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第26話 「トールはレックスについていけるかのう?」

 翌朝。

 太陽が昇る前にレックスたちは屋敷の外にいた。


「ふわぁ……レックスたち、朝から元気だね」

「魔法の特訓をするんですって。セレナは寝ていてもいいのよ」

「ううん、起きてる!」


 セレナは眠い目を(こす)ってレックスたちに視線を移す。

 レックスの横にはトールもいて、ポーラと正面から対峙(たいじ)していた。ポーラ(いわ)く、屋敷の周りに結界を張ったからレックスたちは周囲には見えないらしい。


「では、早速特訓を始めよう。まずはレックスの魔力の制御からじゃ」

「師匠、俺は?」

「トールはいつもの内容をこなしているんじゃ。ときどき様子を見に行ってやる」


 冷たい返しをされ、トールはぶつぶつと文句を言いながら離れた場所で特訓を始める。


「まず、お主は魔力が()れ流されていると言ったが、(おけ)から水が(あふ)れている状態といえば分かりやすいじゃろう。……と言っても、魔法に慣れ親しんでいないから、そもそも魔力がどんなものか分からないかのう」


 うむ、と悩んだ様子のポーラは人差し指を立てる。


「ここに魔力で作った火を(とも)しておる。見えるか?」


 ポーラに言われてレックスは目を凝らす。明確に形が見えるわけではないが、なにかがゆらゆらと揺らめいているような気もする。


「なんかこう、ぼんやりと見えるな……」

「そう、それが魔力じゃ。魔力が目に見えるのは魔族の特権だから覚えておくのじゃよ」


 魔族だけが見えるのは、魔力が魔族にしかないものだからか。

 レックスが考える間にも、ポーラの講義は続いていく。


「次に魔力制御じゃが、完全に制御することは不可能じゃ。体の中の水分が抜けて出ていくのと同じで、どうしても魔力は漏れ出てしまう」

「それじゃあ、魔力を抑えることはできないんじゃないか?」

「抑えることはできなくても、垂れ流すのを防ぐことはできるぞ」


 ふふん、と笑ったポーラは手を広げてみせる。


「自分の体に(まと)わせるように(まく)を張る想像をしてみるのじゃ。体の上に魔力の薄い層ができて、魔力の流出を防ぐことができる」

「なるほど……」

「ほれ、やってみい」


 頭では理解したが、実際にできるかと言われたら分からず。だが、やってみないと分からない。もしかしたら奇跡的にできる可能性もある。

 レックスは目を閉じて息を吐く。集中力を()ぎ澄ませ、自分の体の上に薄い層ができるのを想像してみる。


「……できてるか?」

「できておらんな」


 レックスの希望を持った問いかけはあっさりと切り捨てられた。項垂(うなだ)れるレックスにポーラは高笑う。


「そう落ち込むな。すぐにできるとは思っておらぬ。ほれ、もう一度じゃ」


 レックスは体勢を立て直し、再び目を閉じて集中する。

 それからしばらく試してみたが、レックスは一度も成功できなかった。ポーラは「簡単にできたらわしが教わりたいわ」と笑っていた。

 レックスが疲弊(ひへい)してきたところで、ポーラは見学していたマリカとセレナに視線を移す。


「のう、マリカにセレナ。しばらくレックスと魔法の特訓をしてもいいじゃろうか。その間の寝泊まりはわしの屋敷ですれば良い」

「もちろんよ。レックスのためなら少しくらいの滞在、なんてことないわ」


 マリカの横でセレナも大きく(うなず)いていた。


「あぁ? しばらくいるのかよ」


 三人の会話を聞き逃さなかったようで、トールはあからさまに嫌そうな態度を取る。


「ポーラ、そしたらあたしたちが料理を作るよ。そうしたらみんな特訓に集中できるよね!」

「だそうじゃよ、トール。家事が減って特訓に集中できるぞ」


 ポーラはニヤリと笑ってトールを見る。

 なにも言い返せないトールは苦い顔をして、「下手な料理作ったら許さねぇぞ」とそっぽを向いた。


