第30話 「だから、私たちも前に進むべきなんだよ」
「それで、僕たちの村に来た理由はなんだい?」
笑顔を保ったまま、ヒスイの鋭い目がレックスたちに向く。
「わざわざこんなところまで来るなんて、なにか理由があるはずだよね」
「……はい」
レックスは息を吐いて自分を落ち着かせ、ヒスイをしっかりと見据える。
「この村のみんなが、人間と共存できないかと考えています」
レックスの言葉に、笑顔を保っていたヒスイの表情が固まる。その反応が来ると分かっていたレックスは、表情を引き締めて続ける。
「俺たちが世界を救って、少しずつ世界は変わり始めています。俺とマリカが住むスフェーンでも、人間至上主義を変えていきたいと王様が自ら言ってくれました。もちろん、簡単にいかないことだとは分かっています。でも、前を向いて変わっていくことはできないでしょうか」
レックスの表情はいつになく真剣だった。それはレックスも魔族であり、魔族の人々の気持ちに寄り添えるからか。
ヒスイは難しい顔をしてレックスたちを見やる。
「それは僕も考えている。君たちが世界を救ったことで少なからず人々の考えを変えた。だが、人間側には人間こそ最上位であるという思考が根づいている。それを覆すのは簡単なことじゃないよ」
ヒスイの言うことはもっともだった。人間至上主義は個人の意識の問題もあり、すぐになくなるものではない。レックスのスフェーンでの扱いは勇者だが、場所が変われば現状ではただの魔族として扱われてしまう。
「レックスくんはどれくらいの期間をかけて、人間と共存しようと思っているんだい?」
「いくらでもかけます。魔族の全員が胸を張って生きられるようになるまで、俺の手で変えていきます」
レックスの瞳には確固たる意思が宿っていた。
今はどれだけ夢物語でもいい。一人ずつ話をして、全員で共存への道を歩き出すのだ。
ヒスイは苦い顔をしたまま考え込む。村のリーダーとして選択を迫られているせいか。
沈黙が続く中で、セレナが優しい声でヒスイを呼ぶ。
「あたしが住んでるベリルっていう海の国も鎖国的なんだ。でも、レックスたちが復興大臣として来て話し合いに参加してくれて、少しだけ前を向けたんだ。だから、ヒスイたちも前を向くときだよ」
「セレナの言う通りじゃな。それに、人間は意外と悪くないぞ。多少都合のいい部分はあるがの」
説得力のあるセレナの言葉と、同じ魔族であるポーラの意見にヒスイは口ごもる。
それでも簡単に結論は出ないようで、沈黙が部屋の中を支配した。
「話は聞かせてもらったぞ」
すると、部屋の入り口から声がした。
レックスたちが見ると、笑顔を蓄えた小柄な老婆が立っていた。老婆に気がついたポーラは小さく手を上げる。
「おや、ジャスパー。元気だったかいのう。まだ生きていてなによりじゃ」
「年寄り扱いするでない、まだ現役よ」
ジャスパーと呼ばれた老婆は部屋の中に入り、椅子にどかっと腰掛ける。
「私に挨拶もせんで、なにやら面白そうなことを話しているじゃないか」
レックスたちを見ながジャスパーはニヤリと笑う。
ぺこぺこと頭を下げるレックスたちを宥めながら、ジャスパーは次にヒスイを見る。
「ヒスイ。いくら村のリーダーだからと言って、全てを背負う必要はない。私たちがいるじゃないか」
「すみません……」
「真面目なところはいつだって変わらないねぇ」
高らかに笑うジャスパー。
「さて、あんたたちが話していた内容だが、私は賛成するぞ」
ジャスパーからの発言に、レックスたちだけでなくヒスイも驚いた。
「ポーラやお嬢ちゃんの意見も参考になった。私たちも逃げているだけじゃない。人間と歩み寄る日がやってきたんだよ」
「ですが、そう簡単には……」
「年寄りより頭が硬くてどうする。簡単にいかないことは私だって分かっている。それでも、進まなければなにも始まらないよ」
ジャスパーは諭すようにヒスイに言葉を投げかける。ヒスイはまだどこか納得いかない表情でジャスパーの話を聞いていた。
「あの、聞いてもいいですか?」
「いいよ。なんでも聞きなさい」
「その、ジャスパーさんはどうして俺に賛成してくれるんですか?」
「魔族が今こそ変わるときだからだよ」
ジャスパーはレックスに負けない真っ直ぐな目で見つめ返す。
「魔族と人間の争いは忘れてはならない。人間の魔族への扱いも含めてね。ただ、争いをいつまでも引き摺っていたら時代に取り残される。時間はいつでも止まらずに動いているからね。……色々言ったが、お前さんたちが世界を救ったのが全てだよ」
ジャスパーはレックスたちに、にこやかに微笑みかける。
「世界が救われたことで世界は一つになった。だから、私たちも前に進むべきなんだよ」
「ジャスパー、随分といいことを言うのう」
「お前さんも魔族なんだから。呑気にしている場合じゃないからね」
ポーラののんびりとした言い方にジャスパーは呆れる。一つ咳払いをして、ジャスパーはヒスイの方を見る。
