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第48話 「また会おう、幼き王よ」

「あ、動ける」


 ヘレの魔法は解除されたのか、マリカたちは動けるようになっていた。

 手を握って感触を確かめたセレナが、レックスたちに駆け寄る。


「レックスにサファエル、お疲れ様!」

「こちらこそ、俺たちが来るまで食い止めてくれてありがとな」


 セレナの頭をぽんと撫でると、セレナは(うれ)しそうにはにかんだ。


「よく二人を連れて来られたわね」

「レックスの訴えを聞いてくれたのです。レックスがいなければここに来ることはできませんでした」


 ヘレはどちらかというとシエロの耳打ちで同意したようなものだが。サファエルがそう言ってくれるならと黙っておくことにした。


「あぁ、シエロ様、ヘレ様……」

「我々はなぜ争っていたのだろう……」

「考えを改め、敬虔(けいけん)な人間として生きていきます……」


 周囲では動けるようになった信徒(しんと)たちが祈りを捧げながら、上空にいるシエロたちを見つめていた。誰もが熱心に言葉を紡ぎ、深く信仰しているのだとレックスたちに伝わった。


「こちらも大丈夫そうですね」

「そうみたいだな」


 ポーラとも合流し、レックスたちはシエロとヘレが降り立った大聖堂へ向かった。

 信徒たちが二人の元へ押しかけて混乱するかと思いきや、信徒はシエロたちから一定の距離を保って(ひざ)をついて祈っていた。


「あぁ、なんと美しい……」

「この目でお二人を見られるだなんて……」

「ありがたや……」


 改めて、スピネルの人々は本当に熱心な宗教家なのだと思い知らされた。祈りの邪魔をして申し訳ないと思いながらも人々の間を抜け、シエロとヘレに近づく。


「ありがとうございます。二人のおかげでスピネルは救われました」

「私たちの演説が響いたようでなによりだわ」


 頭を下げると、シエロは優しい笑顔をレックスに向ける。


「後始末は地上の者に任せよう。俺たちは魔界に行くぞ」

「魔界に?」

「全てが片付いた(うたげ)だ。シエロからの贈り物を堪能(たんのう)したいからな」


 もしや、シエロからの耳打ちはそのことだったのだろうか。真相は不明だが、どこか弾んだ声だからあながち間違ってはいないのかもしれない。


「では、また会おう。地上の者たちよ」


 ヘレが信徒たちに告げると、信徒たちは揃って祈りを捧げた。


「そこのお主」


 魔界に向かうための魔法陣が展開されたところで、レックスは何者かに呼び止められる。

 声のした方を見ると、そこには小柄な老人が立っていた。


「俺ですか?」


 老人は(うなず)きながらよぼよぼとレックスに近づいていく。レックスを頭からつま先までじっくりと観察し、老人の視線にレックスは少し気まずくなる。


「やはりそうじゃ。王の若い頃にそっくりじゃ」

「王?」


 老人から発せられた聞き慣れない言葉にレックスは首を(かし)げる。


「テヴァス王じゃよ」


 テヴァス。名前を言われても、レックスに思い当たる人物はいなかった。


「俺は知らないけど、有名な人なのか?」

「もちろん。魔族の王じゃからな」


 老人の言葉にレックスは目を見開く。まさか魔族の王の名前だったなんて。

 レックスは老人に食いつかんばかりの勢いで老人に近づく。


「その人に会ってみたい。どこにいるんだ?」

「……残念ながら、もう亡くなっておる」


 老人は(もの)(がな)しそうに(つぶや)く。「そっか……」とレックスもつられて表情が(くも)る。

 魔族の王に会えれば自分の出生について知れると思ったが、どうやら無理なようだ。


「じゃが、王都(おうと)自体はまだ残っているはずじゃ」

「なんてところだ?」

「失われた魔族の王都、クォーツ」

「クォーツ……」

「ここからずっとずっと果てにある。昔は美しい場所じゃった」


 老人は遠い目をして呟く。

 自分はそこに行かなければならない気がする。なにかあるかは分からないが、レックスの気持ちは駆り立てられていた。


「いつか行ってみると良い」


 ふぉふぉ、と老人は柔らかく微笑(ほほえ)んだ。


「レックス、行くわよ」

「あ、あぁ。ありがとう、お爺さん」


 マリカに呼ばれ、レックスはマリカたちの元へ駆け寄る。


「また会おう、幼き王よ」


 レックスの背中に静かに告げて、老人は去っていった。


(どこかでその街にマリカたちに行きたいって言わなきゃな)