「素直になれない年頃なのじゃ。許しておくれ」


 ポーラは苦笑しながらレックスとの特訓に戻った。


 そこから、レックスとポーラの特訓の日々が始まった。

 日夜、結界の中で魔力制御の特訓。ポーラがレックスにつきっきりで魔法の特訓を続けた。


「お主はこれまでできなかった分を取り返そうとしているのじゃ。焦ってもいい成果は生まれぬ」


 ポーラは優しく、ときに厳しく、レックスに指導を進めていた。レックスは次第に、トールと同じようにポーラを魔法の師匠として尊敬し始めた。

 マリカとセレナは食事や生活の面でレックスたちを支え、特訓は充実したものとなっていった。


 少しの月日が流れた、ある日のこと。


「……うむ、だいぶ形になったのう」


 ポーラはゆっくり、深く頷いた。ポーラの目の前ではレックスが目を閉じて静かに呼吸をしていた。


「ここまで来れば、問題なく魔法も使えるようになるじゃろう」


 ゆっくりと目を開けたレックスはポーラと目を合わせて微笑んだ。

 ようやく魔法を特訓できる段階に来たのだと、レックスは期待に満ちた表情に変わる。


「おい」


 すると、トールがレックスの後ろから荒々しく声をかける。振り返ると、明らかに不機嫌そうなトールが立っていた。


「俺と手合わせしろ」

「手合わせ?」

「ずっと我慢してたんだよ。お前ばっかり師匠の特訓を受けやがって」


 今にも(なぐ)りかかりそうな勢いのトールだが、レックスは一歩も退()かなかった。強くトールを見据(みす)え、互いの視線がぶつかり合う。


「なにを言う。トールの面倒も見ていたじゃろうが」

「前はもっと俺の特訓を見てくれてたじゃないですか」

「今はレックスが優先じゃ。物事をしっかりと見極めい」


 ふぅと息を吐くポーラ。ポーラの様子は()(まま)を言う子供をあやすような雰囲気だった。


「俺の方が実力は上だからな。調子乗るんじゃねぇぞ」

「……受けて立つよ」


 レックスの琴線(きんせん)に触れたのか、レックスはトールを強く(にら)みつける。


「やれやれ、男の子というのは血気(けっき)(さか)んじゃのう」


 これ以上は止められないと悟ったのか、ポーラは諦めたように息を吐いた。


「では、これからレックスとトールの手合わせを行う。終わりだと思ったらわしが止めるからな」


 マリカとセレナも駆けつけ、二人の手合わせを見守ることになった。


「手加減したら許さねぇからな」

「そっちこそ」


 火花が散る二人は、既に手合わせをする準備ができていた。

 セレナは緊張が走る二人を見ながらニコニコと笑顔を見せる。反対に、マリカは不安そうな表情が(ぬぐ)えていなかった。


「どっちが勝つかな?」

「私はもちろんレックスだと思うわ。あれだけ毎日特訓を頑張ってきたんだもの」

「でも、まだ属性魔法は教わってないよね?」


 セレナがポーラに視線を向けると、ポーラは静かに頷く。


「レックスにはまだ魔法の基礎を覚えただけじゃ。属性魔法などはこれからの予定だったからの。それに、レックスはこれまで自己流で魔法を使ってきたと聞いている」

「それじゃあトールが先にポーラに魔法を教わっているから、レックスが不利なんじゃ……」

「いいや、そうとは限らん」


 不安そうなマリカの言葉を打ち消すように、ポーラはレックスを見やる。


「わしがトールに教えているのは教科書のような魔法。つまり、トールはまだお利口(りこう)さんな魔法しか使えないということじゃ。その分、レックスは自己流で魔法を身につけておるから幅は広い。……さて、トールはレックスについていけるかのう?」


 不敵に笑ったポーラは一歩前に立ち、手を上げる。


「それでは手合わせ、始め」


 ポーラの合図を皮切りに、レックスとトールは同時に地面を蹴った。

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