「とまぁ、ここまで老人の綺麗事だよ。あとはヒスイが決めなさい」
「こ、ここで僕ですか?」
「リーダーなんだから、決めるところは決めるんだよ」
ジャスパーに背中を叩かれ、ヒスイは「えぇ」と戸惑いの表情に変わる。
ヒスイは困ったような表情でしばらく悩んだあと、レックスたちに向き直った。
「一度に全員が共存というのは難しいかもしれない。でも、ジャスパーさんやみんなが言うように、立ち止まっていたらなにも生まれない。だからまずはやってみることにしよう」
ヒスイの結論にレックスたちは安心したように頷いた。一応落ち着くところに落ち着いたと。
「ならば、お主が一番に人間と暮らしてみたら良い」
「え?」
突然意見をしたのはポーラだった。ポーラの提案にヒスイだけでなくレックスたちも驚いてポーラを見る。
「わしは隠居しておったから、ヒスイたちと同様に人間とはさほど関わっておらぬ。じゃが、旅をしたことで多少視野は広がったぞ。それに、わしと一緒に暮らしておった魔族曰く、『人間は割といい奴』らしいからのう」
ポーラは優しい口調でヒスイに語りかける。
レックスの頭にはトールの姿が思い浮かんだ。トールの視点から人間はいい種族だと思ってくれているのだと、レックスは一人微笑ましい気持ちになった。
「人間と一緒に暮らすと言っても、小さな集落に籠っていた魔族をいきなり放り出すのは可哀想じゃからな。誰か、働き口に伝手のある者はおらんかえ?」
ポーラの視線がレックスたちに向く。
いきなり言われても働き口は思いつかないと、レックスたちは頭を悩ませる。しかもヒスイはこの集落と森以外の世界を知らない。下手なところに連れていってヒスイの負担になるようなことは避けたい。
「……私の提案だけど、王宮専属の魔法使いというのはどうかしら」
静かに、マリカが提案する。
「私も幼い頃は魔法の使い方を指導されていたわ。だけど、教えてくれたのは王宮に仕える人間。しかもその人の魔法も人づてに習ってきたものだから完璧ではないわ」
「なるほど。そこに魔法を使える魔族が入れば、体制も変わりそうじゃな」
マリカは笑顔で頷く。
魔法を教える立場になるという発想は思いつかなかった。ヒスイは上級魔法を使えるし、王宮で重宝されるに違いない。
「ベリルは魔法を使う文化がないし、マリカの案がいいと思う!」
「ポーラたちの推薦とヒスイの実力があれば、専属でも申し分ないだろうね」
セレナとジャスパーが続く。
自分を置いてどんどん話が進んでいくために、ヒスイは話を聞きながら戸惑っていた。
「願ってもない提案ですが、森の管理は……」
「今さらそんなことを気にしてどうする。森の管理くらい私たちでもできるわい。子供たちの成長の場にもなる」
ジャスパーに見つめられ、ヒスイは決意のこもった表情で頷いた。
「……分かりました。皆さんの案に乗ろうと思います」
ヒスイの言葉に、部屋の空気が少し落ち着いた気がした。「それでは、」とマリカが立ち上がる。
「早速お父様に連絡するわ。ジャスパーさん、書き物をさせてくれないでしょうか」
「いいよ。そうしたら私の家においで」
マリカとジャスパーがヒスイの家を出ていく。マリカたちと入れ替わるように、何人かの子供たちがヒスイの家を覗き込んだ。
「ヒスイさん、今日も魔法を教えて!」
「私、今日は水属性の魔法を教えて欲しいな!」
子供たちはまるで宝石のように目を輝かせていた。
すると、セレナが軽い足取りで子供たちの前に立った。
「水属性の魔法ならあたしに任せて!」
自信満々に胸を張り、セレナは満面の笑みを見せる。ヒスイではない人物の登場に、子供たちはきょとんとする。
「お姉ちゃん、だぁれ?」
「あたしは偉大な海の精霊、セレナだよ!」
セレナの誇らしげな自己紹介に子供たちは顔を見合わせる。段々と表情が明るくなっていき、子供たちの中で小さな歓声が上がる。
「精霊だって!」
「精霊って本当にいるんだね!」
セレナを取り囲んで盛り上がる子供たち。セレナもまさか精霊として持て囃されるとは思わず、気恥ずかしそうに頭をかいていた。
「わしも見てやろう。魔法を教えることなら慣れておる」
セレナと子供たちの後ろからポーラもついていき、部屋を出ていく。
自然とレックスとヒスイの二人だけになり、落ち着いた空気に顔を見合わせて苦笑する。
「やっぱりレックスくんたちは賑やかだね」
「そうですね。マリカ、セレナ、ポーラと増えてきて旅がどんどん楽しくなっています」
「あのときも楽しそうだったけど、成長した今も楽しそうだね」
ヒスイは徐に立ち上がる。
「そういえば森の手入れが途中だったね。良ければ、レックスくんも手伝ってくれないかな」
ヒスイからの思わぬ誘いに、レックスはその場で固まる。
「俺でいいんですか?」
「レックスくんに手入れをしてもらえたら森も喜ぶよ。やり方は教えるから安心して」
ヒスイに流されるように、レックスは部屋を出てヒスイについていった。




