第43話 「賞賛に値する存在だったか。礼を言おう」
視界が晴れると、レックスたちが立っていたのは薄暗いところだった。太陽は出ておらず、賑やかな声もしない静寂が満ちる空間。
目の前には巨大な鉄扉が待ち構えていて、レックスたちを阻むように立ちはだかっていた。
「誰だ」
鉄扉の前にいた衛兵たちがレックスたちに声をかける。衛兵は天使族とは反対の、黒い翼が生えた悪魔族たちだった。
衛兵たちはレックスたちを鋭い目で睨みつけるが、サファエルが一歩前に出る。
「天使族の長、シエロ様の近衛兵のサファエルです。本日はこちらの方々と共に、ヘレ様に贈り物を届けに参りました」
「失礼しました、サファエル殿でしたか。どうぞお入りください」
サファエルの姿を確認するなり衛兵たちは態度を変え、すんなりと案内される。鉄扉が開き、レックスは中へと足を踏み入れた。
黒曜石でできた階段を登りながら、サファエルは静かに話を切り出す。
「悪魔族は悪魔と名がついていますが、悪ではありません。我々天使族と対となる、秩序を司る存在です」
「そうだったのね。てっきり正義と悪のような存在かと思っていたわ」
「天使族と悪魔族の関係を知らない人々は勘違いされるかもしれませんね。多少価値観は異なりますが、どちらも同じ神の使いです」
「神、ね……」
マリカは小さく呟く。
悪魔を崇拝していたら邪教徒となってしまうが、悪魔族だから崇拝される対象なのだとレックスたちは理解した。
階段を登りきり、天界と同じように広場のような場所へ出る。そこでは誰もが黒い翼をはためかせ、思うままに過ごしていた。
「見て、天使族がいるわ」
「珍しいわね。観光かしら」
「一緒にいるのは地上の人間か?」
悪魔族の人々はレックスたちに好奇の目を向ける。
サファエルがいて良かったと、レックスは心の底から感謝した。自分たちだけだったら居た堪れなくなって早々に撤退していたはずだから。
向けられる視線も好奇心からであって、嫌悪ではないことが唯一の救いだった。
「あちらが、ヘレ様が住んでおられる城です」
サファエルの視線を追うと、黒を基調とした城がレックスたちの目の前に現れた。天界の神殿を黒色にしたらこんな感じだろうと、レックスは頭の片隅で考える。
入り口の衛兵にもサファエルが先頭になって話をすると、レックスたちは簡単に城の中へと案内された。
「サファエルは随分と信頼されているのね」
「僕はときどき魔界にも訪れるんです。……主にシエロ様のご命令で」
今回のように、サファエルはシエロから命令されることがたびたびあるのだろう。理解したレックスたちはサファエルの話を黙って聞く。
「おかげで顔を覚えてもらい、ヘレ様からも懇意にさせていただいています」
サファエルの言葉にレックスたちは感心する。
天使族の近衛兵が悪魔族の長から懇意にしてもらっているのは、サファエルの人柄の良さもあるのかもしれない。
衛兵に続き、レックスたちは一際大きな鉄扉の前に立つ。
「ヘレ様、サファエル殿がいらっしゃいました」
扉が開くと、中は王の間と評するのが正しい部屋をしていた。黒曜石でできた床、厳かな彫刻がなされた柱と灯る蝋燭、敷かれた深紅のカーペットは玉座へと続いていた。
玉座には漆黒の翼を携えた、麗しい男性が腰掛けていた。
「サファエルか。元気にしているか?」
「おかげさまで、この通りでございます。ヘレ様もお変わりないようで」
サファエルと挨拶を交わす人物こそが悪魔族の長――ヘレだとレックスたちはすぐに理解した。
「後ろにいるのは誰だ?」
ヘレの視線がサファエルを超えてレックスたちに届く。ヘレの瞳は全てを射抜くような鋭さがあった。
怯むレックスたちだったが、サファエルはなんら変わらない態度でヘレに笑いかける。
「こちらの方々は地上で知り合った私の友人です」
「ほう。天使族は地上にも手を伸ばしたか」
「いえ、今回は偶然の出会いです」
そうか、とヘレはサファエルの短い説明で納得した様子だった。
ヘレは組んでいた脚を下ろし、レックスたちを不敵な笑顔で見下ろす。
「俺はヘレ・ファントム。悪魔族の長だ」
名乗るヘレは堂々とした態度で、長に相応しい余裕に溢れた表情をしていた。
膝を折るレックスたちはヘレの雰囲気に圧倒され、一層深く頭を下げた。
「それで、今日はどうした」
「本日は、シエロ様からの贈り物をお渡ししたく参上いたしました」
「そうか。どれ、見せてみろ」
ヘレに促され、レックスとサファエルはヘレに贈り物を渡す。
「今回は地上のものをお渡ししたいとのことでした」
「なるほど、確かに天界では見ない品だな。どれも楽しませてもらおう」
一つずつ吟味したあと、贈り物は近衛兵や衛兵によって下げられる。
明るい表情からして気に入ってくれたようで、レックスたちはひと息つく。
「サファエル、お前は贈り物を選ぶのが上手いな」
「え……な、なんのことでしょうか」
「とぼけても無駄だ。シエロは地上には降りない。それで地上のものを贈りたいとなると、必然的に一番信頼されているお前が地上に買いに行くはずだ。そこの者たちとの出会いも贈り物関連だろう」
そこまで見抜かれていたとは。レックスたちは唖然とした。ヘレはただの長ではないと、そのとき思い知った。
「……全て、ヘレ様のおっしゃる通りです」
「なに、叱るつもりは一切ない。俺はお前を褒めようと思っているだけだ」
「し、至極恐悦に存じます」
サファエルは慌てて頭を下げる。言葉は丁寧ながらも、声色はどこか弾んでいるようだった。
「ですが、なにを贈るかと提案してくれたのは彼らです。私だけの力では成し得ませんでした」
本当のことを言わず、サファエルの手柄にして良かったのに。レックスは心の中で思ったが、サファエルの性格上、黙っておくことはできなかったのだろう。
「お前たちはただの付き人ではなく、賞賛に値する存在だったか。礼を言おう」
ヘレは口角を上げて笑う。表情もどこか優しくなった気がした。
「それでは、シエロ様にご報告をするので、短い時間でしたがこれで失礼いたします」
「あぁ、またいつでも来い」
挨拶を終えて退室しようとしたところで、ヘレがサファエルを呼び止める。
「俺の側近になる話だが、あれから意思は変わったか」
「私は天使族ですから。ヘレ様には素晴らしい悪魔族の皆様の方がお似合いです」
「そうか、残念だ。いつでも迎える準備はできているぞ。気が変わったらいつでも言え」
「はは、かしこまりました」
サファエルは眉を下げて答え、レックスと共に部屋を出た。
「はぁ、緊張した……」
扉が完全に閉まると、レックスは肩の力が抜けた気がした。
レックスだけでなく、マリカたちも大きく息を吐いて強張った体を休めていた。
「ヘレ様はシエロ様とはまた違う威厳がありますからね。僕もいつも緊張します」
サファエルはそう言うが、慣れた様子でヘレと話をしていた。
それに、側近の話も出ていた。ヘレがそこまで言うのはサファエルが相当気に入られて信頼されている証だろう。
「僕はシエロ様にご報告のために天界へ戻ります。レックスたちとは地上でお別れですね」
「それがいいな。短い時間だったけど楽しかったよ」
「こちらこそ、今日のことは忘れません」
魔法陣を通り、レックスたちはスピネルへと戻った。




