第33話 「叛逆なんてことはしません」
「マリカ!」
視線を向けると、マリカが青年に取り押さえられていた。
逃げ出そうともがくマリカを離さず、青年は冷たい目でレックスたちをじっくりと見つめる。まるでレックスたちを観察しているかのような視線にレックスはぞくりとする。
「マリカを離せ!」
「なぜですか」
「マリカは俺たちの仲間だ」
「仲間? 人間がですか?」
青年は抜け出そうとするマリカを冷たく見下ろす。
マリカが人質に取られているために、レックスたちは下手に動けなかった。そんな中、ポーラは一歩前に出て冷静に青年に向き合う。
「わしらは少々訳ありな旅人じゃ。その少女も決して悪人ではない。その子を離してもらえんじゃろうか」
「どうやって悪人ではないと証明できるのですか」
「わしがこの目で確認しておる。同族であるわしを信じないというのか?」
ポーラの真っ直ぐな訴えに青年の瞳が少し揺らぐ。
「同族とはいえ、簡単に信じられません。しばらく身元はこちらで預かり――」
「ヒスイ」
青年が言い終える前に、どこからかしわがれた声が聞こえた。レックスたちの元にゆっくりと姿を現したのは、杖をついた小柄な老婆だった。
「ジャスパーさん……」
「いくつかの魔力を感知して来てみれば、一体なにをしているんだい」
ジャスパーと呼ばれた老婆は青年を呆れた様子で見やる。
「おや、ジャスパーじゃないか。久しぶりじゃの」
「もしかして……ポーラかい?」
ポーラが老婆に微笑みかけると、老婆――ジャスパーは信じられない表情でポーラを見つめる。「元気そうでなによりじゃ」とポーラはひらひらと手を振る。
「ヒスイ、これはどういうことだい」
「その、この方たちが人間を連れていたから、何事かと思いまして……」
「そういうことか。話がややこしくなりそうだから、一旦その子を離しなさい」
「ですが……」
「離しなさい」
ジャスパーに静かに諌められ、ヒスイと呼ばれた青年はしぶしぶマリカを解放する。
レックスはすぐさまマリカに駆け寄り、マリカの背中を撫でた。
「マリカ、大丈夫か?」
「えぇ。なんともないわ」
マリカの笑顔に安心したレックスは表情を切り替え、臨戦体勢でヒスイたちを見据える。
「全員からゆっくり話を聞こう。ついてきなさい」
ジャスパーは身を翻して歩き出す。ヒスイも無言でレックスたちの間を通り過ぎ、ジャスパーについていく。
「ここは大人しくジャスパーについていくのじゃ」
ポーラに優しく言われ、レックスたちは立ち上がってジャスパーについていった。
レックスたちは森を抜け、辿り着いたのは小さな集落だった。店や宿屋もない、民家だけが並ぶ小さな集落。
集落の入り口では幼い子供たちや数人の大人たちが、不安そうにレックスたちを出迎えた。
「ジャスパーさん、大丈夫ですか?」
「ヒスイさんも、なにがあったの?」
ヒスイとジャスパーの決して明るくない表情からなにかを悟ったのか、いくつも心配する声が飛んできた。
次に、レックスたちという見慣れない人物の登場に動揺が広がる。
「誰、その人たち」
「お二人の知り合いですか?」
「ねぇねぇ、あの子から唯一魔力を感じないよ」
「人間? どうして人間がここにいるの……?」
口々にレックスたちを評する言葉が飛び交い――特にマリカを不審な目で見つめていた。
怯えと非難するような視線は、レックスたちの居心地を悪くするには最適なものだった。
「周りは気にしないで良い。まずは私の家に来なさい」
ジャスパーに案内され、レックスたちはジャスパーの家に入る。近くにあった椅子を引き寄せ、ジャスパーは腰を下ろす。
「さて、聞きたいことはいくつかあるがね。まずはヒスイが突然失礼なことをしたね」
杖に体重を預けながら、ジャスパーはレックスたちに頭を下げる。ジャスパーが頭を下げたために、後ろにいたヒスイも納得いかない表情ながらも小さく頭を下げた。
「さて、早速質問に移ろうか。今、外の世界での魔族の扱いはどうなっている?」
ジャスパーの質問の意図が読めず、レックスたちは顔を見合わせる。
説明が足りなかったね、とジャスパーは笑いながら続ける。
