第50話 「ここが、クォーツ……」
Side.復興大臣時代
レックスたちはスピネルの街に降り、すぐにスピネルを出発した。スピネルを出る際にサファエルは信徒たちに「出て行かないでください」と強く引き止められたが、なんとか説得してスピネルを出ていった。
「サファエル、やっぱり引き止められたな」
「他の土地に行って信仰されたら、自分たちだけが崇めていたという神聖さが失われるかもしれないからじゃなかろうか」
涙ながらに見送る信徒たちを見てポーラが息を吐く。
これといった信仰対象がないレックスからしたら不思議な感覚だったが、それも含めてスピネルの人らしいとレックスは自分を納得させる。
「レックス」
スピネルを出て次の行き先を決めようとしたところで、マリカがレックスを呼ぶ。
「どうした?」
「私、クォーツに行ってみたいわ」
マリカがいつになく真剣な表情でレックスを見る。
「あのときはレックスしか街の中に入れなかった。だから、今度こそ行ってみたいわ。レックスたちが生きた証をこの目で見ておきたいの」
マリカの言葉でレックスの当時の記憶が蘇る。一人だけで探索したクォーツの街、そこで知った衝撃的な真実。
もちろんマリカたちに全てを話したが、自分の目で見る方がマリカたちも街のことを実感できるのは間違いない。
「セレナたちはいいか?」
「街に入るのは初めてだし、あたしは賛成!」
セレナたちに尋ねると、セレナは真っ先に同意した。ポーラとサファエルも笑顔で頷いていた。
「わしも良いぞ。クォーツに行くのは何年ぶりじゃろうか」
「僕ももちろん構いません。レックスが生まれた街を見てみたいです」
全員が賛同したことで、レックスたちはクォーツへ向かうことにした。
ただ、クォーツの街は地図の果てにある。人も馬車も通らない道を延々と歩き続けるしかなかった。朝と夜が何度も入れ替わり、天候に恵まれないときもあった。
それでも、レックスたちは諦めなかった。クォーツに行くのだという強い気持ちがレックスたちの原動力になっていた。
スピネルを発ってからしばらくした頃のある日。レックスたちは小高い丘の上に来ていた。晴れているおかげで遠くまで景色を眺めることができた。
「ようやく見えてきたわね」
レックスたちの視線の先には、石造りの塀囲まれた都市が見えた。遠くから見ただけなら、どこにでもあるただの都市と変わらない。
だが、確実に違うことは一つだけある。
「……行くか」
表情を引き締めたレックスは一歩を踏み出す。レックスに続くようにマリカたちも歩みを進めた。
クォーツが段々と近づくにつれて、マリカたちの間に緊張が広がっていく。その中で一人、レックスは凛とした顔つきで先頭を無言で歩いていた。
「レックス、なんか落ち着いてるね」
「そうじゃのう。いつになく冷静じゃ」
「考えてることでもあるのかな」
小声で会話をするセレナとポーラ。視線は先頭を歩くレックスに向けたまま。
「また一人になったらどうしようかと考えているのでしょうか」
「有り得る。今回はあたしたちも街の中に入れるようになんとかしなきゃね」
「その通りですね」
サファエルも会話に加わり、三人は前方を歩くレックスの背を見つめる。
三人の会話をこっそり聞いていたマリカは、少し前を歩くレックスの横に並ぶ。
「レックス。顔、怖いわよ」
「え、あ、ご、ごめん」
マリカに声をかけられたことで我に返ったのか、レックスの表情が多少柔らかくなる。
「そんなつもりはなかったんだけど、ごめんな」
「仕方ないわ、もうすぐ生まれ故郷に着くんだもの。気持ちを整える必要はあるわよね」
優しくマリカに言われたことで、レックスは気持ちが少しずつ穏やかになっていった。自分の気持ちだけが先行して、マリカたちのことをすっかり忘れていた。息を吸って吐き、心を落ち着かせて歩みを再開させる。今度はマリカたちと歩調を合わせて。
レックスたちは丘を越えて、塀の前に辿り着く。目の前には巨大な扉がレックスたちを待ち構えていた。
「さて、ここまで来たわけじゃが……」
ポーラは背伸びをして塀の上を見上げようとする。
「この先はレックスしか入れませんでしたからね。そのまま入ったら同じことの繰り返しになるかもしれません」
「どうする? 防護魔法とか張った方がいいかな」
セレナとサファエルが頭を悩ませる。防護魔法を張って自分の身を守れば入れるかもしれないという作戦だった。
「……いいや、このまま進もう」
レックスの静かな発言にマリカたちは驚く。そのままでは街に入れないだろうと話していたばかりなのに。
マリカたちから反論が来る前に、レックスは扉を見上げたまま話を続ける。
「もう封印魔法は俺が入ったことで解除されているはずだ。だからきっと大丈夫だ」
レックスの中に根拠はどこにもなかった。ただ、行けるかもしれないという希望的観測。それでも、心のどこかで確信があった。みんながいれば越えられると。
「俺を信じて欲しい」
レックスは真っ直ぐな瞳でマリカたちを見つめる。反対されても構わない。それくらい突拍子もない発言なのだから。
マリカたちは無言で顔を見合わせ、小さく笑い合った。
「レックスが言うなら大丈夫な気がするわ」
「そうだよね! 分かんないけど、そんな感じするもん!」
マリカとセレナがにこやかに笑う。二人の表情はレックスを心から信頼している笑顔だった。
「お主が言えばなんでもいけると思ってしまうわい」
「僕はレックスにどこまでもついていきますよ」
ポーラとサファエルも続く。二人の笑顔もレックスを肯定する笑顔をしていた。
自分の無謀な言葉をなにも疑わずに信じてくれる仲間がいる。こんなにも信頼してくれる。それだけでレックスの涙腺を刺激するには十分だった。
「あれ。レックス、泣いてる?」
「な、泣いてない! ……泣きそうにはなったけど」
セレナに茶化され、レックスは慌てて後ろを向く。マリカたちがニコニコと見守る中でレックスは腕で瞼を擦り、流れそうな涙を拭く。
マリカたちの方に向き直り、レックスは笑顔を見せる。
「それじゃあ、行こうか」
レックスたちは扉を押すと、ギギ、と錆びた音がして扉がゆっくりと開いていく。
「ここが、クォーツ……」
足を踏み入れ、クォーツの街並みを見たマリカは呆然と呟いた。




