第49話 「胸を張って行ってらっしゃい」
Side.復興大臣時代
魔界から再びスピネルに出たレックスたちはスピネルの人々に聞き込みをした。だが、聖具の情報は一つも手に入らなかった。
「やっぱりスピネルの外にあるんじゃないかしら」
「かもしれないのう。持ち出されているのが自然な流れじゃな」
マリカとポーラが頭を悩ませる。その横ではサファエルも大きなため息をついていた。
「そうだ、近くにある神殿とかどうかな。ほら、スピネルを出てすぐあるところ!」
セレナが思い立ったように声を上げる。セレナの言葉でレックスたちの記憶が鮮明に蘇った。
「前に行ったときも色々置かれてたし、もしかしたらあるかもしれないよね」
「そうだな。可能性に賭けて行ってみるか」
情報がない今、とにかく探し回るしかない。レックスたちはスピネルを出て神殿へ向かった。
神殿へはすぐに到着した。石造りの神殿は荘厳な雰囲気を醸し出していて、冒険心をくすぐるような見た目をしていた。ところどころに苔が生えて樹木が絡まり、歴史も感じさせる神殿だった。
「懐かしいな。初めてこういうところに入ったからか、冒険した感じがしたよな」
「一本道だったし、あんまり冒険した感じはなかったよぉ」
不満そうに唇を尖らせるセレナ。
「まぁそう言うな。迷うような神殿は滅多にないからのう」
嗜めるようにポーラがカラカラと笑う。
神殿に入り、レックスたちは松明代わりに火属性の魔法を灯しながら薄暗い道を進んでいく。
「……誰かいる」
先頭を歩いていたレックスが言うと、マリカたちはその場でぴたりと足を止める。
目を凝らすと最奥に人の影が見えた。冒険者だろうか。
レックスたちが音を立てずに進んでいくと、数人の司祭服を着た人々が祈りを捧げていた。
「あれ、スピネルの人たちじゃない?」
「そうよね。見たことある服装だわ」
神殿内に反響しないよう、小声で会話をするレックスたち。
一体なにをしているのかとさらに目を凝らすと、なにかがきらりと光った。司祭たちが祈る先の祭壇には、黄金に光る天秤が置いてあった。
「あれです。あれが聖具の天秤です」
サファエルの言葉にレックスたちは顔を見合わせる。まさか、聖具を盗んだのは司祭たちだったなんて。
「じゃあ、早く取り返しにいかなきゃ」
どうする、とレックスたちが話をする前に、サファエルは早足で司祭たちに近づく。気づかれるのも気にしない足取りだった。
やはり足音で気づかれたか、司祭たちが祈りをやめて振り返る。
「だ、誰だ……!」
「ごきげんよう。サファエルです」
「サ、サファエル様……!」
現れたのがサファエルだと思わなかったのか、司祭たちは驚いて数歩後ずさる。
「聖具の天秤。返してもらいましょうか」
いつになく鋭い瞳でサファエルは司祭たちを見据える。サファエルの迫力に負けた司祭たちはすぐに祭壇から聖具を下ろし、サファエルにおそるおそる差し出す。
「も、申し訳ございません……ほんの出来心です……」
「返すなら、最初から略奪しようだなんて考えないでください」
「おっしゃる通りです……」
すっかり縮こまった司祭たちは、サファエルの前で正座をする。
レックスたちもいつになく険しい表情のサファエルに恐れをなして、少し遠巻きに見守っていた。
「なぜ奪おうだなんて考えたのですか。結局は白日のもとに晒されますよ」
「やはり、その、天使族や悪魔族は滅多にお会いできない存在ですし、聖具を依代として崇めようと思ったのです」
司祭たちはサファエルの圧に押されながらぽつぽつと語る。
天使族や悪魔族が普段会うことは叶わない存在なのは間違いない。だが、それで聖具を奪っていい理由にはならない。
「皆さんの行き過ぎた信仰心が招いた結果ですね」
サファエルは深く息を吐く。
「天界と魔界、そしてスピネルの外交にも関わります。このようなことは今後二度と起こさないでください」
「かしこまりました……」
「今回は不問にします。いつものように仲介役に入らなかった私にも責任はありますから」
サファエルが言うと、司祭たちは縋るように祈り始めた。
「なんと寛大なお心……考えを改める良い機会となりました……!」
「分かればよろしいのです。では、スピネルに戻りなさい」
サファエルに促されるように、司祭たちは早足で神殿を出ていく。
