第3話 「だから安心して行っておいで」
「そう言ってくれて安心した。我々も出来うる限りお前を支えよう」
アーデントに宣言したところで、レックスは閃く。
(今ならこの意見も通るかもしれない)
アーデントを見上げたまま、レックスは話を続ける。
「一つ提案があります」
「なんでも言いたまえ」
「俺がこれまで旅をしてきた道を辿るのはどうでしょうか。そこで各地の情勢を自分の目で見に行きたいと思います。旅をした仲間に現状を聞くこともできます」
レックスは自分の閃きを褒めたかった。
城の中に縛られるのは自分の性格ではないし、間違いなく落ち着かない日々が続く。
それならば外の世界に出てしまえばいい。スフェーンを飛び出して別の都市の視察に行くのも、復興大臣の仕事の一つになるはず。
他の都市に行けば一緒に世界を救った仲間に再び会える。レックスにはそちらの理由の方が強かったが。
レックスの意見に賛同したのか、アーデントは静かに頷く。
「他の都市の視察も復興大臣として必要なことだ。その仕事、お前に任せよう」
「ありがとうございます」
レックスは深く頭を下げる。喜びから口角が上がったが、下を向いていたことで知られることはなかった。
すると、マリカが手を挙げる。
「お父様。私もレックスと共に視察をしてもいいでしょうか」
「マリカもか?」
「レックスは一人で慣れない復興大臣の仕事をするのは不安かもしれません。私がいればレックスも安心できると思います。それに、きちんと仕事しているか見張りもできます」
アーデントに向けて、マリカは堂々と語る。
マリカがいてくれたら安心できる旅になるのは違いない。レックスは了承してくれることを願いながらごくりと息を呑む。
暫し考えた様子のアーデントは、ふぅと息を吐く。
「よろしい。マリカも視察に行くことを認めよう」
アーデントの言葉に、レックスとマリカは顔を見合わせて喜ぶ。「ただし」とアーデントは二人を制止するように口を開く。
「各地での視察を終えた際は、報告書の作成を義務とする。確実に、きちんと記録を残せ」
「もちろんです。お任せください」
マリカはニコリと笑う。レックスは今以上にマリカを頼もしいと思ったことはなかった。
「では、準備を整えて明日から早速視察に向かいます」
「承知した。良い報告が聞けるのを楽しみにしている」
最後に深く頭を下げて、レックスは部屋を出て行った。
部屋を出ると、レックスは途端に肩の力が抜けた。大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。無事に話が終わったという安心感が一気に押し寄せていた。
同時に、重大な役割を任されてしまったという重圧と緊張感も生まれていた。マリカが一緒にいるとはいえ、本当に自分が復興大臣を全うできるのか。
しかし、アーデントに宣言してしまった以上はやるしかない。もう一度息を吐き、頬を叩いてやる気を注入する。
(そうなれば、早く帰って準備しなきゃな)
兵士に案内されて城の入り口へ向かっていると、レックスを呼び止める声が聞こえた。
「マリカ?」
レックスを呼び止めたのはマリカだった。振り返ったレックスは足を止める。
マリカは走ってきていたせいで、レックスの元に辿り着くと肩で息をして呼吸を整えていた。
「レックス、お父様に流されてないわよね?」
マリカの口から出たのは、レックスを心配する声色。
わざわざ確認しに来てくれたのか。心配してくれたことに感謝したが、もうレックスの中で覚悟は決まっていた。
「あぁ。俺の意思で復興大臣になることは決めたよ。だから安心して欲しい」
レックスの自信に満ちた返答に、マリカはほっと息を吐く。
「俺しかできないことだ。だから俺は全力で復興大臣をやるつもりだよ」
「そう言ってくれて良かったわ。お父様も裏ではレックスが復興大臣をやってくれるかとか、負担にならないかとか心配していたの」
父であるアーデントから色々と話を聞いていたのだろう。表向きは王としての威厳を保たなければならないから、一市民だけに優しさを投げかけるわけにはいかない。
だが、こうしてマリカを経由して本音を聞けただけでレックスは嬉しかった。
「それじゃあ、俺は準備のために帰るよ。明日の朝、城の前に行けばいいかな?」
「いいえ、私が宿屋まで行くわよ。女将さんの朝ご飯を食べてから出発したいわ」
