第24話 「俺はポーラ・バストネス。噂の魔法使いだよ」
「じゃあ、ここから徒歩だな」
馬車は途中までレックスたちを乗せ、経由地の村で降りて一泊した。
翌朝。ネフラ行きの馬車はなかったため、レックスたちは徒歩でネフラへ向かうことになった。
「どのくらいかかるんだろうね」
「行き方は教えてもらったけど、どうだろうな。とにかく歩き続けるしかないな」
「さっきの村でたくさん準備はしたし、困ることはなさそうだよね!」
決意を固めたレックスたちは、ネフラへの道を歩き出した。
どれだけ歩いたか。長い道のりで、レックスたちは着実に疲労が溜まっていた。
「えーん、疲れたよぉ」
セレナは耐えきれずにその場にしゃがみ込む。レックスたちも立ち止まり、各々休憩を取り始めた。
「……セレナは精霊なら、治癒とか回復させる力とかは持っていないの?」
マリカが訝しげに尋ねると、セレナは思い出したような表情になる。
「そうだった、あたし海の精霊なんだから!」
今まですっかり忘れていたかのような言い方に、レックスもマリカも息を吐いた。疲れている中であれこれ言う元気はなかった。
「二人とも、そこに立って」
レックスとマリカは一列に並ぶ。
セレナが祈るような体勢になると、二人の足元から淡い光が現れて全身を包み込んだ。
レックスたちは体の底から少しずつ疲労感が消えていくのを感じた。光がなくなる頃には、二人はすっかり元気を取り戻した。
「すごい……これが精霊の力か?」
「ふふん、すごいでしょ」
セレナは自慢げに胸を張る。
「やっぱり海の精霊っていうのは本当なのかしら……」
「だからずっと言ってるでしょ! あたしは精霊ですー!」
マリカとセレナのやり取りに笑うレックス。
その後はセレナも自身に治癒の力を使い、三人は出発前と同じ元気を手に入れた。
「体力も回復したし、そろそろ出発するか」
「よぉし、行くぞ行くぞー!」
元気よく歩き出すセレナを先頭にして、レックスたちはネフラへの道を歩き出した。
「……あそこ、か?」
再び延々と道を歩き続けたレックスたち。周囲は田園風景が続いていて、のどかな雰囲気がレックスたちの気分を落ち着かせていった。
すると、遠くに小さな民家がいくつか見えた。これまで民家の類はなかったため、あそこが恐らくネフラだろう。
「きっとあれがネフラだよ!」
「ようやく着いたな。早く行こう」
やっと辿り着いた安堵から、レックスたちの足取りは軽かった。村の入り口まで向かうと、レックスたちに気がついた村民たちが笑顔で出迎えた。
「おや、旅の方々ですか」
「こんな辺鄙なところによくいらっしゃった。ゆっくり休んでいきなさい」
穏やかな出迎えにレックスたちは安心する。ネフラはこれまで通ってきた街や村のどこよりものんびりしていた。
「あの、俺たち幽霊屋敷を見にきたんですが、どこにありますか?」
レックスが尋ねると、村民たちは恐ろしいものを見たような目つきに変わる。
「悪いことは言わない。あそこに行くのはやめなさい」
「あんたたちも祟られるよ」
「そうそう。呪われてからじゃ遅いよ」
物騒な単語の羅列に、レックスたちは思わず息を呑む。
「幽霊屋敷はそんなに危険なところなんですか?」
「あぁ。私たちは何度も幽霊を目撃している。あれは人間じゃないよ……」
村民は身を震わせ、思い出したくもない記憶を蘇らせているようだった。
「しかも魔法使いがいるって噂なんだよ」
「魔法使い?」
「あぁ。世にも恐ろしい魔法使いだよ」
レックスの問いかけに村民はおそるおそる頷く。魔法を使うということは魔族ではないのか。
「その魔法使いは魔族ですか?」
「分からないね。幽霊屋敷にいるってだけで近寄りたくないよ」
村民たちは顔を見合わせて身を震わせる。
「そこまで言われると逆に気になってきちゃうよね」
「そうだな。俺たちはこの目で見てないし」
平然とセレナに言われ、レックスは頷く。
なにより、レックスにとっては魔族の情報がなによりも欲しい。幽霊屋敷のことなどレックスの頭から消え去っていた。
一方で、マリカはレックスの後ろで「そ、そうよね」とびくびくしていた。
「一度見てくるだけですし、大丈夫ですよ。屋敷はどっちですか?」
「なんと命知らずなお方だ……ここを真っ直ぐ抜ければ屋敷に辿り着きますよ……」
「分かりました。ありがとうございます」
レックスたちは村を出て屋敷へと向かった。
村民の言う通り、屋敷へはすぐに到着した。屋敷は豪華だが、田園風景にぽつんと建っている光景はどこか違和感があった。
