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第16話 「女の子に手を出すのか」

「おい、早くしろよ!」

「人間様が待ってるぞぉ」


 そのとき、先ほどレックスたちが訪れた屋台の方から怒鳴(どな)り声がした。

 レックスたちが視線を向けると、魚人ではない人間の二人組の男が店主に怒号(どごう)を飛ばしていた。


「人間の商人だね。ときどきいるんだよね、ああいうあからさまに横暴(おうぼう)な人たち」


 男たちを横目に、セレナは不機嫌そうに氷菓子を口に入れる。


「人間様が交易をしてるんだから有り難く思えって感じの態度でさ。人間は自分たちが一番(えら)いなんて思っちゃ駄目(だめ)だよ」


 セレナの話を聞きながら、レックスはマリカが教えてくれた人間至上主義を思い出す。人間にとっては、魚人族や人魚族も下等種族の扱いなのだろう。

 自分はスラムにいたから人間至上主義の思想は植えつけられていない。それは誰とも平等に接する上で、なによりもいいことなのではとレックスは気がついた。

 文句を言いながらも男たちは氷菓子を受け取ったようで、レックスたちは一旦見ないふりをすることにした。


「んだよこれ、ただの氷じゃねぇか!」

「金払って食うもんじゃねぇな」


 男たちは一口、氷菓子を口にしたかと思うと大声で嘲笑(ちょうしょう)を始めた。

 その場にいた誰もが、不快に満ちた目で男たちをちらちらと見ながら通り過ぎていく。

 だが、(すで)厄介(やっかい)そうな男たちに反論したらなにかしらトラブルになるのは違いない。気にしながらも男たちの横を通り過ぎていった。


「ちょっと!」


 しかし、セレナは違った。セレナは飛び出して男たちの前に立つ。


「おじちゃんに謝って。あと氷菓子を考えた人にも」


 セレナは店主を指差す。店主は「セレナちゃん、いいよ」と必死に首を振っていた。


「あ? なんだぁ?」

「お嬢ちゃん、誰に楯突(たてつ)いているのか分かってるのかな?」


 (あざけ)るように、男たちはセレナにゆっくりと近づく。

 (ほお)を一筋の汗が流れるも、セレナは(にら)むように男たちを見上げていた。

 セレナの表情を不快に思ったのか、男の一人が手を上げる。拳はセレナに降りかかり、セレナは思わず顔を(おお)って身を守る。


「女の子に手を出すのか」


 すんでのところで、レックスが男の手を掴んで止めた。


「レックス……」

「んだよ、お前の女か?」


 男の手を離さないまま、レックスは男を強く睨みつける。


「違う。だけど、お前たちは俺を怒らせるのに十分なことをした」


 レックスの手元でチリ、と火の粉が散る。


「やるなら受けて立つぞ」


 レックスの腕を振り払い、男はニヤリと笑う。男はレックスの胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。


「させません」


 二人の間にマリカが入り、マリカは腰に()えていた剣を男に向ける。()(さき)が男の首元に届き、男はレックスから手を離して後ずさる。


「この場であなたたちは今、悪であることに気がつきなさい」


 マリカに言われて男たちが周囲を見回すと、魚人や人魚たちの冷たい視線。味方はどこにもいないと判断した男は、レックスの胸ぐらを乱暴に離す。


「……ちっ。行くぞ」


 吐き捨てるように(つぶや)き、男たちはばつが悪そうに広場をあとにする。去り際に食べかけの氷菓子を地面にぶち()けて去っていった。


「おじちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。君たちもありがとうね」


 すぐさま店前の掃除に入った店主は、レックスたちに何度も頭を下げた。

 お礼をと言われたが、レックスたちは特になにもしていないと店主の感謝を受け止めるだけで終わった。


「レックス、魔法使おうとしたでしょ」


 セレナと店主が話している間、マリカは小声でレックスに伝える。


「あぁ。スフェーンじゃないから問題ないだろ」

「そうじゃなくて、人間と魔族かもしれない人が一緒にいるって知られてしまうわ。レックスにとっても私にとっても、あまり好ましくない状況になるわよ」


 マリカの言葉の意味をレックスはおおよそ理解した。

 素性(すじょう)を隠すことは自分の身を守るだけでなく、マリカの人間という立場を守るために必要ことだと。


「分かった。本当に必要なときだけ魔法を使うことにするよ」

「……分かっていないじゃない」


 笑顔で答えるレックスに、マリカは深くため息をついた。

 そこに片付けを終えたらしいセレナがレックスたちに駆け寄る。


「二人とも、本当にありがとうね。あたしからもお礼を言わせて」

「褒められるべきは、真っ先に立ち向かったセレナだよ。セレナは誰よりも勇気があるよ」


 レックスに言われ、セレナは照れくさそうに頭をかいた。


「そうだ。二人とも、ベリルを出るなら潜水艇(せんすいてい)を使えばいいよ」

「潜水艇?」

「地上でいう馬車みたいな感じの乗り物。地上の商人も潜水艇を使って行き来してるんだよ」


 ベリルにもそういった乗り物があるのかとレックスたちは感心する。

 自分たちと同じように魔法陣を通ってくる人はそうそう――ほぼいないだろう。

 そういえば、あの魔法陣がなんなのかレックスたちは未だに分かっていなかった。誰がなんの目的でスフェーンとベリルを繋げたのか。セレナに聞けば分かるだろうか。


(……いや、今はいいか)


 来たときに魔法陣の話をしたが、セレナは特にこれといった反応を見せていなかった。無理に尋ねてセレナを混乱させるわけにはいかない。

 それより、ベリルを出発する手段が判明した。準備が整ったら今すぐにでも出発したい気分だった。


「潜水艇の場所まで見送るよ」


 セレナの優しさに感謝しながら、レックスたちは潜水艇がある場所へと向かった。

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