第17話 「それじゃあ、地上の世界へ行くぞー!」
「セレナ、なにからなにまでありがとう。この恩は忘れないわ」
潜水艇の停泊地に辿り着いたレックスたち。
マリカは笑顔でセレナとしっかり握手をした。
「こちらこそ楽しかったよ。いい旅になるといいね!」
セレナも満面の笑みをマリカに向ける。二人の様子をレックスは微笑ましく見守っていた。
「レックスも、いい旅を」
「あぁ、ありがと――」
レックスの方をくるりと向き、手を差し出すセレナ。レックスもセレナの手を取って握手をしようと思ったそのとき、人影が目についた。
「あそこにいるのって……」
先ほど、氷菓子店の前で争った人間の男二人組が遠くで作業をしていた。
こそこそとしている男たちは、レックスの目からはどこか挙動不審に見えた。
「さっきの人たちじゃん。さっさと地上に帰れ〜」
セレナが舌を出して男たちを可愛らしく威嚇する。
「あんな人たちが商人だなんて、同じ人間として恥ずかしいわ」
「もしまた会ったらマリカから言ってやってよ」
マリカたちが話す横でレックスは男たちの様子が気になり、男たちのいる潜水艇にこっそりと近づく。
「あの程度の計算を誤魔化せるなんて、魚人共も簡単な奴らだな」
「その通りだな。俺たちが商人だからってすっかり騙されてやがる」
男たちは下卑た笑いを浮かべながら、ベリルを発つ準備をしていた。レックスは男たちの会話が普通の商人ではないと思いながら、訝しげに会話を盗み聞く。
「レックス、なにしてるの」
「しっ、気づかれる」
マリカとセレナはレックスの様子から違和感を悟り、レックスと同じように潜水艇の裏に隠れる。
男たちはレックスたちには気がつかず、ニヤニヤとした表情を隠せずに会話を続ける。
「それに、これらがありゃしばらく生活には困らねぇ」
男たちの荷物の間から見えたのは、キラリと光る真珠や珊瑚。どれもベリルを象徴するような美しい品々だった。
セレナが「どうして……」と信じられない顔で男たちを見つめる。
「真珠や珊瑚は貴重な資源だから、交易品としては扱ってないはずだよ」
「それじゃあ、彼らのやっていることは密輸じゃない……!」
「みんなが資源を渡すとは思えないから、あいつらが盗んだのかも」
セレナの呟きにレックスとマリカが動揺する。
男たちは商人などではなく、立派な盗人だった。
「さっきは面倒ごとで顔が割れたが、さっさとずらかればばれやしねぇ」
「魚人共が地上に来て捜索なんてしないだろうからな」
荷積みを終えた男たちは潜水艇に乗り込もうとする。
レックスは潜水艇の裏から飛び出し、男たちの元に走った。
「レックス!」
マリカが呼び止めるが、レックスは止まらなかった。レックスは男たちの前に立って男たちを強く睨みつける。
「なんだ、てめぇ」
「ベリルの大事な資源を返してもらおうか」
もう一人の男がレックスをじろりと見下ろす。
「こいつ、さっきの菓子屋のときに楯突いたガキじゃねぇか」
「ガキはどっか行きな」
男はレックスを冷たくあしらう。だが、レックスは一歩も退かなかった。
「俺の話を聞いてなかったのか。盗品を返せ」
レックスが強く言うと、男たちの額に青筋が浮かぶ。
「なんだぁ? 俺たちにガキが生意気言うのか?」
「少し痛い目見ないといけねぇみたいだな」
男たちは懐に手を入れる。
武器を取り出す合図だと瞬時に判断したレックスは、一瞬で近づいて男たちの手を捻って体勢を崩させる。
「ぐぁっ」
「てめぇ……っ!」
一人の男は転ぶが、もう一人が小さなナイフを取り出してレックスに向けて突き出す。
レックスは身を低くしてナイフを躱し、男の腕を掴む。そのまま手元から発火し、男の腕ごと小さな火に包まれる。
「ぎゃあっ!」
「火力は高くしてない。火傷程度で終わる」
スラムにいた頃、料理をする際はレックスの魔法の火を使っていた。そのため、多少の火力ならレックスは簡単に調整できた。
ただ威力は強くないため、身を焦がすなんて芸当はできなかったが。
「舐めてんじゃねぇぞ!」
男が身を挺してナイフを投げてくるが、ナイフはレックスに届くことなく軽い音を立ててその場に落ちる。
「投げるなんて野蛮ですね」
マリカが剣を振り、男の投げようとしたナイフをいなしていた。
「くっ……!」
「おい、こっちだ!」
声のした方を見ると、男が潜水艇の運転手にナイフを突きつけていた。
(まずい、潜水艇で逃げるつもりだ!)