「レックス、その、もう暗くなるし、明るい時間に来た方が良かったんじゃないかしら……」
「すぐに終わるって。怖いならマリカはここで待ってていいぞ」
「そ、それは嫌! 一人になるくらいならついていくわ!」
声には意思を感じられたが、マリカはレックスの後ろにぴったりとくっついていた。
「しっかりしてると思ってたけど、マリカも可愛いところあるんだねぇ」
マリカを見てセレナはニヤニヤと笑う。
そのとき。
「……雨?」
ぽつ、と地面に水滴が落ちてきた。水滴は段々と数が増え、勢いを増していく。あっという間に土砂降りの雨となり、レックスたちの体を濡らしていった。
「雨宿りさせてもらお!」
「それがいいな」
レックスは重厚な装飾がなされた扉を叩く。が、中から反応はなかった。
「……留守なのかな?」
「このままだと風邪を引く。悪いけど入らせてもらおう」
レックスが扉を押すと、鍵はかかっていないようで扉はゆっくりと開いた。
足を踏み入れると屋敷の中は薄暗く、ぽつぽつと蝋燭の灯りがある程度だった。
「おぉ、なんか雰囲気あるぅ」
まさに幽霊屋敷と言ってもいい内装に、セレナは目を輝かせる。
「誰かいませんか? 少し雨宿りをさせてください」
レックスが屋敷の奥に声を投げかけるが、レックスの声が反響するだけで返答はなかった。
「やっぱり幽霊しかいないから返事がないんだわ――」
「誰だ?」
「ヒッ」
マリカのなんとも情けない声がしたが、それよりどこかから聞こえた声にレックスたちは身構える。
「村民の誰かか?」
階段を降りてきたのは、レックスと歳が近そうな青年だった。少し粗暴に見える外見の青年は、手にランタンを持っていた。
青年の圧に負けまいと、レックスは深呼吸をして青年を見上げる。
「いえ、旅をしている……レックスと言います。急に雨が降ってきたので雨宿りをさせてください」
「雨か。じゃあ仕方ねぇな」
入りな、と青年は背を向ける。ついてこいと言いたいのか。
「そうだ。俺はポーラ・バストネス。噂の魔法使いだよ」
ポーラと名乗った青年は不敵に笑った。
(この人が魔法使い……)
もしかしたら魔族で、自身に関わる情報が手に入るかもしれない。
「さっさとついてこい」
ただ、あの乱暴な様子だと得られる情報も得られないかもしれない。レックスたちは顔を見合わせて頷き、ポーラについていった。
濡れた服を乾かし、その間に風呂に入れてもらった。風呂に入ったおかげでレックスたちの体はすっかり回復した。
「せっかくだから泊まっていけよ」
風呂を出るとポーラに言われ、レックスは驚いた。訪れる予定はあったものの、泊まる予定など一切なかったから。
「雨はしばらく止みそうにねぇし、ここを出ても村の小さい宿屋しかねぇよ」
窓を見ると、レックスたちが来たときより雨粒の勢いが増していた。確かに、これでは外に出るのも厳しいかもしれない。
「ありがとう。少し世話になるよ」
レックスがお礼を言うと、濡れた髪のセレナがレックスの元に走ってきた。
「レックス、聞いて聞いて! マリカと一緒にお風呂に入ったんだけど、マリカがずっとびくびくしてたんだよ」
「はいはい。濡れたままでいると風邪引くぞ」
マリカを揶揄うセレナを呼び寄せ、レックスはセレナの髪を拭く。
セレナの無邪気な様子はスラムにいた子供たちに似ているなと、レックスはどこか微笑ましくなった。
「も、もしかしたら幽霊が出るかもしれないから、身構えていただけよ」
セレナの後ろから、身だしなみを整えながらマリカがやってくる。
そんなに怯えなくても自分たちがいるから平気だろうとレックスは言いたくなったが、マリカの新鮮な姿を見られているので黙っておくことにした。
「なんだ、あんたたちも幽霊屋敷の噂を信じてるのか」
「信じてるというか、みんなが噂してるから気になっただけだよ。俺は幽霊は信じていないからな」
レックスに髪を拭かれながらセレナも大きく頷く。
「それじゃあ俺は夕食の用意をしてくるから、ゆっくり過ごしてろよ」
そう言ってポーラは部屋を出ていく。
至れり尽くせりだと、レックスたちは暖かい部屋の中でゆっくり過ごすことにした。
「ポーラ、荒っぽい感じだけどいい人そうだよね」
「そうね。幽霊屋敷っていうから警戒していたけど、住んでいるのは普通の人ね」
マリカとセレナの会話を聞きながら、レックスは窓に視線を移した。
外では、さらに強さを増した雨が窓に打ちつけていた。




