第2話 「お前にはスフェーンの復興大臣になってもらいたい」
宿屋の木造建築とは違う、立派な石造りの建築。権威を象徴する金色の屋根と、屋根から生える風にたなびく旗。ここが王城であると一目で分かる外観だった。
(こうして見ると、やっぱり大きいよな……)
スラムにいた頃は、こんなところで本当に人が暮らしているのかと疑っていた。それくらいレックスにとっては現実離れした場所だったから。
「戻りました」
城門の前には槍を持った衛兵がいたが、マリカがいると分かるとすぐに横に割れた。
ギィ、と鉄製の巨大な城門が開かれ、マリカは悠然と門を潜り抜ける。レックスもマリカに続き、城の中へと足を踏み入れた。
整えられた中庭を通り抜ける。普通に生活をしていたら一生見ないような花々に、レックスはキョロキョロと不安げに庭園を見回す。
「緊張してる?」
レックスの様子を見ていたのか、マリカは可笑しそうに笑う。
「そりゃあ、一度入っただけだからな。あのときもマリカがいてくれたから少しは安心できたけど、一人じゃ絶対無理だな」
「私が一緒にいるから安心してちょうだい」
片瞼を優しく閉じて、マリカはレックスに微笑みかける。
今のレックスにはマリカが誰よりも頼もしく見えた。
城内に入り、長い廊下を通り過ぎる。大理石の柱や壁に掛けられた絵画などに逐一目を奪われ――時折置いていかれそうになりながら、レックスはマリカについていった。
「ようやく到着」
マリカは部屋の前で足を止める。
背丈をゆうに超える巨大な扉には凝った金の装飾がなされ、いかにもといった雰囲気が醸し出されていた。
呆然と扉を見上げるレックスに無言で微笑みかけ、マリカは扉を開ける。
「マリカ・ユーディア。ただいま戻りました」
扉が開かれると、レックスたちが小さく思えるくらい高い天井。窓から射し込む光は神聖さが感じられ、煌びやかな装飾は豪奢な雰囲気を引き立てていた。
敷かれた赤い絨毯は壮大な道を示し、絨毯の先の奥には玉座。そこにスフェーンの王――アーデント・ユーディアがどっしりと腰掛けていた。アーデントの左右には兵士が立ち、アーデントを守るように鋭い瞳を走らせる。
「連れてきたかね」
「はい。こちらです」
マリカに紹介され、レックスの体が強張る。
アーデントを前にするのは二度目のため、レックスは緊張から喉が鳴る。下手なことをすれば、すぐに首が飛んでしまうのだから。
「肩の力を抜け。今日はお前にいい話を持ってきた」
「いい話、ですか」
レックスがおそるおそる口にすると、アーデントはゆっくりと頷く。
「レックス・ダイヤモンド。お前にはスフェーンの復興大臣になってもらいたい」
「……復興、大臣?」
はて、復興大臣とは。
言葉の意味を飲み込めないレックスに、アーデントは続ける。
「先日の世界の危機で各地が荒れたのはお前も十分知っているだろう。それはスフェーンも例外ではない。以前のような貿易は行えているが、完全な復興にはまだまだ時間がかかる。そこで、お前を復興大臣に任命しようと思う」
アーデントの悠々とした語りに、レックスはぽかんとしながら話を聞いていた。アーデントの話は半分ほどしか頭に残らなかったが。
そこまで話を聞いて、レックスの頭に疑問が浮かぶ。
「あの、俺が復興大臣に選ばれた理由はなんですか……?」
「もちろん、お前こそが世界を救った勇者だからだ」
慎重に尋ねたレックスに、アーデントは当然と言った風に言ってのける。
「勇者自ら復興を行うことで人々の士気が上がり、将来への希望が持てるというものだ」
蓄えた口髭を撫でながらアーデントは自信たっぷりに言う。
自分を置いて話が進んでいきそうなところを、レックスは「ですが」と制止する。
「俺、政治のこととか全然分からないです……」
「それに関しては問題ない。お前にやってもらうのは象徴的な復興大臣だ」
「象徴、ですか」
深く頷き、アーデントは口を開く。
「政治を知らぬ者が政治を行うことほど恐ろしいものはない。ならばお前にできることはなにか。存在を示し、平和と希望の象徴となることだ。言うなれば旗印だ」
レックスの頭を不安がよぎる。平和と希望の象徴に自分がなれるのか。世界を救ったとはいえ、人々に希望を与えることはできるのか。
「政治面を支える復興大臣はこちらで立てる。そこは安心したまえ」
自分の知らない政治を任されることはないとひとまず安心した。
だが、レックスは復興大臣の任命以外に懸念していることがあった。
(これでは田舎暮らしが遠のく気がする……!)
そう、田舎暮らしだ。
つい先刻思い立った内容は、レックスの労働のやる気を満たすには十分だった。田舎暮らしを夢見て資金を貯め、ゆくゆくは隠居しようと閃いたばかりのはず。
なのに、田舎暮らしどころか普通の生活を送ることが厳しい選択を迫られている。
「当然のことながら、報酬は弾むぞ」
レックスが返答を渋っているのはアーデントにも伝わったようで、アーデントはわざとらしく声を上げる。
「マリカから、お前は城下町の宿屋で働いていると聞いている。今の宿屋の給料よりいい額を渡そう」
レックスの眉がピクリと動いたのをアーデントは見逃さず、続けざまに言葉を並べる。
「……質問してもいいでしょうか」
「なんだ、言ってみろ」
「世界を救ったなら、セレナやポーラ、サファエルだっています。俺じゃなきゃ駄目なんですか?」
レックスの疑問に、アーデントは「ふむ」と顎を撫でた。
レックスがアーデントの横にいるマリカをちらりと見ると、マリカと目が合う。マリカは神妙な面持ちで小さく頷いた。
そのまま返答を待っていると、アーデントは玉座に深く座り直す。
「私がお前を復興大臣に選んだ理由として、お前が魔族の王たる人物だからだ」
アーデントの言葉に、レックスは唇を噛んだ。自然と拳を握る力が強くなる。
「魔族のダイヤモンド家は失われた王族だ。その血を引くお前が復興大臣になることが、なによりも重要なのだ」
「そう、ですか」
「人間である我々がこれまでしてきたことは許されないと思っている。これも過去に積み上げた人間至上主義がもたらした結果だ。だが、私はこの手で人間至上主義を変えていきたい。だからこそ魔族であるお前を復興大臣に選んだのだ」
アーデントからそんな言葉が出てくるとは思わず、レックスは静かに目を瞠る。人間至上主義である王がそんな考えを持つなんて。
一度言葉を切り、アーデントはレックスを真っ直ぐ見据える。
「私からのお願いだ。お前には人間と魔族の架け橋となって欲しい」
これが復興大臣に選んだ本当の理由か。レックスはすぐに納得した。
世界を救っただけなら自分以外にもいる。なのに、選ばれたということは相応の理由があったはずだと。
(それなら、俺の答えは決まってる)
レックスは小さく笑い、アーデントを見上げる。
「分かりました。レックス・ダイヤモンドとして、スフェーンの復興大臣になります」
レックスの決意のこもった言葉に、アーデントは満足げに頷いた。




