第27話 「だから、師匠のことは任せたぞ」
トールは手のひらから火球を繰り出して、向かってくるレックスを翻弄する。レックスは軽い身のこなしで火球を躱し、拳に炎を纏わせてトールに拳を振るった。
しかし、拳の炎は水の壁を作り出されたために、白い蒸気を上げて鎮火してしまう。
レックスが次の一手を考えているうちに水の壁の間から水流が噴き出し、レックスを結界の端まで追いやる。レックスは足を踏ん張って堪えるが、結界に背中をつけてしまう。
「もらったぁ!」
トールは手を翳して雷を作り出し、レックスに向けて撃ち落とす。轟音が響き、稲妻がレックスに降り注いだ。
「……っ」
レックスは咄嗟に体に水の膜を張り、電撃を吸収した。
「ほぉ、やるではないか。魔力制御を応用したか」
ポーラが感心した様子で笑う。
ただ、勢いがあったために全ての電撃を吸収できず、レックスの体に痺れが襲いかかる。筋肉が勝手に痙攣し、視界が白く瞬く。体が思うように動かず、レックスは思わず膝をついた。
「ふん、勝ったな」
トールが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、再び雷を手に収束させる。雷がレックスに降り注ごうとした、そのとき。
「油断したな」
レックスは体勢を低くしたまま、雷撃をすんでのところで躱す。地面を強く蹴り、トールに向かって駆け出す。
「なっ……!」
氷を拳に纏わせ、レックスはトールに向けて振りかぶる。
レックスの迫り来る拳と獰猛な瞳に怯んだトールは、思わず顔を手で覆って身を守る。
「……?」
だが、痛みと衝撃は訪れなかった。
トールがおそるおそる目を開けると、氷を纏った拳はトールの眼前で止まっていた。拳から伝わる冷気がトールの頬を撫でる。
動揺していたトールだったが、すぐに我に返って眉を寄せる。
「……なんで止めてんだよ」
「手合わせだけど、直接殴るのは違う気がしてさ」
拳を振って氷を払いながら、レックスは小さく笑う。
余裕のある態度に苛ついたのか、トールは歯を食いしばってレックスに拳を振りかざす。
「調子乗んな! お前なんかに負けてたまるかよ!」
しかし、トールの拳は突如背後に現れた兵士によって止められる。ポーラの作り出した兵士に羽交い締めにされたトールは、抜け出そうとバタバタと暴れる。
「手合わせは相手を敬い、実力を確認するためのものじゃ。暴力が目的でない」
ポーラは呆れた調子でトールを見やる。次にレックスに視線を移してニコリと笑う。
「お主は近接向けじゃのう。遠くから戦ってばかりの魔法使いらしくなくて非常に良いぞ」
うんうんと頷きながら、もがくトールに再び視線を向ける。
「トールも、魔法の威力は以前より増している。ただ、最後まで油断するでないぞ。油断が命取りとなるぞ」
「……分かりました」
兵士から解放されたトールは冷静になったのか、ポーラに頭を下げる。
「レックス、ちゃんと戦えてたね」
「えぇ。とても素敵だったわ」
手合わせを見守っていたマリカとセレナは、穏やかな表情でレックスを見つめる。
「ポーラ」
手合わせが終わり、屋敷に戻ろうとしたところでレックスはポーラを呼び止める。
「どうした?」
「このあと話があるんだけど、いいか?」
「もちろんじゃ。わしの部屋で待っておるぞ」
レックスの問いかけにポーラは笑顔で頷いた。
夜。
レックスはポーラの部屋へと向かった。扉を叩いて中に入ると、ポーラがハーブティーを用意していた。
「今日は疲れたじゃろう。わしからの労いじゃ」
「ありがとう」
レックスがティーカップに口をつけると、ハーブティーの優しく温かい味が体の中に広がった。
「今日はトールと手合わせをしてくれて感謝しておる」
「こちらこそ。俺もいい経験になったよ」
「そう言ってもらえて安心じゃ。トールはわしが拾った魔族の子でな。最初は粗暴で手がつけられなかったのじゃが、魔法の才能はあった。今もまだ荒削りじゃがな」
思い出話をするようにポーラは語る。まるで子供を慈しむ母親のような雰囲気だった。
「トールはわしが最近お主につきっきりになったから拗ねておったのじゃ。素直になれないだけで、根はいい子じゃよ」
あの荒々しいトールもそういう一面があるのかと、レックスはほんの少しだけトールが可愛く思えた。
「それで、話とはなんじゃ?」
ポーラに問いかけられ、レックスはハーブティーを飲む手を止めた。ティーカップを置き、拳を膝に置く。
「俺はある程度魔力制御もできるようになったし、次は属性魔法を教えてもらえると思うんだ。ただ、俺はそろそろ次の場所に旅立ちたいと思ってる」
「……ほう、それで?」
ポーラは驚くわけでもなく、落ち着いた表情でレックスの話を聞いていた。
「もちろん、これからも魔法の特訓は続ける。その、それで……」
言葉を詰まらせて視線を逸らすレックス。
言いあぐねている雰囲気に、なにかを察したポーラはふっと笑ってティーカップに口をつける。
「なるほど。つまり、わしに旅についてきて欲しいと言いたいんじゃな」
「それは……! そう、だけど……」
「出会って日は浅いが、お主はわしの弟子じゃ。弟子の考えていることはなんでもお見通しよ」
はは、とポーラはティーカップを持ったまま軽く笑う。
ポーラに隠しごとはできなさそうだ。ほんの少し心の中が軽くなったレックスは話を続ける。
「ポーラたちがいれば旅がもっと楽しくなる。魔法の特訓もいつでもできるし、いいことばかりだと思うんだ」
「分かった。では、トールにもわしから話をしておこう」
「ありがとう」
自分の伝えたいことが伝えられたレックスは、ハーブティーを一気に飲み干して立ち上がる。
「それじゃあおやすみ」
「おやすみ、我が弟子よ」
ポーラは優しい目をして、部屋を出ていくレックスを見送った。
翌朝。
レックスは屋敷を出発したいことをマリカたちに伝えた。マリカたちは驚いたが、レックスが経緯を説明するとすぐに了承してくれた。
これからの旅に困らないようにしっかりと準備をして、屋敷を出る支度をする。
「ポーラ、トール。そろそろ行くぞ」
屋敷の入り口に手をかけながらレックスが呼びかける。ついてきたポーラとトールは予想より身軽で、レックスたちは顔を見合わせた。
「俺は屋敷に残る」
トールの思いがけない発言にレックスたちは目を瞠る。唯一、ポーラだけは落ち着いた表情でトールを見守っていた。
「え、どうして……」
「お前が一緒にいたら特訓にならねぇからな……っていうのは嘘で。師匠と俺が出ていったら誰が屋敷を守るんだ。それに、てめぇは師匠がいなきゃ特訓ができないかもしれねぇ。だけど、俺は一人でも特訓できる」
少し見下されたような気もしたが、レックスは反論せずトールの話を静かに聞いていた。
「俺は屋敷を守りながら特訓を続ける。それでいつか、てめぇに勝ってやる。……だから、師匠のことは任せたぞ」
「……あぁ。俺に任せろ」
レックスが爽やかな笑顔と共に拳を突き出す。
「お前、熱い奴だな」
眉を下げて笑ったトールは、静かにレックスと拳を突き合わせた。
「それでは、行ってくるぞ」
「いってらっしゃい、師匠」
ポーラという新しい仲間が増え、レックスたちはネフラの村をあとにした。




