第31話 「それくらい素敵な森だからね」
「今日はこの辺りを整備するよ」
到着したのは森の一角。
ヒスイ曰く、「森は広いから区画を分けて整備をしている」とのことだった。
「まずは火属性の魔法で枯れてきた草や枝を燃やす。周りが燃えないように気をつけてね」
ヒスイは指先に火を灯し、足元のくたびれて茶色く変色している草に触れる。着火した草は燃え、あっという間に灰となって消え去っていった。
あまりにも繊細で精密な作業に、レックスは思わず声を漏らす。一歩間違えれば火事を引き起こす可能性がある。なのに、ヒスイはあまりにも簡単にやってのけた。
自分がそんな緻密なことをできるか不安になったが、レックスは気持ちを切り替えて意気込む。今までなんのために魔法を特訓してきたのか。まさにこういうときのためではないか。
レックスは周りを見回すと、近くに生えていた木の先が枯れていることに気がつく。
ヒスイと同様に指先に火をつけ、枯れ枝に手を翳した。
(大丈夫、落ち着いて、ゆっくりと……)
息を呑み、慎重に枝に火をつける。
火がついた枝はゆっくりと燃え、燃えかすがぽとりと地面に落ちた。
「うん、上手だよ」
ヒスイが優しい笑顔で小さく拍手をする。
事故にはならなかったと、安心したレックスの頬を汗が流れた。
「燃えた草は地属性で地面を耕して埋めて、肥料にするんだよ」
ヒスイが地面に手を向けると、地面がぼこぼこと盛り上がって土が耕されていく。固くなっていた土は柔らかくなり、燃えた草木も土の中に埋もれていった。
「でこぼこした地形があれば整地させる。草木の成長を助けられるよ」
ヒスイは近くの凹凸がある地面を同じ要領で耕し、地面はなだらかになっていく。
感動しているレックスを連れ、ヒスイは「次に行こうか」と歩き出す。
少し歩くと、巨大な植物がレックスたちの目の前に現れた。近くの木々に絡みつき、巨大な根城が完成していた。
「これは一度成長を止めようか。氷属性でこの植物を凍らせられるかな」
ヒスイは唸ったあと、レックスに笑顔を向ける。レックスは思いつかなかったのか、「え」と声が出る。
「凍らせるんですか?」
「一時的に成長を止めて、他の植物に栄養が行き渡るようにするんだ」
「なるほど……」
成長を止めるというのは意外だった。てっきり成長しすぎたものは刈ると思っていたから。
レックスは植物に触れ、意識を集中させる。
他の植物を凍らせないように、今触れている植物だけを凍らせる。だが、破壊させてはいけない。一時的に成長を封じるだけ。
レックスが強く意識を集中させると、手の先からパキパキと植物が凍っていく。氷は植物の先まで届き、植物は一時的に成長の芽が閉じた。
「すごいね。レックスくんの魔法の精度は素晴らしいよ」
「ありがとうございます。ポーラの指導のおかげです」
「魔法は感覚的なところもあるからね。使いこなせているだけで十分だよ」
ヒスイに言われたら悪い気はしない。素直に褒められてレックスは少し照れくさくなった。
「凍らせたから、代わりにこっちの成長を促そうか」
ヒスイは足元に生えている小さな植物に指先を向ける。ヒスイの指先からピリ、と電流が流れて植物に当たった。
「弱い電流を流して成長を促進させるんだよ」
雷属性の魔法はそういった使い方もあるのか。
過去には戦うためや身を守るために魔法を使ってばかりだったから、人以外に魔法を向けるのがレックスにとっては新しい発見だった。
二人はその後も順調に森の整備を進めていった。「二人だから早く終わりそうだよ」とヒスイは何度も笑っていた。
「最後に水をやろう。霧状にした水属性の魔法を満遍なくかけて、風属性で飛ばしていくんだ」
レックスとヒスイは宙に手を翳し、霧状にした水属性の魔法を周囲に散布していく。風が吹いて植物や木々は湿り、水滴が反射して鮮やかに彩られた。
「今日はありがとう。本当に助かったよ」
「ヒスイさんはいつも一人で整備をしているんですか?」
「たまに協力してもらうけど、普段は一人だよ。いつか子供たちが魔法を使えるようになったら、将来は僕と同じように森の管理をしてもらおうかなと考えているよ」
集落への道を歩きながらヒスイは語る。レックスは魔法を使う手を緩めないままヒスイの話を聞いていた。
「僕は王宮に行くかもしれないから、近いうちにみんなに任せることになっちゃうけどね」
眉を下げて笑うヒスイは、小さく息を吐いて足元を見る。
「人間と共存することになったとしても、この森はみんなで守っていきたい。それくらい素敵な森だからね」
ヒスイは慈愛のこもった瞳で森を見上げる。レックスもヒスイに倣って上を見る。
新緑が力強く生きているこの森は、神秘的と表すのが一番正しいかもしれない。そんな森を守りたいと思うのは自然なことだろう。
集落に戻ると、セレナとポーラが子供たちに魔法を教えていた。
「そうそう、そこでグッて力を入れてバーン!」
セレナは効果音を交えて子供に魔法を教えていたが、子供たちはあまりしっくり来ていないようだった。
「お主、それで子供が分かると思うか。いくら感覚が必要とはいえ、感覚だけで魔法は覚えられぬ」
ポーラの言うことに苦笑しながら同意するレックス。ポーラは論理的に教えてくれたから、セレナと魔法に対する感性は真逆なのだろう。
「あ、ヒスイさんと勇者様が戻ってきた!」
セレナたちの指導をすり抜け、子供たちがレックスたちに駆け寄ってくる。
ヒスイは寄ってきた子供たちの頭を撫で、優しい笑みを見せる。
「みんな、魔法の訓練はどうだい」
「精霊様より魔族のお姉ちゃんの方が教え方は上手いよ!」
子供たちの無邪気で悪意のない言葉に、セレナががっくりと肩を落とす。「あたしだって頑張ったのに……」と地面にくるくると円を描くセレナをポーラが慰めていた。
「そろそろ日も暮れるし、今日はここに泊まっていくといいよ。この辺りの夜は危険だからね」
なら厚意に存分に甘えよう。レックスたちはヒスイに感謝し、一泊することにした。
レックスたちはヒスイたちにもてなされて夕食をとり、それぞれ用意されたベッドで寝ることにした。
(ここからだとよく星空が見えるな……)
天気が良かったため、窓から見える光は一層輝いて見えた。
外の景色を眺めているうちに、レックスの瞼はゆっくりと閉じていった。




