第25話 「俺に、魔法を教えてくれないか」
「待たせたな」
しばらくして、ポーラが部屋に戻ってきた。夕食は別の部屋に用意したらしく、レックスたちはポーラについていく。
部屋に到着すると、そこには豪華絢爛な食事が揃っていた。豪華さに思わずレックスたちから声が漏れる。
「こんなにいいのか?」
「一応客人だからな。もてなすのは当然だろ」
ポーラの優しさに甘え、レックスたちは食事を始めた。
「ねぇねぇポーラ。お酒ある?」
「あるぞ。あんた酒飲むのか?」
「うん! お酒大好き!」
「へぇ。趣味が合いそうだな。ちょうど葡萄酒があるから持ってくるよ。二人の分も持ってくるから待ってろ」
レックスとマリカの返答を待つ前に、ポーラは立ち上がって部屋を出ていく。
酒は飲まないために、レックスとマリカは不安げに顔を見合わせる。
「一口だけでいいからさ、一緒に飲もうよ」
「じゃあ、一口だけな」
レックスは眉を下げて笑う。
セレナにはどうしても甘くなってしまう。それはセレナが持つ天性の無邪気さからか。
少ししてポーラが瓶と三人分のグラスを用意して戻ってきた。
「熟成されてるから美味さは保証するぞ」
グラスに葡萄酒を注いでいく。熟された葡萄酒は深みのある濃い赤い色をしていた。
「それじゃあ、乾杯!」
セレナの声に合わせてグラスを掲げ、レックスは葡萄酒をそっと口にした。予想を超えた葡萄酒の渋さが思わず喉に詰まる。
(酒ってこんなに渋いのかよ……!)
酒を飲んだ経験がなかったために、ほんの微量でアルコールが体中に回った気分がした。
マリカとセレナを見ると、二人とも当然のように葡萄酒を飲んでいた。レックスは自分だけが酒が飲めない子供みたいな気がしてしまった。
(仕方ない、今日だけだ……!)
覚悟を決めたレックスはグラスを勢いよく呷る。すぐに酒が体に流れ、視界がぐるりと回る。
酒を飲むとこんな感覚になるのかとレックスは思い知る。自分に酒は合わないと頭がすぐに判断し、同時に自ら酒を要望するセレナを尊敬してしまった。
「ぐ、ふっ……かはっ」
そのとき、マリカが椅子から転げ落ちた。酔いが一瞬で覚めたレックスとセレナはマリカに駆け寄る。
「大丈夫か、マリカ!」
「マリカ、大丈夫!?」
レックスたちが声をかけてもマリカから返事はなかった。息を荒くして必死に呼吸をしていた。
「ようやく毒が回ったか」
ポーラが冷静に告げる。レックスたちが驚いてポーラを見ると、ポーラの目はいつになく鋭かった。
「今からお前らに尋問をする。正直に答えないとその女の命はねぇ」
怒りに身を任せたレックスは駆け出し、ポーラに向けて雷を纏った拳を振り下ろす。
しかし、ポーラはレックスの拳を簡単に受け止める。しかも、レックスの拳の先から段々と氷漬けになっていく。
レックスは慌ててポーラから離れ、拳を振って氷を振り払う。
「魔力を垂れ流す魔族なんかに負けるわけがないだろ」
ポーラはレックスを見て鼻で笑う。
「素直に答えれば解毒薬は渡してやるよ」
「……分かった。なんでも答える」
「聞き分けのある奴で良かったよ」
ポーラは椅子に座り、悠然と足を組む。ポーラの態度からは余裕が滲み出ていた。自分が圧倒的に有利な状況にいるからか。
「一つ目。なんで魔族と人間が一緒にいやがる」
「……悪いけど、俺は自分が魔族なのかは知らない」
「お前は魔族だよ。垂れ流してる魔力が魔族そのものだ」
ポーラに言われても、レックスは半信半疑だった。
心のどこかで魔族かもしれないという予想は立てていたが、やはりただ魔法が使えるだけの人間かもしれないと思っていたから。
「そっちの女は魔力の波はあるけど、魔族とはまた違うみたいだな」
ポーラは訝しげにセレナを見る。
「あたしは海の精霊だよ」
「はっ、海の精霊様が地上を旅するのかよ」
鼻で笑われ、セレナは強くポーラを睨む。
「魔族だと知らなかったなら、人間といるのも無理ねぇか。だが、その女はどうだろうな」
「どういうことだ?」
「未熟でも一回くらいは魔法を使ってるだろ。その時点でてめぇが魔族だと分かってるはずだ。なのに、一緒にいるのがおかしいことに気づかねぇのか?」
ポーラは見るからに苛立ちを隠しきれていなかった。言葉の端々が震え、苛立ちが募っていた。
「人間は魔族を忌み嫌う。だから、少しでも魔族の可能性がある奴と一緒にいるのがおかしな話なんだよ!」
耐えきれなかったのか、ポーラは机を強く叩く。衝撃でグラスが倒れ、葡萄酒がこぼれていく。ポーラの瞳には憎しみに近いものが写っていた。
