第32話 「身の安全を第一にするのじゃよ」
Side.勇者時代
「わしの古い友がいる集落があるのじゃ」
ポーラが言ったのは、ネフラの村を出てしばらく経った頃だった。
「少し歳は離れておるが、苦楽を共にした友じゃ。若い頃は二人でやんちゃしたものよ」
しみじみと語るポーラに、レックスたちは顔を見合わせる。
「……ポーラって何歳なのかな」
「少なくとも私たちよりは年上よね……」
顔を突き合わせ、ひそひそと話すマリカとセレナ。
レックスもポーラの年齢を考えていた。見た目は幼いが、口調や雰囲気からして自分たちより年上なのは違いない。
「これこれ、レディに向けて年齢の話は野暮じゃよ」
ポーラはマリカたちの話を軽く流す。
「それで、ポーラの知り合いはどこにいるんだ?」
「それがのう、ここからはかなり遠いのじゃ。ルチル地方という、馬車も通らない僻地にあるらしくてな」
ポーラは腕を組んで難しい顔をする。
「せっかくなら会いに行こうよ。旅っぽくていいよな」
「おや、レックスがそう言ってくれるなら会いに行こうかのう。マリカとセレナはどうじゃ?」
ポーラの問いかけに二人もすぐに同意し、レックスたちはポーラの旧友に会いにいくことになった。場所は過去に一度聞いたきりだったようで、ポーラの記憶を頼りに向かうことになった。
山を越えて険しい道を歩き、平地を進んで、また山を越える。途中に無人の小屋などはあったが、人とは誰一人行き交うことはなかった。
「ポーラぁ、本当にこんな奥地に住んでるの?」
「とにかく人里から離れたところに住んでおるからのう。ここからじゃ流石に魔力も辿れんし、歩き続けるしかない」
疲弊したセレナに尋ねられ、ポーラは仕方ないといった風に答える。
「とにかく、着いたらゆっくり休ませてもらおうぞ。わしらの疲れも分かっておるじゃろうからな」
再びポーラを先頭にして歩き出す。
そしてしばらく歩いた頃。
「大きな森ね……」
レックスたちの前に現れたのは巨大な森。巨大な木々が生い茂り、森に足を踏み入れていないのに飲み込まれているような錯覚を覚える森だった。
「ここは越えるしかなさそうだな」
森に足を踏み入れようとするレックスだが、ポーラが服の裾を掴んでレックスを止める。
「どうした?」
「レックス、なにか気がつかんか?」
「なんのことだ?」
「ふむ……まだ難しいか」
神妙に呟くポーラに、なんのことかとレックスとマリカは首を傾げる。
「セレナ、精霊様なら分かるじゃろう?」
「もちろん分かるよ。森の入り口に結界魔法が張られてるね」
セレナの言葉に目を見開くレックスとマリカ。セレナはいつになく真剣な表情で森の奥を見つめていた。
「結界魔法?」
「ここはなにか特別な森なの?」
レックスとマリカの問いに、ポーラは静かに首を振る。
「分からん。じゃが、わざわざ結界を張っているなら、なにか理由があるはずじゃ」
「どちらにせよ、森は越えなきゃいけないよな」
「そうじゃな。さて、ここでわしから一つ忠告じゃ」
息を吐いてポーラはレックスたちを一瞥する。
「分かっていて結界を越えるということは、自ら誘き出されるのと同義じゃ。身の安全を第一にするのじゃよ」
ポーラの鋭い瞳にレックスたちは息を呑む。それでも、旧友に会うためだ。
覚悟を決めたレックスたちは森の中へと足を踏み入れた。
森の中は根がむき出しになった青々とした木々が茂り、苔むした岩が点在していた。曇り空のせいで木漏れ日は射し込んでおらず、仄暗くおどろおどろしい空気が感じられた。
「なかなか雰囲気のある場所じゃのう」
ポーラは臆する様子を見せず森の奥へ歩みを進めていく。
「明るいときに来たらまた違うんだろうな」
「森の空気美味しーい」
レックスとセレナもポーラに続く。マリカはレックスの後ろをぴったりとついて歩いていた。
「大丈夫だって。森の中なんだから幽霊は出ないよ」
「そうかしら……だって雰囲気が暗いじゃない」
「空が曇ってるからそう思うだけだよ」
それでも落ち着かない様子のマリカにレックスたちは苦笑する。
「マリカは可愛いところがあるよね――」
マリカを揶揄おうとセレナが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そのとき。
「みんな、危ない!」
「全員伏せるのじゃ!」
セレナとポーラが同時に叫んだ。
次の瞬間、レックスの背後に恐ろしい殺気のようなものを感じた。一気に体から汗が吹き出し、レックスは急いで振り返る。
振り返った瞬間、突風が起きてレックスの服を裂いた。
(なんだ、この風……!?)
鎌鼬のような風がレックスたちを襲う。
休む暇もなく、次は氷柱が槍のように頭上から降り注ぐ。レックスの動き出しより早く、ポーラがレックスたちを守るように炎の壁を作って身を守った。勢いよく燃え盛る炎は氷柱を全て溶かし尽くした。
「そこじゃな」
ポーラは降霊魔法と召喚魔法を行使し、可愛らしい人形を数体呼び出す。人形たちはぴょんぴょんと飛んでいって、一際大きな木へと向かう。
そのとき、木の裏から人影が飛び出し、レックスたちの元に現れた。立っていたのは一人の青年。眉目秀麗と形容するのが正しい青年はレックスたちの動きを窺っていた。
「彼奴は魔族じゃ」
「魔族……!?」
レックスが魔力感知で確認すると、青年の体を覆うように魔力が溢れ出していた。ポーラの言う通り、目の前の青年は間違いなく魔族だと。
「人間……」
青年は強く足を踏み込み、レックスたちの元に駆け出した。レックスたちが身構えるが、青年は土の壁を作ってレックスたちの行く手を阻む。
土の壁がなくなり、無傷だったレックスは今の状況を確認する。
「マリカ!」
視線を向けると、マリカが青年に取り押さえられていた。




