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第34話 「だから、マリカは安心して欲しい」

「レックス」


 セレナが(ひじ)でレックスをつつく。それはまるで行けという合図のようだった。


「え……セレナは行かないのか?」


 レックスが小声で尋ねると、セレナは何度も大きく(うなず)いた。

断然(だんぜん)レックス一人の方がいいよ。あたしはここで見守ってるから!」


 (ささや)き声ながらも元気のあるセレナに負け、レックスはマリカに向けて歩き出す。


「マリカ」


 どう声をかけるべきか迷い、まずはマリカを呼ぶレックス。

 レックスに気がついたマリカは不思議そうに首を(かし)げる。


「レックス……どうしたの?」

「えっと……元気か?」

「えぇ、もちろん元気よ」


 当たり(さわ)りのない挨拶(あいさつ)のような会話を終え、沈黙が訪れる。

 気まずさに耐えきれなくなったレックスが助けを求めるようにセレナの方を見ると、セレナは笑顔で親指を立てていた。


「レックスは、あの集落(しゅうらく)についてどう思う?」


 マリカからの問いかけに、レックスはすぐに答えられなかった。どう、とは。

 レックスの反応が来るのが分かっていたのか、マリカはレックスと目を合わせないまま話を続ける。


「魔族だけが住んでいる場所があるなんて私は知らなかった。きっとどこにも居場所がなくて、追いやられるようにしてここに辿(たど)り着いたのよ。私はそう思うわ」


 マリカは遠い目をして答える。マリカの視線は森の先のどこか遠くを見ているようだった。


「人間至上主義の現代では魔族が()み嫌われる存在。でも、今この場所では私が嫌厭(けんえん)の対象。魔族ってこんな気持ちだったのかしら」

「マリカ……」


 自分が同じような状況になって、初めて魔族の痛みに気がついたのか。特にマリカは優しいから心を痛めているかもしれない。

 レックスはマリカの横に座り、マリカの頭を()でる。


「俺がいる。だから、マリカは安心して欲しい」


 マリカを(なぐさ)めたところでレックスは我に返る。


「こ、これはスラムで子供たちを慰めるのと同じ感覚でやっていただけで、決して他意(たい)はなくて……!」


 しどろもどろになるレックスが面白かったのか、マリカが小さく笑う。


「ふふ、ありがとう」


 ガサッ。

 (なご)やかになった二人の空気の中で、どこかから音がした。セレナかと思ったが、音の方向が違う。

 マリカはまだ気がついていないようで、気配を(さぐ)るレックスを不思議そうに見つめていた。


「レックス」


 セレナが真剣な表情でレックスたちの元に駆け寄って来た。


「あっちから誰か来てる」


 どうやらセレナにも音が聞こえていたようで、レックスたちは物陰に隠れる。集落とは反対の方向のため、集落の人々以外の誰かがやって来たことになる。


随分(ずいぶん)と広い森だな」

「迷わないように気をつけなきゃね」


 やって来たのは、レックスたちと年齢が変わらなさそうな数人の男女。不安げな表情で森を見回していた。


「俺たちと同じように旅をしてるのかな」

「そうかもね。あたしたち以外に冒険してる人がいてもおかしくないもんね」


 そこでレックスは気がついた。森に足を踏み入れているということは、結界魔法を超えて来ている。少し前までの自分たちと同じ状況。

 これはまずいのでは。レックスが思考した瞬間、どこかから魔力を感じた。同時に、レックスたちの間を勢いよく風が通り抜ける。

 レックスたちの間を駆け抜けたのは――ヒスイだった。

 ヒスイは冒険者たちの前に立ち、冒険者たちを強く(にら)みつける。冒険者たちもヒスイの突然の登場に戸惑(とまど)っていた。


「今すぐ立ち去りなさい。ここはあなたたちが来るところではありません」

「俺たちは各地を冒険しているんだ。あんたにとやかく言われる筋合いはない」


 冒険者たちの態度に苛立(いらだ)ちを覚えたのか、ヒスイは手元で氷の(やり)生成(せいせい)する。


「やめろ!」


 ヒスイが投げつけようとした瞬間、レックスは土の壁を作ってヒスイの攻撃を防ぐ。

