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第38話 「なんでそんな大事な物を渡したのですか!」

 白んだ景色が晴れると、レックスたちはゆっくりと着地する。しかし地面は固くなく、柔らかい綿菓子のようだった。


「相変わらず神聖な場所ね」

「そうだな」


 レックスたちの視線は周囲の光景に向いていた。

 薄い雲に包まれた足元は柔らかく、周囲にもふわふわとした雲が浮いている。また、黄金の鉄柵(てつさく)の先には白い大理石(だいりせき)でできた階段があり、神殿へと道が続いていて神々(こうごう)しささえ感じられた。

 楽園と評するのが正しい光景に、レックスたちはしばらく心を奪われていた。


「もしかして、サファエル様のご友人でありますか」


 声はすぐ近くから聞こえた。

 見ると、二人の衛兵が立っていた。衛兵も真っ白な服と翼を纏っていて、神聖な雰囲気がした。


「はい、そうです」

「今サファエル様をお呼びします。少々お待ちください」


 どうやら旅のときに顔を覚えていてもらえたらしい。衛兵たちがレックスたちを不審がる様子もなかった。


(天使族以外がサファエルと一緒にいたなら覚えてもらえてるか)


 レックスは考えながら、サファエルの到着を待った。

 少しすると、神殿から人影がレックスたちに飛んでくるのが見えた。


「サファエル!」


「レックス、それにマリカたちも。お久しぶりです」


 青年――サファエルはレックスたちの前に降り立つ。白い羽をはためかせる姿はまさに天使と形容するのが正しかった。


「元気そうでなによりだよ」

「レックスたちも変わらなくて安心しました。さぁ、入ってください」


 サファエルに招かれ、レックスたちは金色の鉄柵を通り抜ける。


「今日はどうしました? 天界に来るなんて余程(よほど)の用事があったのでしょう」

「サファエルに会いたくてさ。それと、俺は今復興大臣をやってるんだ。その仕事もしに来たんだ」

「復興大臣ですか。それはなかなか大変な仕事ですね」


 階段を歩きながらサファエルは微笑む。


「僕も、実はあれから外交官になりまして。地上と天界を繋ぐ者として日々尽力(じんりょく)しています」

「すごいな。大出世じゃないか」

「僕なんてまだまだですよ。外交官という立場ですが、やっていることはこれまでとほとんど変わりません」


 苦笑するサファエル。それでも、これまでの仕事から考えれば大違いだ。


「シエロ様も今はお仕事が落ち着いています。良ければシエロ様にもお会いしてください。きっと喜びますよ」


 長い階段を上りきり、広場のようなところへ出る。そこでは天使族たちが思い思いに過ごしていた。


「あら、サファエル様よ」

「一緒にいるのは勇者様たちじゃないか?」


 通り過ぎる者たちは、レックスたちを尊敬と羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しで見つめる。

