期待しているのか、レックスと同様に歩みを止めずに歩き続けた。




