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第45話 「ふふ、あなた本当に面白いわね」

「お帰りなさい。ヘレ様は喜んでくださったかしら?」

「えぇ、それはとても」


 サファエルが頭を下げると、シエロは「良かったわ」と安心したように微笑(ほほえ)んだ。


「二人ともお疲れのようね。ゆっくり休んでちょうだい。……あら、他の皆さんは?」


 シエロがマリカたちの姿が見えないことに気がつき、不思議そうに首を(かし)げる。

 レックスとサファエルは顔を見合わせて(うなず)き、レックスが一歩前に出て(ひざ)を折る。


「お願いがあります」

「なにかしら?」

「今、スピネルで天使族を信仰する派閥(はばつ)と、悪魔族を信仰する派閥が分裂しています。そこに暴徒も現れ、今のスピネルは混乱状態です。……それをシエロ様に止めて欲しいのです」


 レックスの言葉に部屋にいた誰もが驚愕(きょうがく)した。空気が張り詰める中、レックスは言葉を続ける。


無礼(ぶれい)を承知で言っているのは分かっています。ですが、止められるのはシエロ様しかいません」


 普段地上に降りることのない天使族の(おさ)がいれば、悪魔族を信仰する人々も理解を示してくれるはず。そう考えたレックスはサファエルと共に天界へとやってきた。

 レックスは頭を上げないまま告げ、シエロの言葉を待った。


「……それは、地上の方々で解決できないのですか?」


 いつになく落ち着いた声のシエロがレックスに問いかける。


「元々、天使族や悪魔族は地上の人々と関わることなく過ごしてきました。しかしあるとき、地上にも目を向けてはどうだろうと意見が合致(がっち)し、地上へと繋ぐ道を作りました。()(がた)いことに信仰対象として地上の方々に(あが)められ、現在に繋がります」

「それじゃあ――」

「ですが、今回は地上で起こった(いさか)い。私たちのような天界に住む者が関わっていい問題ではないでしょう」


 顔を上げたレックスだったが、シエロに静かに(いさ)められる。

 シエロの言うことはもっともで、レックスはなにも言葉が出てこなかった。


「私が下手に干渉(かんしょう)して、さらに混乱を招いてしまっては元も子もありません。ですから――」

「私からもお願いします」


 レックスの横に膝をつき、サファエルが深く頭を下げた。

 シエロは表情を乱すことなく、落ち着き払った表情でサファエルを見下ろす。


「サファエル、それは彼らに恩があるからかしら?」

「その通りでございます。レックスは地上で困っていた私に、種族など関係なく声をかけてくれました。信仰対象ではないから声をかけられたと言ってしまえばそれまでですが、それでも私は彼らを恩人だと思っています」


 冷静な表情だが、サファエルの言葉には確かな熱がこもっていた。


「一度だけで構いません。シエロ様のお力を貸していただけないでしょうか」

「サファエル……」


 再び頭を下げるサファエル。レックスもサファエルに続いて無言で頭を下げた。

 しばらく黙ったままのシエロだが、頭を下げ続ける二人を見てふっと笑う。


「サファエルにまで頭を下げられるなんて思わなかったわ。二人とも、顔を上げてちょうだい」


 シエロに(うなが)され、レックスとサファエルはゆっくりと頭を上げる。

 レックスが見たシエロの表情は、聖母のような美しい笑顔だった。


「私も贈り物を選んでくれた恩があるから、無碍(むげ)にするなんてできないわね」


 ふわりと微笑み、シエロは玉座から立ち上がる。立ち上がる姿は優雅で、思わずレックスは目を奪われる。

 すぐに我に返り、レックスは(あわ)てて立ち上がった。


「それでは、地上に行きましょうか」

「今は地上が混乱しているため、緊急の転移魔法を使えないでしょうか」

「もちろんよ。それを見越して来たのでしょう」


 シエロが宙に手を(かざ)すと、黄金に光る杖が現れる。杖でとん、と地面を叩くと白く輝く魔法陣が展開された。


「ま、待ってください」


 サファエルとシエロが魔法陣に足を踏み入れようとしたところで、レックスが急いで二人を止める。


「どうしたの? 早く行かなければならないのでしょう?」

「その……シエロ様だけでなく、ヘレ様の力も借りられないでしょうか」


 レックスの発言にサファエルとシエロは目をぱちくりとさせる。拍子に展開されていた魔法陣も消滅する。

 サファエルとシエロは顔を見合わせ、シエロが(こら)えきれずに小さく吹き出す。


「ふふ、あなた本当に面白いわね。私だけじゃなくてヘレ様の力も借りたいだなんて、普通じゃ思いつかないわよ」

「も、申し訳ありません……」

「いいのよ。ここまで来たら、壮大(そうだい)に現れて地上の人々を驚かせてもいいわね」


 目を光らせながら笑うシエロは、少女のような無邪気さを見せていた。シエロの頭の中では荘厳(そうごん)に降り立つ様子が描かれているのかもしれない。


「それじゃあ、地上ではなく魔界に行きましょうか。私もヘレ様に久しぶりに直接お会いできるから嬉しいわ」


 シエロは嬉々(きき)として新しく魔法陣を作り出す。

 完成した魔法陣を踏むと周りの景色が(ゆが)み、高速でどこかへ飛んでいくような感覚がした。

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