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第46話 「お願いします。俺に力を貸してください」

「はい、到着よ」


 景色が元に戻ると、レックスの視界がぐらりと(かたむ)く。サファエルが咄嗟(とっさ)にレックスの腕を掴んでレックスを支える。


「高速の空間転移ですからね。ふらつくのは仕方ないですよ」

「地上の人は飛ぶことがないから、この感覚も慣れないわよね」


 レックスの視界はまだぐらぐらと揺れているが、サファエルとシエロは平然としていた。自分も空を飛べる種族なら、今の感覚もなんてことなかったのだろうか。

 ぐらついた感覚もすぐに落ち着き、レックスはようやく自分がどこに立っているか確認した。

 そこは魔界の城の前だった。今日二度目の訪問だったが、城の荘厳(そうごん)さにはどうしても慣れなかった。しかもレックスたちがいきなり現れたことで、城前の衛兵たちが口をぽかんと開けてレックスたちを迎えた。


「シ、シエロ様ですか……?」

「えぇ、ごきげんよう」


 衛兵に向けて優雅に手を振るシエロ。シエロの美しさに見惚(みと)れていた衛兵たちだったが、すぐに我に返って凛々(りり)しい表情に戻る。


「ほ、本日はどのような御用でしょうか」

「ヘレ様にお会いしたいの。入ってもいいかしら」

「もちろんでございます。中の者がご案内します」


 衛兵たちは頭を下げ、レックスたちを歓迎した。シエロを先頭にして城内(じょうない)を歩き、つい先ほど訪れたばかりのヘレの部屋の前へ到着した。


「失礼いたします、ヘレ様。シエロ様がいらっしゃいました」

「……シエロが?」


 玉座に腰掛けていたヘレは、顔を上げてレックスたちを視認する。


「つい先刻(せんこく)会ったばかりの者もいるな」


 レックスとサファエルを見てヘレは小さく笑う。いつでも来いと言われたものの、まさかこんな短時間で再び訪れるとは思っていなかった。

 笑顔を(たも)ったまま、ヘレはシエロに視線を移す。


「シエロ、直接会うのは久しぶりだな」

「私も、ヘレ様とお会いできて嬉しいですわ」

「贈り物も感謝する。ゆっくりと楽しませてもらおう」

「ヘレ様が喜んでくださったのなら、贈った甲斐(かい)がありますわ」


 ニコニコとやり取りをする二人は、(おさ)の名に相応(ふさわ)しい余裕に(あふ)れた様子だった。


「それで、その二人はどうした。二度も訪れるなんて、なにかあったのだろう」


 シエロに(うなが)されるように、レックスは前に出される。シエロに視線を移すと「頑張(がんば)って」と小さく微笑(ほほえ)んでいた。

 息を()んで覚悟を決めたレックスは、ヘレの前で(ひざ)をつく。


「ヘレ様にお願いがあります」

「なんだ、言ってみろ」

「今、地上では天使族派閥(はばつ)と悪魔族派閥で対立が起きています。そしてそこに暴徒(ぼうと)が訪れ、スピネルが危機に(おちい)っています」

「なるほど、続けろ」


 レックスは頭を上げて、ヘレを()()見据(みす)える。


「そこで、ヘレ様に地上の争いを止めて欲しいのです」


 レックスの言葉で、部屋の温度が少し下がった気がした。レックスを見下ろすヘレの表情は冷め切っていた。


「俺に地上の者の(しり)(ぬぐ)いをしろと言っているのか?」


 ヘレは怒りと(あき)れが入り混じった声と表情で、レックスに冷たく言い放つ。迫力に負けたレックスは反射的に頭を下げる。


「地上の者がどうしようと関係がない。自分たちの手できちんと終わらせろ」


 ヘレの言うことは当然だ。他種族のいざこざを片付けろだなんて、普通なら首を縦に振るはずがない。

 それでも、今回のことはシエロだけでは平和に終わるとは思えない。だからこそヘレの力も必要だ。


「シエロ様がいれば終わると思っています。ですが、ヘレ様もいれば心強いのは確かです」


 これも事実だ。天使族の長であるシエロがあれば今回の問題は簡単に片付く。

 だが、悪魔族を信仰する側からしたら、なぜ悪魔族の長が現れないのかと疑問が生まれるだろう。そこでまた新たな火種ができてしまい、分裂したままとなる。

 だから、必然的にヘレに協力してもらう必要がある。


「お願いします。俺に力を貸してください」


 レックスは頭を下げてヘレに訴えかける。しかし、ヘレは首を縦に振らなかった。

 駄目(だめ)か。レックスは諦めて立ち上がろうとする。シエロが協力してくれただけでも()(がた)いのだから。


「ヘレ様」

「なんだ、シエロ」


 すると、レックスがヘレに声をかけるより早く、シエロが笑顔でヘレに近づいてこっそりと耳打ちする。シエロは終始楽しそうな顔をしていた。

 無言でシエロの耳打ちを聞いていたヘレは段々と表情が(やわ)らいでいき、最後にはニヤリと笑った。


「なるほど、それはいいな」


 ヘレはレックスとサファエルを一瞥(いちべつ)して、納得したように(うなず)いた。


「俺も鬼ではない。お前らの提案、乗ってやろう」


 ヘレは立ち上がり、玉座から離れる。

 先ほどまで(かたく)なに否定していたのに。突然態度を変えたことにレックスたちは戸惑う。


「シエロ様、ヘレ様になにをお伝えしたのですが……?」

「ふふ、内緒」


 シエロは人差し指を口元に当てて微笑む。

 まるで思春期の少女のような振る舞いに、サファエルはため息をつく。


「私はまだシエロ様を完璧に理解できていないようですね……」

「まだまだ精進(しょうじん)が必要ね」


 サファエルとシエロが話す横で、ヘレはレックスの元に歩み寄る。威圧感のあるヘレを目の前にして、レックスの背筋が伸びる。緊張から背中を汗が伝った。


「お前、名はなんという」

「レ、レックスです」

「レックスか。覚えておこう」


 ふっと笑うヘレ。勘違いでなければ、印象は悪くなさそうだ。

 ヘレが宙に手を(かざ)すと、漆黒(しっこく)の杖が現れる。ヘレの翼に負けないほど黒い杖には、深紅(しんく)の宝石が一つ()め込まれていた。


「すぐに片付けるぞ」


 先ほどのシエロと同じように床をとんと叩くと、紫色の魔法陣が展開された。


(また転移魔法ってやつか……)


 あの感覚を再び味わわなければならないのかと、苦い顔をするレックス。

 しかし移動手段はそれしかなく、レックスはしぶしぶ魔法陣の中へと入った。酔わないよう、こっそりとサファエルの服を握ったのはレックスだけの秘密である。

 周囲の景色が(ゆが)む。レックスは息を()み、引っ張られる感覚の移動に耐えた。

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