素晴らしい提案だとレックスは頷く。宿屋に戻ったら朝食を食べたいという話をしなければ。
「また明日ね」
「あぁ、またな」
そうして、レックスは城を後にした。
城を出る頃には、少しずつ日が傾き始めていた。
「レックス、おかえり」
宿屋に着く頃には街灯が灯され、辺りも薄暗くなっていた。
宿屋の扉を開けると、忙しなく働いている女将がレックスを迎えた。
「お、レックスじゃないか」
「どこ行ってたんだ?」
レックスに声をかけたのは馴染みの宿泊客たち。既に宴会が開かれ、賑やかな空間が出来上がっていた。
「ちょっと大事な用があったんです」
宿泊客と軽い雑談をして、厨房に戻る女将を呼び止めた。
「どうしたんだい?」
「仕事が落ち着いたら話があります」
「もちろん、なんでも聞くさ」
レックスの表情からなにかを悟った女将は、優しい笑顔でレックスに応えた。
「ほら、料理が出来たから運んでおくれ」
「分かりました」
レックスは宿屋の従業員に戻り、盛り上がっている宿泊客たちに料理の提供を始めた。
すっかり日が落ち、星が瞬いた頃。
宿屋の盛り上がりは嘘のように静まり返り、宿泊客は誰もが夢の中へ旅立っていた。
レックスの仕事もひと段落し、先ほどまで宴会が開かれていた机の一つに腰掛ける。
「それで、話ってなんだい」
皿洗いを終えた女将が、手を拭きながらやって来る。
女将と改まって話すのが初めてで、レックスは途端に緊張してきた。なんと話を切り出そうかと頭を働かせる。
「えっと……マリカが明日、女将さんの朝食を食べたいって言ってました。なので、俺とマリカの分を用意してもらえませんか?」
「当たり前さ。腕によりをかけて作るよ」
女将は任せろと言わんばかりに笑顔を見せる。
笑顔にいくらか緊張が解れたレックスは、深呼吸をして女将に向き合う。
「実は今日、城に行って王様と話をしてきました。そこで、俺がスフェーンの復興大臣に選ばれました」
「……そうかい。それで?」
女将は一瞬驚いた表情になったが、すぐに穏やかな笑みに戻る。
「各地の視察に行くことになりました。だから、その……宿屋の仕事がしばらくできなくなります」
本来なら、復興大臣に任命された時点で宿屋の仕事を辞めるべきだろうが、レックスはどうしても辞めると言えなかった。女将に雇ってもらったという恩をまだ返せていないから。
「でも、戻ってきたらまた宿屋の仕事はやりたいと思っています。なので……それまで待っていてくれませんか?」
立ち上がり、レックスは頭を下げる。せめてもの誠意が女将に伝わればと思って。
「……レックス」
「はい」
顔を上げると、女将の笑顔はなによりも優しかった。
「私はいつまでも待ってるよ」
女将の言葉に、レックスは目を開く。
「最初はスラムのクソガキだと思っていたのに、一丁前に成長しちゃって」
「女将さん……」
「働いてるマリカを連れ出したと思ったら、世界を救って戻ってきて。それでマリカがあんたを紹介したときは驚いたよ」
女将は昔を懐かしむように話を続ける。
「すぐに辞めるかと思ったら真面目に働くもんだから、私も段々と嬉しくなっちゃったよ」
照れを誤魔化すように鼻をかき、女将はレックスを見つめる。レックスを見つめる目はまるで母親のようだった。
「あんたの居場所はちゃんとここにある。だから安心して行っておいで」
レックスは鼻の奥がつんとした。居場所がある。そう言われただけでレックスの気持ちを満たすのは十分すぎるものだった。
これ以上は堪えきれないと、レックスは笑顔を見せてなんとか乗り越える。
「それでは、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
階段を登り、空き部屋の一つに入る。宿泊客でいっぱいのときは屋根裏などで寝ているが、今日は幸運なことに部屋でゆっくり休める日だった。
レックスはベッドに横になる。窓から見える月は暗い部屋を静かに照らしていた。
なんの音もない空間は、レックスが物思いに耽るのに適した環境だった。
(またみんなに会えるのか……)
久しぶりに再会できる機会ができた喜びを噛み締めるものの、実感はそこまでなかった。復興大臣になったのもいきなり非日常に飛ばされた感覚で、まだどこかふわふわしていた。
(視察か。本当に俺にできるかな……)
不安を消すように寝返りを打ち、毛布を頭まで被る。
そして昔を思い返しながら、レックスは眠りについた。