レックスは眉を寄せ、ポーラを真っ直ぐ見据える。
「俺は魔族と言われてもあまり信じてない。俺は自分の生まれも知らないから。でも、今俺が過ごしていることは信じて生きていきたい。だから、俺はマリカを信じる。魔族と人間の間に溝があるなら、俺とマリカの力でどうにかしてみせる」
ポーラを見据えるレックスの瞳には覚悟があった。あまりにも真っ直ぐな眼差しにポーラはたじろぐ。
「っ、そんな綺麗事でどうにかなると思ってんのかよ――」
「私は、」
声がした方を見ると、マリカが息を切らせながら体を起こしていた。震える指で手をつき、ポーラに頭を下げる。
「私は……レックスの、ために、一緒にいなければならないんです……」
マリカは地面に頭をつけ、掠れた声で訴えかける。
鬼気迫る勢いではない。それなのに、マリカの訴えはポーラにぐさりと突き刺さった。
「でも――」
「そこまでじゃ」
そのとき、部屋に可愛らしい声が響いた。
レックスたちが見ると、部屋の入り口にゴシックな服装を身に纏った少女が立っていた。
「師匠……」
「トール、わしらの負けじゃ。こやつらには勝てん」
少女は諦めたようにふっと笑う。
「こんな真っ直ぐに語られては、わしらの方が間違っているのではと思ってしまうよ」
「あの、君は……」
レックスが尋ねると、少女は裾を持って深々と頭を下げる。
「わしはポーラ・バストネス。この屋敷の主人じゃ」
「え、ポーラって……」
「そやつはわしの代役じゃ。なぁ、トール」
少女――ポーラはポーラと呼ばれていたはずの青年に視線を向ける。青年――トールは大きなため息をついた。
「師匠、そこまで教えるのかよ」
「この際教えてしまっても良いじゃろう。こやつらは信用に値すると思ったのからのう」
ポーラはマリカの前に立つと、マリカに手を翳した。ポーラの手から出た優しい光はマリカを優しく包み込んだ。
「お主への毒も遅行性で微弱じゃ。わしの魔法で制御もしていたから死ぬことはない。試すようなことをして悪かったのう」
ポーラが小さく頭を下げると、セレナが真っ先にマリカに飛びつく。セレナは涙ぐんでいて、マリカを強く抱きしめた。
「マリカ、良かったぁ……!」
「心配かけてごめんなさい。ポーラさんもありがとう」
マリカがお礼を言うと、ポーラは「ポーラで良いぞ」と微笑んだ。
「見ておったが、お主はなかなか根性があるのう。気に入ったぞ」
「そう言ってもらえたら、体を張った甲斐があるわ」
顔を見合わせて笑うマリカたち。張り詰めた空気は多少残ってはいるものの、和やかな空気が三人の間に広がった。
「では、友好の証として甘味でも用意しよう。次は毒を入れぬから安心せい」
立ち上がったポーラは悪戯っぽく笑った。
「レックス、だったかのう」
夜も更け、レックスが就寝しようと用意された部屋に向かうと、廊下でポーラに呼び止められる。
「少し話をせんか。なに、他愛もない話じゃ」
ポーラの部屋に招かれた。ポーラの部屋は人形がいくつも置かれていて、不気味さと幻想的な雰囲気が入り混じっていた。
椅子に座ると、ポーラは小さく咳払いをする。
「尋問の際の話は聞いておったが、お主は魔族か分からないと言っていたのう」
「そう、です」
「畏まるな。気兼ねなく話せ。分からない経緯はあるのかえ?」
ポーラに尋ねられ、レックスは自分の出自を話すことにした。自分がスラムで育ってきたこと、魔法は少しだけだが昔から使えたことを伝えた。
話を聞き終えると、ポーラは感心したように深く頷いた。
「ふむ、なかなか興味深い出自じゃのう」
「あのさ、俺って魔族なのか?」
「そうじゃよ」
悩むこともなくあっさりと告げられ、レックスは面食らう。
反応が面白かったのか、ポーラはニコリと笑って話を続ける。
「魔族には魔力という力の源がある。わしはそれを魔力感知で確認しただけじゃよ。じゃが、お主は大事な魔力を垂れ流している状態じゃ。魔法が少ししか使えなかったのもそのせいじゃろう」
「それってどうにかなるのか?」
「なるぞ。魔法は鍛えるものじゃからな。魔力の制御もその段階で学ぶ」
自分の知らなかった知識が増えていくのを感じ、レックスの気持ちは静かに高揚していく。
もっと魔法を使えるようになれば、旅のときに困らないのではないか。いつかきっとなにかの役に立つはず。
「ポーラ」
「どうした?」
「俺に、魔法を教えてくれないか」
レックスの真っ直ぐな瞳がポーラに向けられる。
一瞬驚いたポーラだったが、すぐに笑みを取り戻した。
「もちろんじゃ」




