第28話 「レックスの誘い、喜んで受けよう」
Side.復興大臣時代
(……眠れない)
月明かりが射し込む部屋で、レックスは眠れずにいた。
何度か寝返りを打ち、目も無理矢理閉じてみる。しかし眠気が訪れない状態では、ただ目を閉じただけに過ぎなかった。
(特になにもしてないよな……もしかして、手合わせのときの興奮が残ってるのか……?)
今いる部屋の環境も悪くなく、むしろ快適である。可能性を上げるなら昼間の手合わせしかなかった。自分もまだまだ子供だなと、レックスは自嘲気味に笑った。
眠れないなら屋敷を散策して眠気を誘おう。レックスはベッドから降りて部屋を出た。
月明かりに照らされた屋敷の廊下は幻想的で、レックスはゆっくりと廊下を歩く。
(思い返せば、結局幽霊屋敷はただの噂だったな)
恐らく、村民が夜中に窓に立つポーラやトールを見ただけだろう。幽霊なんてこの世に存在しないのだから、やはり噂は噂だとレックスは確信した。
「レックス」
すると、突然かけられた声にレックスはびくりとする。振り返ると、そこには寝巻き姿のポーラが立っていた。
「ポーラか。驚かせるなよ」
「呑気に歩いておったから、驚かせようと思ってのう」
不敵に笑うポーラにレックスは呆れた。ポーラは意外とこういうところがある。
「それで、どうした。寝られないのか?」
「あぁ。多分、昼の手合わせの元気が残ってるのかなと思ってさ」
「若いのう。体力があっていいことじゃ」
レックスの言葉にポーラはニコニコと笑う。
ポーラの笑顔を見ながら、レックスはふとあることが頭に浮かんだ。今ならゆっくり話せるのでは。
「ポーラ、話があるんだけどいいか?」
「もちろんじゃよ。では、わしの部屋で話そうか」
ポーラに招かれ、レックスはポーラの部屋へ向かった。
優雅な手つきでハーブティーを淹れたポーラはレックスの前に置く。
「それで、話とはなんじゃ?」
「えっと……人が少ないところで暮らすのってどんな気分なんだ?」
「ふむ、人が多くないから気楽じゃぞ。人の目も気にせず、気兼ねなく暮らすことができる」
「俺も将来、田舎暮らしとかしてみたいんだよ。だからポーラに話を聞きたくてさ」
「そういうことか。それはもちろん勧めるぞ。人里から離れて隠居するのも悪くない。自給自足などをすれば、さらに生活が楽しくなるじゃろうよ」
そこまで言われると、レックスは尚更田舎暮らしがしたくなってきた。レックスの気分が段々と高揚してくる。
ただ、今は復興大臣という重大な任務がある。それを投げ出すわけにはいかない。
「復興大臣の仕事が終わったら、俺も田舎暮らしをしようかな」
「それがいいぞ。困ったらわしが手助けしてやろう」
ポーラはティーカップを置いてニコリと笑う。
「お主が本当に話したかったのはそれか?」
「え?」
「わしにはお見通しじゃぞ」
ポーラの表情は余裕に溢れていた。やはり、ポーラには敵わないか。
レックスは居直り、ポーラを真っ直ぐ見つめる。
「ポーラ、お願いがある」
「なんじゃ?」
「俺たちについてきて欲しい」
レックスは真剣な目でポーラを見つめる。
「今回の視察にマリカもセレナもついてきてくれた。だから、前に旅をした仲間が一緒にいると、俺は安心して仕事を続けられる気がするんだ」
真剣な瞳に当てられたポーラは、ハーブティーを一口飲んでふぅと息を吐く。
「では、またしばらくトールを一人にさせてしまうのう」
「だったら、トールも一緒に――」
「いいや、トールはまた断ると思うぞ。わしが戻ってきてからさらに真面目になったようでな。屋敷を守ることをなによりも一番に考えておる」
それは師匠であるポーラの大事な家だからか。トールはポーラという師匠を誰よりも大事に思っているのだろう。
しばらく会わない間にトールが一回り以上成長しているのだと気がつき、レックスは思わず笑みがこぼれた。
