第41話 「このご恩は一生忘れません」
「ん?」
散策しようと一番広い通りを歩いていると、一角に人だかりができていた。
「なにかやってるのかな?」
セレナがうきうきとした様子で、駆け足で人だかりへと向かう。
レックスたちも保護者のようにセレナを追いかけ、人だかりに近づいた。
人々の隙間から中心になっているところを覗き込むと、レックスたちは目を瞠った。
「羽が生えてる……!?」
中心にいた青年は白い装束を身に纏い、背中から鳥のような真っ白い羽が生えていた。
青年の姿を形容するなら、天使。
「あれが天使族かしら……」
「そうかもしれんな。まさに天使じゃな」
マリカとポーラは青年の姿を見て感嘆していた。
一方で、レックスはある違和感に一人気がついた。
(それにしても、なんで誰も声をかけないんだ……?)
青年は店先で商品を選んでいた。しかも真剣な表情で。だが、どこか困っているようにも見えた。
店主も周囲の人々も、青年に声をかけずに遠巻きに見守っている。少し異様にも思える光景は、レックスの衝動を駆り立てるには十分だった。
「あの、大丈夫ですか?」
レックスは人だかりを抜け、青年に声をかける。
「なにか手伝いましょうか?」
青年は一瞬驚いたが、レックスの姿を見て縋るように手を取った。
「一緒に、贈り物に相応しい品を考えてくれませんか?」
青年の行動に周囲の人々がざわついたが、レックスはそれどころではなかった。贈り物とは。
「みんな、見せ物じゃないよ! 散った散った!」
そのとき、セレナが声を上げて人だかりを散らした。セレナの突然の登場に人々は戸惑いながらも、人だかりは少しずつ散開していった。
「もう、レックス。いきなり行動して驚かせないでよ。あたしもびっくりしちゃったじゃん」
「はは、ごめんごめん。この人が困ってるように見えたからさ」
セレナに詰め寄られ、レックスは眉を下げて笑う。
「レックス、お主なかなか行動力があるのう。感心じゃ」
「すぐに行動に移せるのはレックスらしいわね」
マリカとポーラも合流し、レックスたちは青年の方を向く。
「俺はレックス」
「初めまして、レックスさん。僕はサファエルと言います」
「畏まらなくていいよ。俺も気軽に話すから、サファエルもレックスって呼んでよ」
分かりました、とサファエルと名乗った青年は笑顔を見せる。
マリカたちも自己紹介をすると、サファエルは一人一人に深く頭を下げた。
「レックス、そして皆さん。声をかけてくれてありがとうございます」
「そもそもだけど、なんでサファエルは囲まれてたの?」
「分かりません……と言いたいところですが、恐らく僕が珍しかったのでしょう」
セレナの問いにサファエルは困ったように笑う。
「天使族は滅多に地上に降り立ちません。ですから、僕がいることに驚いたのかもしれません」
「だからみんな野次馬のようになっていたのね」
そういうことかとレックスは納得する。
信仰対象が目の前に突然現れたら、畏れが勝って迂闊に声をかけられないのは当然だろう。先ほどの商人の話とも一致する。
「それで、贈り物っていうのは誰に渡すんだ?」
「悪魔族の長であるヘレ様にです。贈り主は僕ではなく、天使族の長であるシエロ様ですが」
サファエルは丁寧に話を続ける。
「シエロ様から、今回は地上のものを贈りたいと言われました。ですが、シエロ様が地上に降り立っては混乱を招きます。ですから、近衛兵である僕が地上にやって来たのです」
レックスたちはサファエルの事情をなんとなく理解した。要するにサファエルは上司からお使いを頼まれたことになる。
「ですが、僕は地上のものは詳しくありません。そこで、一人で悩んでいたところにレックスが声をかけてくれたのです」
ありがとうございます、とサファエルは再び深く頭を下げる。
「贈り物か。マリカたち、なにか思いつくか?」
「定番はお花よね。間違いなく喜ばれるわ」
女性陣の方が詳しいと思い、レックスはマリカたちに話を振る。すると、マリカからすぐに返事が来た。
花はスフェーンで花屋の荷運びをしたことがあるから、いくつか種類は分かる。詳しいと言われたらまた違うが、贈り物としては正しい選択肢だろう。
「お酒とかどうかな! ここなら色々売ってそうだし!」
「酒は嗜む者なら喜ばれるのう。わしも贈り物としてもらったら嬉しいぞ」
セレナとポーラが意気投合する。酒は飲むなら喜ばれるが、果たしてヘレという人物はどうか分からない。
するとサファエルが「ヘレ様はお酒がお好きですよ」と言ったものだから、セレナとポーラはさらに盛り上がる。
「じゃあ、あそこの工芸品はどうだ? ランプとか綺麗だぞ」
レックスが指差す先には数々の工芸品が並ぶ店。幻想的で部屋に置いてあれば部屋の雰囲気を高めるに違いない。
レックスたちの案にサファエルは頭を悩ませる。
「……全部買いましょう」
少し悩んだ末の結論にレックスたちは驚いた。サファエルは爽やかな笑顔を見せる。
「シエロ様に候補としてお見せして、シエロ様に決めていただきましょう。選ばれなかったものは天界で使用することにします」
それなら一番気に入ったものを渡すことができる。レックスたちは同意し、花、酒、ランプをそれぞれ購入した。
「一人じゃ持ちきれないだろ」
「い、いえ……なんとか大丈夫です……」
購入したものを両手に抱えるサファエル。
「落としたら大変だろ。運ぶの手伝うよ」
レックスは一番重そうなランプをひょいと受け取る。多少身軽になったサファエルは「レックス……」と目を潤ませる。
「なにからなにまでありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
サファエルは今日何度目か分からない深いお辞儀をする。
本当に真面目で実直な人物なのだと、レックスはサファエルを評価した。
「そういえば、サファエルはどこに住んでるんだ?」
「僕たちは天界という空の果てに住んでいます。大聖堂で特殊な魔法陣を通って、天界と地上を行き来できるんです」
大聖堂に向かいながらサファエルが説明する。スピネルは地上と天界を繋ぐ大事な役割を担っているのか。
レックスたちが大聖堂に近づくにつれ、その大きさがレックスたちに直に伝わった。巨大な大聖堂は圧倒的な迫力を誇っていて、思わずレックスたちの口から感嘆の息が漏れる。
「サファエル様……ご無事のお戻りで……!」
大聖堂に入ると、衛兵や司祭服を纏った人々がレックスたち――主にサファエルを迎えた。
サファエルの後ろについているレックスたちを見て、人々は何者かと怪訝な表情をする。
「彼らは僕の手伝いをしてくれています。一緒に天界に行けるよう手配をお願いします」
「も、もちろんでございます!」
サファエルが言うと態度をころりと変え、天界へと繋ぐ準備を始めた。
「本来は手続きが必要なようですが、今回は特別ですね」
忙しなく動く人々を見て、サファエルはふふ、と笑う。
思っている以上にスピネルの人々は天使族を崇拝しているのだとレックスたちは実感した。
「お待たせいたしました」
準備が整い、数人の神官が魔法陣の前に立った。
「では、行きましょうか」
サファエルを先頭にして、レックスたちは魔法陣の上に乗る。
次の瞬間、体の底から持ち上げられるような浮遊感が訪れる。視界が白く光っていき、レックスたちは空へ導かれた。




