第44話 「このままではスピネルが分裂してしまいます!」
「サ、サファエル様!」
スピネルに降り立つと、顔面蒼白の神官たちがレックスたちを迎えた。
神官たちの表情から、レックスたちはすぐにただならぬ雰囲気を感じ取った。
「落ち着いてください。どうされましたか」
「私たちの力ではどうにもできませぬ。どうかお力を貸していただけないでしょうか……!」
神官たちは祈るようにサファエルに縋る。
「このままではスピネルが分裂してしまいます!」
分裂。
決して明るくない言葉に、レックスたちの間に緊張が走る。
「サファエル様が地上に降り立ったことで天使族を崇拝する者は勇気づけられ、明日を生きる希望を手に入れました。しかし、その感情が肥大化し、悪魔族を崇拝する者を冒涜し始めたのです」
別の神官が絶望したかのような表情で話を続ける。
「冷静であれば良かったものの、悪魔族を崇拝する者も駆り立てられてしまい、現在緊張状態が続いています。これではいつ崩壊してもおかしくありません」
スピネルの人々の信仰心の高さが招いてしまったのか。レックスたちは動揺から思わず顔を見合わせた。
「スピネルの者として非常にお恥ずかしい話ではあります。ですが、頼れるのはサファエル様しかおりませぬ……!」
「分かりました」
全員の視線がサファエルに集中する。サファエルの表情はいつになく引き締まっていた。
「これは地上に降り立った私の責任です。私が直接話をして、地上の人々の気持ちを鎮めます」
言葉が出ない面々の中でレックスは一人、サファエルに歩み寄った。
「俺たちも手伝うよ。サファエル一人じゃ危険だ」
「レックス……」
「俺たち、実は魔法を使えるからさ。いざというときのためにサファエルを守るよ。友達を放っておけないだろ」
レックスはニコリと笑いかける。
喜びを噛み締めたサファエルは「ありがとうございます」と力強く微笑んだ。
「お取り込み中申し訳ございません!」
すると、空気を切り裂くように扉が勢いよく開き、一人の神官が駆け込んできた。
慌てふためく様子は、顔面蒼白になっていた神官たちとは別の方面で混乱しているようだった。
「どうした、なにがあった」
「暴徒が、スピネルに攻め込んできました!」
神官の言葉に、レックスたちの間に衝撃が走った。
聖都に攻め込んでくるなんて暴動以外のなにものでもない。入ってきた神官は落ち着かないまま言葉を紡いでいく。
「現在、中立派の者がなんとか堰き止めています。ですが、どうにも天使族側の者と悪魔族側の者が協力したくないなどと駄々を捏ねておりまして……外は混乱状態です!」
「あぁ、どうして惨事が同時に起きてしまうのか……」
神官たちがどうしようもないと頭を抱える。諦めてその場で祈る者も現れ始めた。
「……俺たちで止めよう」
レックスが言うと、驚愕した視線がレックスに集まる。
立ち止まっていてはいけない。どうにかしなければならない。今まさに危機に瀕しているのに放っておくことなどできない。
「私は賛成よ」
真っ先に賛成したのはマリカだった。マリカはレックスに向けてニコリと笑う。
「私の魔法の特訓の場にもなりそうだわ」
「それは名案じゃのう。蹴散らす程度ならいい練習台になってくれそうじゃ」
ポーラが深く頷く。二人の横でセレナも楽しそうにしていた。
(……そうだ!)
閃いたレックスはサファエルの方を見る。
「サファエル、俺に案がある。俺と一緒に天界に行ってくれないか」
「天界に?」
「きっとサファエルがいてくれたら上手くいく。お願いできるか?」
レックスの真っ直ぐな瞳に当てられるように、サファエルはゆっくりと頷いた。
「分かりました。レックスが言うなら上手くいくでしょう」
サファエルはレックスと頷きあったあと、依然戸惑ったままの神官へと向く。
「魔法陣の準備をお願いします」
「しょ、承知いたしました!」
サファエルの言葉で我に返ったのか、神官たちは慌てて動き出した。
準備が進む中、レックスはマリカたちを見て申し訳なさそうにする。
「地上は少しの間、マリカたちに任せてもいいか?」
「もちろんよ。女だけでも戦えるのを証明してみせるわ」
不安げなレックスとは反対に、マリカは自信たっぷりに答えた。
「あたしがいるから大丈夫だよ!」
「わしもおる。そちらは二人に任せたぞ」
セレナとポーラも続き、レックスは心の底から安心した。いつの間にか、こんなに信頼できる仲間が増えていたなんて。
込み上げてくる感情を堪えながら、レックスは準備ができた魔法陣へと歩みを進める。
「私とレックスが天界に向かったら魔法陣は消してください。天界へ攻め込まれるのを防ぐためです」
「それでは、お二人はどうやって地上へ戻るのですか……?」
「特別な方法があります。ですので、安心して送り出してください」
戸惑う神官に優しく微笑みながら、サファエルはレックスに向き直る。
「それでは行きましょうか」
「あぁ」
魔法陣を踏み、レックスたちは天界へと向かった。
天界に到着すると、衛兵に簡単に事情を説明した。衛兵はすぐさま鉄柵を開き、レックスたちは中へ入っていった。
「それで、レックスの案とはなんですか?」
「シエロ様に会いたい」
「シエロ様に?」
首を傾げるサファエルだったが、すぐに表情を変えて頷いた。
「案があるなら、説明はレックスがしてくれるでしょう。では、急用なので少し急ぎましょうか」
「え? うわっ」
と言うと、サファエルはレックスを小脇に抱えて飛び立つ。白い翼を羽ばたかせ、神殿へと一気に飛んでいった。
レックスは決して小柄ではないはずなのに、サファエルはレックスを軽々と抱えていて、レックスは複雑な胸中だった。
「眺めはいいけど、なんか癪だな……」
「あはは、僕もそれなりに力はありますからね」
贈り物に手間取っていたのは丁寧に扱っていたせいだと、レックスは頭の中で一人結論づけた。
神殿に到着し、レックスたちは駆け足でシエロの元へ向かう。
「シエロ様、ただいま戻りました」
部屋に入ると、穏やかな笑顔のシエロが二人を迎えた。