「じゃから、トールにまた家を預けるのも悪くないじゃろう。レックスの誘い、喜んで受けよう」
ポーラが差し出した手を、レックスはしっかりと握り返した。
翌日。
レックスは朝食のときにポーラも視察についていくとマリカたちに伝えた。マリカたちは驚いたが、すぐ笑顔に変わってポーラがついていくことに賛同した。
「ポーラも揃うと、いよいよ旅と同じ状況になってきたわね」
「みんなで楽しく視察できるね!」
マリカとセレナの明るさに感謝しながら、レックスは無言で食事をとるトールに視線を移す。
トールはポーラとまた旅をすることをどう思っているのか。
「じゃあ片付けするから。みんなはゆっくりしてていいぞ」
レックスが考える間にトールは食器を下げ、キッチンへと向かう。
「トール」
小走りでキッチンに向かったレックスはトールに声をかける。流しの前に立っていたトールはいつもと変わらない様子で「どうした?」と振り返る。
レックスは拳を握り締め、トールに向き直る。
「ポーラを連れていくの、身勝手だしトールには正直申し訳ないと思ってる。でも、俺たちにはポーラが必要なんだ。きっとポーラがいれば仕事も上手くいく。そんな気がしてるんだ」
どんな反応が来てもレックスは受け止めるつもりでいた。それこそ殴られたっておかしくない。
レックスが俯いてトールの言葉を待っていると、トールから「じゃあ」と声がする。
「皿洗い手伝えよ」
予想していなかった言葉にレックスは硬直する。
「聞こえなかったか? 皿洗い手伝えって言ったんだよ」
「え、そのくらいいいけど……なんで……」
「二度も俺の大事な師匠を連れていくんだ。このくらい手伝ってくれるよな」
「あ、あぁ」
有無を言わせぬ圧に負けたレックスは袖を捲り、トールの横に並ぶ。カチャカチャと食器がぶつかる音と、時折水道から流れる水の音が響く。
しばらく無言の時間が続いたあと、「俺にだって」とトールが口を開く。
「俺にだって師匠は必要だ。正直、あのときもレックスが師匠と一緒に旅に出るって言ったときは、こいつ師匠を奪う気かよって思ってた」
トールの言葉から怒りは感じられなかったが、淡々と事実を述べているということだけはレックスにしっかりと伝わった。
声を荒げることなく、落ち着いた調子でトールは話を続ける。
「でも、レックスたちが世界を救って気がついた。レックスたちには師匠が必要なんだって。だから今回も、きっと師匠が活躍するときがやってくるはずだ」
落ち着いたトールの言葉には、はっきりとした意志を感じた。
以前旅をしたときも、ポーラがいてくれたから旅が続けられたのは違いない。ポーラがいなければ、世界を救えなかったかもしれない。
ポーラがいなくなることでトールには寂しさを覚えさせてしまうかもしれないが、それでも見送ってくれるトールに感謝の気持ちしかなかった。
「トール、大人になったな」
「レックスに言われたくねぇよ。レックスだって久しぶりに会ったら、なんか急に大人びてるからよ」
「トールもだよ。昔のトールなんかもっと凶暴だったのにな」
「誰が凶暴だよ」
トールは笑いながらレックスに泡を飛ばす。仕返しと言わんばかりにレックスも泡をトールにつける。
和やかな空気の中、二人の皿洗いは無事に終わった。
「では、行ってくるぞ」
屋敷の入り口にて。トールはレックスたちを見送りに来てくれた。
「師匠、レックスたちも。気をつけてな」
「トール、毎日きちんと風呂に入るのじゃぞ。寂しくなったら部屋の人形でも抱きしめるが良い」
「もう子供じゃないんだから、言われなくても平気だよ」
「わしから見ればお前はずっと子供じゃ」
ポーラは背伸びをしてトールの頭を撫でる。トールは反抗せず、赤い顔をして大人しく撫でられていた。
「いってらっしゃい。良い旅を」
「あぁ。またな、トール」
トールに別れの言葉を告げて、レックスたちは屋敷を出発した。




