第14話 「ようこそ、海の国ベリルへ!」
Side.勇者時代
魔法陣に降り立ったレックスとマリカ。
魔法陣から放たれた眩しい光と浮遊感に、二人は思わず目を閉じる。
浮遊感がなくなるとどこかに着地したのだと分かり、レックスたちは目を開ける。じゃり、とした感覚がして視線を向けると足元には白い砂。顔を上げると、レックスもマリカも言葉を失った。
目の前には揺らめく青い光。そして魚たちが悠々と泳いでいた。
ここが海なのだと、二人はすぐに理解した。レックスたちも海中にいるのかと思いきや、空気の層のおかげで二人は地上と変わらない呼吸ができていた。
「ここは……」
レックスが声を漏らす。マリカもここがどこなのかと、周囲をしきりに見回していた。
「レックス、あれ……」
マリカの声に振り返ると、レックスは信じられないものを目にする。
そこには、二体の巨大な像があった。一つは魚の頭をした男性の銅像、もう一つは下半身が魚の女性の銅像。どちらの像も堂々とした佇まいをしていた。
「ここ、もしかして海の国かしら」
「海の国?」
レックスの問いにマリカは頷く。
「魚人族と人魚族という種族が海の中に暮らしているのを聞いたことがあるの。もしかしたら、ここがそうなのかもしれないわ」
マリカの解説にレックスは感心する。
スフェーンしか知らないレックスにとっては、そんな国が存在するという事実だけで十分驚きに値するものだった。
「お前たち、何者だ」
像を呆然と見上げるレックスたちは、誰かから声をかけられる。
視線を向けると、そこに立っていたのは像と同じように魚の頭をした男性だった。魚人は槍をレックスたちに向けて構える。
「商人……ではなさそうだな。不法入国か?」
魚人の男は訝しげにレックスたちを一瞥する。レックスはボロボロの身なり、マリカは宿屋の制服。どちらも魚人の男の言う商人の格好ではなかった。
疑われていると瞬時に判断したレックスはマリカの前に立つ。
「不法入国ではありません。俺たちは魔法陣を踏んで――」
そこまで言いかけたレックスをマリカが制止する。
マリカは首を振り、魚人の男をしっかりと見据える。
「私たちは訳ありの者です。少しこちらに滞在させてもらうことはできないでしょうか」
「いや、簡単に言いますが……」
魚人の男は戸惑っているのがレックスの目から見てもよく分かった。マリカの切実な訴えにどう返せばいいか迷っているようだった。
「ベリルに入国するには入国許可証が必要でして――」
「迎えてもいいんじゃない?」
言葉を遮ったのは、魚人の男の後方から聞こえた。レックスたちが見ると、そこには二本足で立つ一人の少女がいた。
(女の子?)
レックスが疑問に思っていると、少女はレックスたちに近づく。
「セレナか。子供はあっちに行ってなさい」
「子供じゃないってば。あたしは海の精霊でーす」
「だから、いつもの冗談はやめなさい」
魚人の男が呆れた調子で言うと、少女は不機嫌そうに頬を膨らませる。
少女は軽い足取りでレックスたちの元に歩き、レックスたちの前に立つ。
「二人とも、名前は?」
少女の笑顔にレックスとマリカは顔を見合わせる。まさか人間の少女がいるとは思わなかったために。
「俺はレックス」
「レックスか。……うん、いい名前だね」
困惑したままレックスが名乗ると、少女は一瞬驚いたあとに感慨深そうに頷いた。
「そっちの子は?」
「わ、私はマリカです」
「マリカね。初めまして、あたしはセレナ!」
セレナと名乗った少女はレックスたちに手を差し出す。レックスたちが手を出すと、セレナは嬉しそうにしっかりと手を握った。
「セレナ、今は大事な話をしているんだ。遊びじゃないんだよ」
「どうせ入国問題でしょ。じゃあさ、あたしの友達ってことにすればいいよね!」
セレナの発言には魚人の男だけでなく、レックスとマリカも驚いた。
「友達だから特別枠! これなら問題ないと思うよ!」
「流石にそれは……」
「大丈夫! 海の精霊の権限ってことで!」
魚人の男が言葉を返す前に、セレナはレックスとマリカの手を引く。
「ようこそ、海の国ベリルへ!」
セレナに招かれたレックスたちは、足を踏み入れた街並みに驚いた。
まるで地上と同じように人の波――魚人と人魚だが――があり、屋台や店が軒を連ねていた。
スフェーンとなんら変わりない光景に、レックスもマリカも呆然と街並みを見渡していた。
「そんなに珍しい?」
「ここ、海の中なんだよな。海の中にもこんな世界があるんだな……」
「そうだよ! 海中だけど生活は地上と変わらないよ!」
海の世界が誇らしいと言わんばかりに、セレナは自信満々に胸を張る。
「そういえば、二人はどうしてここに来たの?」
セレナの疑問に、レックスとマリカは顔を見合わせる。
出会って間もない人に伝えてもいいのだろうかと、不安に思っていた。ただ特別に入国してくれた恩がある。
「この子は多分悪い人じゃないと思うんだ。マリカはどう思う?」
「私もそう思うわ。全部じゃなくても、ここに来た理由を伝えればきっと十分よ」
小声で話し合いを終え、レックスたちはセレナに向き合う。そしてこれまで起こったことを伝え始めた。
レックスがマリカを危機から救ったこと、兵士に追いかけられたこと、不思議な魔法陣を通って来たこと。レックスの素性と家族を探しに旅を始めたこと。
レックスが魔法を使えることは言わなかったが、それでも十分に伝わる内容だった。
「そっかぁ。二人とも大変だったんだね」
話を聞き終えたセレナは、腕を組んで深く頷いていた。
「地上は大変かもしれないけど、ベリルはいい国だから安心してね!」
セレナが満面の笑みで言ったために、レックスもマリカも自然と言葉通り安心できた。
すると、セレナはレックスとマリカを上から下までじっくりと眺める。見定められていると言ってもいい視線に、レックスとマリカはたじろぐ。
「ど、どうした?」
「まずは二人とも着替えよっか。動きやすい服装の方がいいよね!」
セレナも服装は気にしてくれていたようだ。
安堵したレックスたちは、セレナを先頭にして歩き出した。