 まるで有名人に会ったかのような空気感にレックスたちは気恥ずかしくなる。


「私たちのことは天使族に知られているのね」

「シエロ様が嬉々(きき)としてお伝えしましたから。天使族はほとんどが僕たちの偉業(いぎょう)を知っています」


 シエロ様なら言いそうだ、とレックスたちは納得する。


「さて、到着しました」


 レックスたちの目の前には豪奢(ごうしゃ)な神殿がそびえ立っていた。白で統一された神殿は、なににも染まらない純潔さを象徴しているように見えた。

 サファエルがいることで衛兵もすんなりとレックスたちを出迎え、レックスたちは神殿の中へと入っていった。

 神殿の中でも一層大きな扉の前に立ち、サファエルは扉を叩く。


「シエロ様、サファエルです。失礼いたします」


 扉が開かれると、奥の玉座には聖母のような美しい女性が座っていた。

 だが、女性は不機嫌そうに(ひじ)をついてサファエルをじとりと見つめる。


「サファエル、どうしたの。私は今機嫌が悪いの」

「どうせヘレ様のことでしょう。あとで私がいくらでも聞きます。今は客人をお連れしたので、ご挨拶(あいさつ)をお願いします」


 サファエルが一歩引き、レックスたちを紹介する。レックスたちはすぐに(ひざ)をついてシエロに挨拶をする。

 レックスたちの姿を確認するなり、シエロは姿勢を正して優しい穏やかな笑みに変わる。


「お久しぶりです」

「お久しぶり。みんな元気そうでなによりだわ」


 シエロはレックスたちを(いつく)しむように笑みを浮かべる。


「揃って天界に来るなんて、なにか特別な用事があるのかしら?」

「はい。実は今、復興大臣の仕事をしています」

「まぁ、素敵な仕事ね」


 そこからレックスはこれまでの出来事を丁寧に伝えた。シエロだけでなくサファエルも興味深そうにレックスの話を聞いていた。


「本当にご苦労様。ここまで来るのに大変だったでしょう」

「いえ、サファエルに会うためならなんてことありません」

「ふふ、そう言ってもらえたらサファエルも(うれ)しいわね」


 シエロがサファエルに視線を移すと、「もちろんです」と深く頭を下げた。


「せっかくだからヘレ様にも挨拶をしていって欲しいけど……むぅ」


 シエロは再び不機嫌そうな表情に変わる。少女のように(ほお)を膨らませ、玉座に肘をつく。


「今はレックスたちがいますよ」

「だって、今回はヘレ様が悪いのよ!」


 駄々(だだ)()ねるシエロにサファエルが大きくため息をつく。シエロの横で、近衛(このえ)兵も(あき)れた表情をしていた。

 状況が飲み込めないレックスたちは顔を見合わせる。


「その……ヘレ様がどうしたのですか?」

痴話(ちわ)喧嘩(げんか)です。放っておいてください」


 冷静に告げるサファエルに、すぐに理解したレックスたちは苦笑する。


「全く……なにがあったんですか」

「私の贈り物を適当に扱ったのよ! 『いい加減贈り物はよせ』とか言うの! 私がどんな気持ちで贈り物を選んだのか分かっていないんだわ!」

「私たちは止めましたよ。きっとヘレ様も呆れています」

「私の想いをヘレ様は呆れているって言うの……!?」


 シエロは玉座にもたれかかり、大袈裟(おおげさ)に泣き出す。

 贈り物。どこかで覚えがあるレックスは小声でサファエルを呼ぶ。


「サファエル、贈り物って……」

「はい、相変わらず僕が購入しています」


 やはりか。レックスは苦笑いをする。外交官になってもやることが変わらないと言っていたのはそういうことかと納得した。


「ただ、今回はシエロ様がお一人で選ばれたので、僕はなにを渡したのか存じ上げませんが……」


 サファエルは変わらず子供のように泣くシエロの方を向く。


「ヘレ様に呆れられるなんて、一体なにをお渡ししたのですか」

「……聖具(せいぐ)

「……は?」

「聖具の天秤(てんびん)


 シエロの言葉に、その場にいた全員の目が点になる。

 呆然(ぼうぜん)とする空気の中で、「なんで……」とサファエルの声が震える。


「なんでそんな大事な物を渡したのですか!」

「そんな物まで渡せちゃうよっていう私の愛が大きいことを教えてあげたくて……」

「天使族の聖具をもらって困るのは当然ですよ!」


 肩で息をして、頭を抱えるサファエル。

 シエロに振り回されて苦労しているのは変わらないのだと、レックスたちはサファエルを少し(あわ)れに思った。


「……今すぐ引き取りに行きます」


 サファエルは立ち上がり、()わった目で言い放つ。


「レックスたちもついてきてください。その流れでヘレ様にご挨拶をしましょう」


 そのままサファエルは部屋を出ていく。レックスたちもシエロに頭を下げ、サファエルを追いかけた。


「サファエル、えっと、苦労してるんだね……」

「もう慣れたかと思っていましたが、僕はまだまだだったようです」


 いつも元気なセレナも気を遣うくらいなのだから、サファエルの心労(しんろう)は相当なものだろう。

 レックスたちは神殿を出て広場を抜け、階段を下り、魔法陣へと向かう。


「では、行きましょうか」


 魔法陣を踏み、レックスたちは地上へと戻った。


「サファエル様……!」

「地上へ降り立たれるなんて、どうされましたか!?」


 大聖堂に着くなり、神官たちがレックスたちを迎えた。特にサファエルがいると思わなかったのか、その場にいる誰もが驚愕(きょうがく)していた。


「彼らと魔界へ行きます。魔法陣の用意をお願いします」

「しょ、承知いたしました!」


 サファエルの言葉に、最初は困惑していた神官たちも(せわ)しなく動き回る。

 魔界へ行くのだから、大事な取引や外交をするのだと思っているのだろう。シエロがうっかり聖具を渡したから引き取りに行くとは言えなかった。

 神官たちのおかげですぐに準備は整い、魔界へ向かう魔法陣が展開された。


「それでは、お気をつけて。悪魔様のご加護がありますように」


 レックスたちは魔法陣の上に乗ると、天界に行くのとは反対に地面に引き込まれる感覚がした。白んだ光と共に重力に負け、レックスたちは地中へと引き摺り込まれた。

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