第39話 「分かりました。俺たちが聖具を探し出します」
光がなくなると、レックスたちは薄暗い場所に降り立った。
太陽が出ていない静寂が満ちる空間で、少し先に厳かな城がぽつりと建っていた。黒曜石の階段が城まで続き、闇の中にあるはずなのにどこか神殿のような静謐さがあった。
「悪魔って名前だから悪い想像をするけど、魔界はそんな感じがしないよな」
「ヘレ様が統一していますからね。暗さの中にきちんと秩序があります」
巨大な鉄扉の前まで向かうと、漆黒の翼を持った悪魔族の衛兵たちがレックスたちの前に立ちはだかった。
「魔界になんの用だ……おや、サファエル殿ではないですか」
「ご無沙汰しています。今日はヘレ様にお会いしたく訪問しました」
「……もしかして、シエロ様のお使いですか?」
「そんなところです」
サファエルの言葉に衛兵たちは顔を見合わせて苦笑する。
「サファエル殿も大変ですね。自由奔放な長がいると苦労しますね」
「もう慣れましたよ。お気遣いいただきありがとうございます」
衛兵たちの空気感からして、サファエルとは何度も顔を合わせたことがあるようだ。サファエルを前にして多少砕けた雰囲気で接している。
ひと通り話し終えると、衛兵たちの視線がサファエルからレックスたちに移る。
「僕の友人です。彼らも同行させてください」
視線を見逃さなかったサファエルが言うと、衛兵たちは頭を下げる。
「サファエル殿のご友人なら問題ありません。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
レックスたちの素性を深く確認せずに友人として入れてもらえるということは、サファエルは相当信頼されているらしい。
感謝しながら、レックスたちは鉄扉の中へと入っていった。
天界と同様にレックスたちは尊敬の眼差しで見つめられ、レックスたちは少しだけ誇らしい気持ちになった。
「魔界でも僕たちのことはヘレ様がしっかりとお伝えされています」
城に到着すると、サファエルがいるおかげかすんなりと案内され、レックスたちはヘレがいる部屋の前へと辿り着いた。
「ヘレ様、失礼いたします」
扉の前にいた衛兵が鉄製の重厚な扉を開く。
黒曜石の床と灯される蝋燭、階段に赤いカーペットが敷かれ、玉座への道ができていた。玉座には足を組み、堂々と腰掛ける男性がいた。
衛兵の入室に男性は微かに眉を寄せる。
「どうした、なにかあったか」
「サファエル殿と、そのご友人がいらっしゃいました」
レックスたちはサファエルを先頭にして部屋に入り、玉座に腰掛ける悪魔族の長――ヘレの前で恭しく膝を折る。
「サファエルでございます。ヘレ様、突然の訪問失礼いたします」
「サファエルか。構わない。俺もちょうど時間がある」
「ありがとうございます」
不敵に笑ったヘレはサファエルの後ろにレックスたちがいることに気がつく。
「そちらは……あぁ、あのときの冒険者か。しっかりと覚えているぞ」
意外な訪問者だったのか、ヘレはニヤリと笑ってレックスたちを迎えた。シエロとは異なる荘厳さと圧倒される雰囲気に、レックスたちは黙って頭を下げるばかりだった。
「レックスだったな。また旅をしているのか?」
「いえ、今は復興大臣をしています。その仕事の一環でスピネルを訪れました」
「ほう、それは興味深いな。先日の出来事で地上は荒れたから正しい選択だ」
納得した口ぶりで頷くと、ヘレはサファエルに視線を移す。
「それで、今日はなにがあって魔界に来た」
「はい、その……」
口ごもるサファエルにヘレの眉が寄る。
「なんだ、はっきりと言え」
「ええっと……シエロ様からの贈り物の件についてです」
サファエルが歯切れが悪そうに話を切り出すと、ヘレは肘をついて呆れたようにため息をついた。
「シエロか。もう贈り物はいらんと伝えたはずだ。現に部屋がシエロからの贈り物で溢れている」
「それですが……先日シエロ様が聖具の天秤を送ったとシエロ様から聞きまして……そちらを受け取りに参りました」
言いにくそうに告げるサファエルの言葉に、「ほう」とヘレの口角が上がる。
「一度贈ったものを返せとは面白いな」
「私も畏れながら申し上げております。ですが、聖具は天界にとって必要なものでございます。もちろんシエロ様に許可はいただいています」
深く頭を下げながら、サファエルは真剣な表情で訴えかける。
サファエルの誠意が伝わったのか、ヘレはふぅと息を吐く。
「俺も聖具が天界に必要なものだと理解している」
「それでは……!」
「だから、俺は先日送り返した」
「……え?」
サファエルだけでなく、話を聞いていたレックスたちも耳を疑った。
「聞こえなかったか。俺は聖具を既に送り返している」
言葉が出ないレックスたちに、ヘレは多少苛立った声で繰り返した。
送り返されたのなら、わざわざ魔界に赴く必要はない。だが、天界に聖具は戻ってきていない。どういうことか。
「いえ……天界には聖具は届いておりません」
「そんなはずはない。俺は天界に送り届けるよう伝えている」
そこまで言ってヘレは言葉を切る。ふむ、と思案するように長い脚を組み直した。
「……やはり地上の者を経由したのが悪かったか。少しは信頼できたかと思ったが、まだまだのようだな」
呟いたヘレは依然動揺しているレックスたちに視線を向ける。
「冒険者たちよ」
「は、はい」
まさか声をかけられるとは思わなかったのか、レックスは少しびくついた声で反応する。
「天界の聖具を探して来い」
「お、俺たちがですか?」
「天界に届いていないのなら、地上のどこかにあるはずだ。我々が探せばどうしても目立ってしまう。ならば、お前たちが探す方が騒がれることはない」
ヘレの言うことは理にかなっている。天使族や悪魔族は地上に滅多に姿を現さないため、ひとたび現れたら人々をざわつかせてしまう。
しかもスピネルは天使族と悪魔族を中心に崇拝している。崇拝の対象が現れたら混乱だけでは済まないかもしれない。
そのため、レックスたちが断るという選択肢は自然と消滅していた。
「分かりました。俺たちが聖具を探し出します」
「頼もしい。お前たちに任せたぞ」
深く頭を下げ、レックスたちは部屋をあとにした。
「……はぁ〜、やっぱりあの人の威圧感すごいねぇ」
「流石、長なだけある。それくらいの威厳がなければ務まらんのじゃろう」
部屋を出ると、セレナが脱力しながら言う。ポーラも肩を回して息を吐いていた。緊張していたのは自分だけでないと分かったレックスは少しだけ安堵する。
「早速聖具を探しに行くか」
「僕も一緒に探します」
城を出てレックスが意気込んでいると、サファエルが言った。
「いいのか?」
「もちろんです。僕もレックスたちの仲間ですから」
サファエルはニコリと笑う。サファエルの瞳には確かな決意がみなぎっていた。
「それじゃあ、よろしくな。サファエル」
笑顔を向け、レックスとサファエルは強く握手を交わした。
「さて、聖具についてじゃが、スピネルの人々に聞けば分かるかのう」
「どうかしら。都市の外に持ち出されている可能性もあるわよね」
マリカの言葉に、その通りだとレックスは唸る。
聞き込みをしてもいいが、持ち出されてしまっていては探すものも探せない。
「シエロ様とヘレ様に振り回されるの、あのときを思い出すな」
「懐かしいね。規模は前の方がすごかったけどね」
初めて訪れたときのことを思い出しながら、レックスたちは魔界を出発した。