「この集落に住んでいるのは全員が魔族でね、私たちはこの閉鎖された中で暮らしている。だから他の街や村の生活は知らないんだよ」
補足説明を聞いてレックスたちは納得した。それなら魔族の現状を聞いてもおかしくない。レックスたちは各々が知る情報をかき集め、ジャスパーに説明した。
人間至上主義が掲げられている今では、魔族の肩身はあまりにも狭い。だからポーラ、ヒスイやジャスパーたちのように隠れて過ごす方が正しいのではと思うくらいだった。
ジャスパーは反論せず、静かにレックスたちの話を聞いていた。
「そうか、ありがとう。では次だ。魔族と人間が共に旅をするのは、なにがきっかけで始まったんだい?」
マリカたちの視線が自然とレックスに集中する。まるでこの話題を説明するのはレックスが適切だと言うように。
促されるように、レックスはスフェーンでの一連の出来事を説明した。レックスは話しながら、スフェーンでの出来事がとうの昔のように思えてしまった。
「なるほど。それはなかなか大変な始まりだったね。それからそこのお嬢ちゃんとポーラと出会い、旅をしているんだね」
ジャスパーの言葉にレックスは頷く。
「あなたたちはその方が恐ろしくないのですか?」
和やかになり始めた空気を裂いたのはヒスイだった。問いかけたヒスイの視線はマリカに向いていた。
「人間はいつ魔族を殺そうとしてもおかしくない。それなのに、一緒にいるのが不思議でならないです」
ヒスイの視線はレックス、セレナ、ポーラと順に移っていく。まるで返答次第で敵とみなすかのような、鋭い視線をしていた。
「……あたしは最初、魔族と人間が一緒にいるって不思議だった。でも、レックスとマリカを見てたらそんなの考えなくてもいいのかなって。レックスがマリカを信じるなら、あたしも信じるよ」
「セレナ……」
最初に口を開いたのはセレナだった。
セレナはレックスとマリカを見て、母親のように微笑む。セレナの微笑みに、レックスとマリカは強張った空気の中で少しだけ安心できた。
続いて「わしは」とポーラが口を開く。
「本音を言えば、まだ心から信用しておらぬ。じゃから見張りの意味も込めて旅についてきた。じゃが、マリカが芯のある娘というのはよく分かっておるぞ」
「ポーラ……」
ポーラはマリカと視線を合わせてニコリと笑う。
「ヒスイ、この子らに少なからず信頼関係はあるようだよ」
「……そのようですね」
ジャスパーはふっと笑う。が、すぐに表情を切り替えてマリカに向き直る。
「最後にお前さんに質問だよ。今後、叛逆などは考えていないか?」
マリカを見る目が少し細くなる。
「叛逆なんてことはしません。心から誓います」
マリカは躊躇うことなく、すぐに答えた。マリカは真っ直ぐジャスパーを見つめ返す。
「……嘘には聞こえん。私もお前さんを信じよう」
ジャスパーの言葉に、マリカは「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
「全く、旧友に会いにきたというのに、随分とした出迎えをされてしまったのう」
「お前さんたちがややこしい面々で旅をしているせいだよ」
本当にその通りだと、レックスたちは自分たちのことながら苦笑した。
「わしはしばらくジャスパーと話しておる。お主らは好きに過ごすと良い」
ポーラが言うと、マリカはすぐに扉に手をかける。
「私、少し森に行ってもいいでしょうか」
「大丈夫ですよ。広いので迷わないようにだけ気をつけてください」
「分かりました。ありがとうございます」
軽く頭を下げてマリカは家を出ていく。
「俺も行ってきます」
「あたしも!」
マリカの後を追うように、レックスとセレナも家を出る。
レックスとセレナはマリカと一定の距離を保ちながら、こっそりと後ろを歩く。どうやらセレナの目的もマリカだったようだ。
「マリカが心配だよな」
「もちろん。一人にさせちゃ駄目だよ」
先ほどより曇り空が濃くなった空を見上げながら、レックスたちは森の中に入る。
引き続きマリカのあとを追うと、マリカは大きな木に寄りかかってしゃがみ込んだ。レックスとセレナは少し離れた木の裏で、マリカの様子を見守っていた。