 そのままレックスは冒険者たちを庇うように前に立つ。


「この人たちはなにもしてないだろ!」

「人間はどんな理由であれ立ち入らせません。あなたたちが例外なだけです」

「それでも攻撃するのは違う!」


 レックスたちの言い合いは白熱(はくねつ)していく。マリカとセレナは物陰から見守ることしかできなかった。


「魔法を使っている……お前たち、魔族か……!?」


 冒険者たちの言葉にレックスはハッとする。冒険者たちの視線はまるで悪を目撃したかのような鋭いもの。


「待て、話を聞いてくれ――」

「魔族は倒すべきだ。いくぞ、みんな!」


 それぞれ武器を取り出し、レックスたちに冒険者たちの(やいば)が向けられる。


「レックス、恐らく対話は通じないわ」

「あの人たちを攻撃しなくても、追い払うだけなら大丈夫だよ!」


 マリカとセレナもレックスたちの元にやって来る。


「まだ仲間がいたのか……でも何人いても同じだ!」


 二人の登場に冒険者たちは(ひる)むが、表情を引き締めてレックスたちと対峙(たいじ)する。


「なので、殺さないでください。追い払うだけでお願いします」


 レックスはヒスイに忠告するように告げる。


「……打ちどころが悪くなければね」


 ヒスイは氷の剣を作り出しながら答えた。口ぶりから完全に同意したのかは怪しいが、危険な状況になれば冒険者を守るしかない。

 複雑な立ち位置になったが、レックスたちは冒険者たちを追い払うことになった。


「はあぁぁっ!」


 冒険者のリーダー格であろう男は剣を取り出し、レックスに向けて振りかざす。

 レックスはヒスイと同じように氷の剣を作り出し、男の剣戟(けんげき)を受け止める。


「頼む、ここから出ていってくれ! 俺たちは君たちと戦いたくない!」

「誰が魔族なんかの言うことを聞くかよ!」


 聞く耳を持たない男は、続けざまにレックスに剣を振り下ろす。

 レックスは防御に(てっ)して、反撃することはなかった。どうすれば立ち去ってくれるかを必死に考えていた。

 土の壁を作ってこれ以上進めないよう妨害したり、水で囲って進路を(ふさ)いだりなど、攻撃せずにやれるだけのことをやって、退散させるように(うなが)していった。


「くそっ、こっちが劣勢か……!」


 冒険者たちは魔法を前にして本来の力が出せないのか、じりじりと追い詰められていった。


(よし、この調子で……)

「仕方ない、あれを使う!」


 男は剣をしまい、(そで)(まく)る。そこには金色に輝く腕輪がついていた。

 次の瞬間、男の手のひらから水流が勢いよく射出された。レックスは身を(ひるがえ)して(かわ)す。


「魔法……!?」


 レックスは今起きた出来事が信じられなかった。魔族ではないのに、どうして魔法が使えるのか。魔力感知をしても、特に男から魔力が(あふ)れ出しているわけでもなかった。


「ちょっと怪しい商人から買ったんだよ。これがあれば魔法が使えるってな」


 驚くレックスたちに向けて、男は勝ち(ほこ)ったように笑う。


「続けていくぞ!」


 次に男は火球(かきゅう)を繰り出す。レックスは水属性ですぐに鎮火(ちんか)するが、次々と火球を放ってきた。


「すごいなこれ! ()(がね)はたいただけある!」


 火球の威力はどんどん増していき、次第に(うず)を巻くように火は燃え盛っていく。

 最初は高らかに笑っていた男の顔からも、段々と笑顔が消えていった。


「こ、これ、どうやって止めるんだ……!?」


 そのとき、火の渦は近くにあった木に燃え移った。木はあっという間に燃え、隣の木に燃え移る。


「うわああぁぁっ!!」


 予想しなかった出来事に男は(あわ)てて腕輪を放り出す。腕輪はカラン、と軽い音を立てて近くの石にぶつかり落ちる。


「みんな、ここから逃げるぞ!」


 男の声を合図に、冒険者一行は一目散に逃げ出した。

 レックスは退散してくれたことに安堵(あんど)したが、それより大事なことが巻き起こっていた。

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