無事に終わったようだと、レックスたちは静かにサファエルの元に近づいた。
「聖具を取り戻せて良かったな」
「はい、一安心です。では、ヘレ様にご報告をして天界に戻りましょう」
レックスたちも神殿を出て、スピネルへと戻った。そのまま魔界へと向かい、ヘレに聖具を取り戻せたことを報告した。
聖具を取り戻せずにのこのこと戻り、首を飛ばされることはなくなったと、レックスたちは心の中で安堵する。
「それにしても、復興大臣とは面白いな」
ヘレはレックスたちを見下ろしながら長い脚を組む。
「今の魔界は幸いなことに荒れていないが、いつか問題が起きたときはお前たちに復興してもらおう」
冗談めいた口ぶりでヘレは笑う。
「お、お任せください」
起きて欲しくないことだが、一応信頼されているならそう答えておくしかない。レックスは戸惑いながらも深く頭を下げた。
「そうだ、シエロに伝言を頼みたい」
魔界を出発しようとしたところで、ヘレに呼び止められる。
贈り物はいいと改めて伝言を頼むつもりか。それはシエロをさらに落ち込ませてしまうのではとレックスは心配する。
「贈り物がなくても気持ちは十分に伝わっている。そして、俺もしっかりとお前を想っていると」
まさか想いを伝えるための伝言を頼まれるとは。落ち着いた大人の告白にレックスたちの顔が赤くなる。
「しっかりと伝えておきます」
顔を赤くしたまま、サファエルは笑顔で頷いた。
魔界を出て天界へと戻り、シエロの元に辿り着いた。
「シエロ様、無事に聖具を返してもらいました」
「本当にありがとう」
聖具を手に、サファエルはシエロに伝える。
「それにしても時間がかかったわね。ヘレ様とお話ししていたの?」
シエロの疑問にレックスたちはぎくりとする。
地上の人々に奪われて依代にされかけたなんて、シエロに伝えた日には責任を感じて寝込んでしまうかもしれない。
レックスたちは目を合わせて頷き、地上でのことは黙っておこうと心に決めた。
「その通りです。ヘレ様とのお話しがついつい盛り上がってしまいました」
「そうだったのね。羨ましいわ」
気品は保ったまま、少し不機嫌そうにシエロは呟く。
「それと、ヘレ様から伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい。贈り物がなくても気持ちはしっかりと伝わっている、そして……ヘレ様は心の底からシエロ様を想っていると」
一言一句、多少盛り上げてサファエルはヘレからの伝言を伝える。
伝言を聞き終えたシエロは段々と顔が赤くなっていく。
「やだ、そんな……愛してるだなんて……」
シエロは両頬を押さえてうっとりとする。
歪曲されて受け取ったようだが、意味としては間違っていないだろう。
こほんとわざとらしく咳払いをして、シエロは玉座に座り直す。
「それで、これからレックスたちはどうするの?」
「復興大臣として各地を回るつもりです。行き先は前の旅と同じように辿ろうと思っています」
「素敵ね。いい成果が出るように祈っているわ」
シエロが優しく微笑む。
穏やかな空気の中で一人、サファエルは難しい顔をしていた。
「……レックス、お願いがあります」
「どうした?」
「僕も、レックスたちに同行させてもらえないでしょうか」
そんな提案をされるとは思わず、レックスたちは目を開いた。
驚くレックスたちを横目に、サファエルは「シエロ様」とシエロの方を真っ直ぐ見つめる。
「外交官としてしっかりと務めは果たして参ります。どうか、許可を頂けないでしょうか」
サファエルは真剣な表情で、シエロに深く頭を下げる。
きょとんとしていたシエロだったが、すぐに表情が優しいものに切り替わる。
「レックスたちが揃って来たところでなんとなく予想していたわ」
「それでは……!」
「えぇ、胸を張って行ってらっしゃい」
快諾され、喜びを噛み締めながらサファエルはもう一度頭を下げた。
「レックス。またサファエルをお願いしてもいいかしら」
「もちろんです」
レックスたちも、サファエルと再び旅ができることに喜びを感じていた。
「体に気をつけて、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
サファエルも加わったところで、レックスたちは天界をあとにした。




