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第42話 「素敵だから、全部あげちゃいましょう」

「到着しました」


 ふわりと地面に着地し、レックスはゆっくりと目を開ける。


「ここが天界……」


 周囲は柔らかそうな雲が浮いていて、足元もどこか柔らかい。落ち着いた神聖な空気は、楽園と評してもいいような空気感だった。


「綺麗なところね」

「ありがとうございます。居心地の良さは地上に負けませんよ」


 穏やかな表情で、マリカが深く息を吸い込む。


「サファエル様、お帰りなさいませ」

「そちらの方々は?」


 魔法陣の近くには衛兵がいて、凛々(りり)しい顔つきでサファエルを迎えた。衛兵たちもサファエルと同様に背中に白い翼が生えていた。


「僕の恩人です。贈り物を探すのを手伝ってくれました」

「そうでしたか。それはシエロ様もお喜びになるでしょう。どうぞお入りください」


 衛兵は目の前にある黄金の鉄柵(てつさく)を開く。

 レックスたちは白い大理石(だいりせき)が続く階段を登り、広場のような場所へ出る。広場では天使族が地上の人間と同様に過ごしていて、神聖さは感じられるもののレックスたちは親近感を抱いた。

 そのまま広場から続く神殿へと向かい、レックスたちは神殿の中へ足を踏み入れた。


「サファエル様、お帰りなさいませ」


 神殿の天使族たちもレックスたちの姿を見て驚いたが、サファエルが同じように説明をするとレックスたちを温かく歓迎した。


「サファエルって偉い人なんだな」

近衛(このえ)兵だからじゃな。それにしても、近衛兵が直々(じきじき)にお使いとは、(おさ)随分(ずいぶん)と人使いが荒いのう」


 レックスとポーラの会話が聞こえていたのか、サファエルは振り返って「そんなことありませんよ」と微笑(ほほえ)む。


「シエロ様はとても思慮(しりょ)深い方で、僕のような下の者にも分け(へだ)てなく接してくださいます。ただ、その、少女らしい一面もありますが……」


 サファエルは少し視線を()らしながら言う。

 その少女らしい一面で苦労していそうだと、レックスたちは言葉(ことば)(じり)からなんとなく察した。


「こちらにシエロ様がいらっしゃいます。良ければご挨拶(あいさつ)をなさっていってください」


 まさか長に会うことになるとは思わず、レックスたちの背筋が伸びる。


「緊張しなくても大丈夫ですよ。シエロ様はとてもお優しい方です」


 表情が強張(こわば)るレックスたちに向けて、サファエルは笑いながら扉を開く。


「サファエル、ただいま戻りました」


 部屋の中は硝子(ガラス)でできたシャンデリア、窓から()し込む暖かい光、玉座へと続く淡い色のカーペット。そして玉座には純白の羽が生えた、まるで聖母のような女性が腰掛けていた。


「お帰りなさい。あら、そちらの方は?」

「私の恩人です。共にヘレ様への贈り物探しを手伝ってくれました」

「そうだったのね。私は天使族の長、シエロ・ローズ。地上の皆様、サファエルを手伝ってくれてありがとう」


 シエロはレックスたちに優しく微笑みかける。

 誰もが()れてしまうような微笑みに、自然とレックスたちの緊張が(ほぐ)れていった。


「それで、贈り物はなににしたのかしら」

「候補として花、酒、ランプを購入しました。この中からシエロ様にお選びいただければと思います」


 レックスとサファエルはシエロに購入した贈り物を見せる。どれも素敵ね、とシエロは贈り物候補を見つめる。


「素敵だから、全部あげちゃいましょう」

「……へ?」


 予想していなかった言葉に、サファエルから気の抜けた声が出る。


「たくさん贈った方がヘレ様も喜ぶわ。ということで、サファエル。そのままヘレ様にお渡ししてきてちょうだい」

「……承知いたしました」


 肩を震わせながら、サファエルは必死に作った笑顔で(こた)えた。


(なるほど、これは苦労してるな……)


 レックスはサファエルの背中を見ながら、少しだけサファエルに同情した。

 その後は贈り物を丁寧に包装し、ヘレの元へ向かう準備を進めた。


「本当ならレックスたちに天界を楽しんで欲しいと思っていましたが、少し厳しいですね……申し訳ありません……」

「謝ることじゃないよ。お願いされたら仕方ないだろ」

「それはそうですが……わざわざ天界まで来ていただいたのに、なにももてなせないのがなによりも申し訳ないです」


 がっくりと肩を落とすサファエル。

 苦労しているのに自分たちを気遣ってくれるなんて、サファエルは真面目な人物なのだろうとレックスたちはサファエルのことを理解した気がした。


「では、僕はヘレ様にお会いするために魔界に行くので、先にレックスたちを地上まで送りますね」

「いや、ここまで来たら最後まで付き合うよ」

「え?」

「俺たちも、サファエルと一緒に魔界に行くよ」

「……いいのですか?」


 サファエルに尋ねられ、レックスは力強く頷く。

 ここまで付き合ったのだから、中途半端なところで終わりたくないというのが本音だった。


「マリカたちも、いいよな?」


 レックスが聞くと、マリカたちももちろんと言った風に(うなず)いた。


「本当にありがとうございます。それでは、お願いします」


 今にも泣きそうな笑顔を見せながら、サファエルは深く頭を下げた。

 神殿を出て広場を抜け、魔法陣へと向かう。衛兵に見送られ、レックスたちは地上へと降り立った。


「サ、サファエル様……!」


 一日に何度も崇拝(すうはい)対象と出会うと思わなかったのか、神官(しんかん)たちがざわつく。


「今から魔界へと向かいます。魔法陣の用意をお願いしたいです」

「もちろんでございます! お待ちくださいませ!」


 サファエルに言われ、神官たちは魔法陣を(えが)き始めた。


(……ん?)


 待っている間、レックスは小さな違和感に気がついた。どこか心の奥がざわざわするような、不安な感情が体の中で(うず)巻いた。


「おや、レックスも気がついたみたいじゃの」


 ポーラがレックスの表情に気がついたのか、レックスを(のぞ)き込む。セレナも真剣な表情で大聖堂の外に視線を向けていた。

 一方で、マリカとサファエルはなんのことかと首を(かし)げる。


「外がなにやら騒がしいのう。なにかあったのかえ?」

「い、いえ、なんでもありません。ただいま準備を進めますのでお待ちくださいませ」


 神官にはぐらかされ、レックスたちは気になりながらも一旦考えないことにした。今は魔界へ向かう方が優先だから。

 魔法陣が完成し、レックスたちは再び魔法陣の上に乗る。

 次は急に重力がのしかかるような感覚に襲われる。視界が白んでいき、レックスたちは地面の中へ引き()り込まれた。

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