 全員が揃った中で最後にレックスが魔法陣を踏み、魔界へと向かった。

 その後は魔界で盛大に宴が開かれた。シエロから贈られた花は机に飾られ、ランプが置かれ、酒が並んだ。サファエルとシエロも宴に参加し、ヘレにもてなされた。レックスたちは食事を堪能し、宴は非常に盛り上がった。


「……ふぅ」


 レックスは宴を抜け、城のバルコニーで休んでいた。思わずため息が漏れ、欄干(らんかん)にもたれかかる。

 一人になって休みたい気持ちと、あのときの老人との会話を整理したい気持ちがあった。


「レックス」


 振り返ると、同じように宴を抜け出してきたらしいマリカが立っていた。


「どうしたの。元気ないじゃない」

「そ、そうかな。いつも通りだよ」


 宴の最中は普段通りを装っていたが、マリカには隠し事も見破られるようだ。


「セレナとポーラはお酒が回っているわ。おかげで二人ともとても元気よ」

「はは、明日が心配だな」

「サファエルも宴に参加したり、もてなす側に回っていたり、とても忙しそう」

「サファエルはいつでも苦労してるな」


 部屋の様子を(のぞ)きながらレックスは苦笑する。優しく断れない性格だが、それこそがサファエルが信頼される証拠なのだろう。


「それで、なにがあったの? 宴を抜け出すくらいだから、余程のことがあったのよね」


 マリカはレックスに優しく微笑みかける。

 きっとマリカになら伝えてもいいだろうと、レックスは老人との会話の内容を話した。レックスの話に口を挟まず、マリカは静かにレックスの話を聞いていた。


「クォーツにきっと、俺の手がかりがあるかもしれない」

「じゃあ、そこに行くしかないわね」


 レックスの言葉に、マリカは迷わず答えた。

 マリカは自分の言うこと全てに同意してくれる。レックスはマリカに感謝の気持ちしかなかった。


「マリカ。スフェーンからついてきてくれて本当にありがとう」

「こちらこそ、色んな世界が知れて本当に楽しいわ。これからもよろしくね」


 マリカに差し出された白く細い手を、レックスはしっかりと握り返した。

 そんな二人をセレナたちが野次(やじ)(うま)のようにこっそり見ていたのを、レックスたちは知らない。


 翌日。

 日を(また)いだレックスたちは、魔界を出てスピネルの街に降り立った。サファエルとシエロ、ヘレもレックスたちの旅立ちを見送りに来てくれた。


「レックスたちに会えて本当に良かったです。お元気で」

「あぁ。サファエルたちも元気でな」


 言葉を()わし、レックスとサファエルは固く握手をした。


「レックス、一つお願いがあるの」


 二人の手が離れたところで、シエロが一歩前に出る。シエロの願いならなんでも聞くと、レックスは「はい」と返す。


「サファエルをあなたたちの旅に連れていってくれないかしら」

「……は?」


 声が出たのはレックスではなく、シエロの横にいたサファエルからだった。

 レックスたちはシエロの言葉に目が点になり、ヘレは(あき)れた様子で首を振る。そんな中でシエロは一人ニコニコとしていた。


「昨日の宴でレックスたちの冒険(たん)を聞いて、とても楽しそうだと思ったの。せっかく友達になったのだから、ついていってもいいんじゃないかと思ったのよ」

「は、はぁ……」


 レックスはシエロの話に同意も否定もせず、ただ息を漏らすことしかできなかった。

 そんな中で、我に返ったサファエルが「シエロ様」と呼びかける。


「私にはシエロ様の近衛(このえ)兵としての仕事があります!」

「なら、他の誰かを新しく起用(きよう)すればいいわ」


 必死に絞り出した言葉もばっさりと切り捨てられ、サファエルは口をはくはくと動かすばかりだった。


「地上のことをたくさん知って、また天界に戻ってきてちょうだい。これは命令よ」

「…………承知いたしました」


 必死の葛藤(かっとう)の末、サファエルはようやく首を縦に振った。


「ということで、サファエルをお願いね」

「わ、分かりました」


 有無(うむ)を言わさぬ笑顔を向けられ、レックスたちは全力で頷いた。

 サファエルも仲間に加わり、レックスたちはスピネルの街を出発した。

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