男たちは運転手を人質にしてベリルを抜け出そうと考えているのだと、レックスたちはすぐに理解した。
潜水艇は今すぐにでも出発しようとしている。微量の魔法や剣では潜水艇に太刀打ちできない。
「待て!」
レックスが叫ぶが潜水艇は止まらない。今にも発車しようとした、そのとき。
突如巨大な水流が渦を巻き、潜水艇に押し寄せた。水流に巻き込まれた潜水艇は安定さを失い、すぐ近くの砂浜に不時着した。
なにが起こっているのか。レックスたちが呆然としていると、セレナがレックスたちの横に立つ。
「二人とも、大丈夫?」
セレナは余裕に溢れた笑顔でレックスたちに笑いかける。
「もしかして……セレナがやったのか?」
レックスが尋ねると、セレナは笑顔で頷く。
「あたしは海の精霊だからね。海を荒らす人がいたら許さないよ!」
セレナの笑顔に、レックスとマリカは戸惑いながら顔を見合わせる。
「一応聞いておくけど、ベリルの人は魔法を使えないのよね……?」
「使えないよ。でもあたしは海の精霊だから、水属性の魔法はちょっと使えるんだ!」
だから先ほどの巨大な水流が扱えたのか。ちょっとの範疇を超えているような気もしたが、レックスたちは触れないことにした。
「どうした、なにがあった!?」
不時着した音を聞きつけたのか、近くにいた魚人たちがレックスの元に駆けつけてきた。
「あの潜水艇の中にいる人間、資源を密輸しようとしてたから捕まえて!」
セレナが潜水艇を指差すと、魚人たちが一斉に潜水艇に向かった。男たちはすぐに取り押さえられ、運転手も無事なことが確認された。
「これで一安心かしらね」
マリカが剣を納めながら言う。
その後は盗品も無事に元の場所へ返され、レックスたちはベリルの住人から感謝された。
王宮に報告は上がることになったが、レックスたちの同席は必要なく、役人から感謝の言葉とある程度の報酬が与えられた。
「俺たちはすぐにベリルを出発する予定なので、潜水艇を使わせてもらえると有り難いです」
「もちろんです。未来ある若者たちをここで引き止める理由はありません」
潜水艇も無償で利用していいと言われ、一時の英雄として讃えられたレックスたちはベリルを出発することにした。
「旅らしい経験ができたわね」
潜水艇に乗り込むとき、マリカはレックスに言った。
手に汗に握る冒険かは分からないが、今後語れる話ができたとレックスは笑顔で返した。
「そういえば、セレナはどこに行ったんだろうな」
「あの騒動のあとだから、一緒に後処理をしているんじゃないかしら」
マリカの言葉にレックスは納得した。セレナもベリルの民だから、ベリルのために動いているのだろう。
別れ際に会えないのは残念だが、少しの間ベリルにいた仲間として忘れることはない。
潜水艇の扉が閉まり、出発しようとする。
「そこの潜水艇、待ってー!」
どこからか、運転手の手を止めるまでの声がした。
レックスたちが窓に視線を向けると、セレナが全力で走ってきていた。
「セレナ?」
潜水艇は出発を止め、扉が開く。
レックスたちの元に辿り着いたセレナは、肩で息をして呼吸を整えていた。
「セレナ、どうしたんだ。後処理をしていたんじゃないか?」
「後処理? なにそれ」
それより、とセレナはレックスたちを見る。
「あたしも一緒に行く!」
「え?」
「聞こえなかった? あたしも、レックスたちの旅についていくよ!」
セレナの発言に、レックスもマリカも目が点になった。
二人の反応を気にせず、セレナは腕を組んで一人で語り始める。
「やっぱり二人だけじゃ不安だと思うんだよね。海の精霊であるあたしがいることで、安心した旅ができるはずだよ。うん、間違いない」
語るセレナからは自信が満ちていた。そんなセレナを見て、レックスたちは顔を見合わせて苦笑する。
「確かに、セレナがいたら間違いなく楽しくなるな。マリカはどうだ?」
「レックスが言うなら仕方ないわね。一緒に行きましょう」
二人の了承を得たことで、セレナは手を上げて喜んだ。
「それじゃあ、地上の世界へ行くぞー!」
セレナは意気揚々と潜水艇に乗り込む。レックスたちも顔を見合わせて笑い、セレナを迎えた。
そうして三人が乗り込んだ潜水艇は、地上へ向けて出発した。




