第13話 「レックス、大きくなったねぇ」
話し合いが無事に終わり、レックスたちは王に謁見することにした。
レックスは復興大臣になっていること、セレナの温情でベリルに入国していること、先ほどの話し合いの概要を伝えた。王は穏やかな表情でレックスたちの話を聞いていた。
「どうだね。今日はベリルで休んでいきなさい」
退室しようとしたところ、王からそんな提案をされた。予想していなかった提案にレックスとマリカは戸惑ったが、セレナが「いいね!」と言ったことであっさりと決まった。
その後はすぐに二人の部屋が用意され、レックスたちは王宮で一晩過ごすことになった。
夕食は王宮で用意された食事を食べる予定だったが、セレナが二人を外に連れ出した。
「美味しいお店知ってるんだ! レックスとマリカを案内するよ!」
セレナがレックスたちを連れて行ったのは、地元の飲食店。労働終わりの魚人や人魚が酒を片手に盛り上がっていた。宿屋でも似たような賑やかな光景は見たことあるな、とレックスはすぐに親近感を抱いた。
マリカも同じ感想を抱いていたようで、「なんだか懐かしいわね」と呟いていた。
「セレナちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは。今日はお客さんを連れて来たんだ!」
セレナはレックスとマリカを紹介する。氷菓子の店主と同じ好意的な反応をして、店員はレックスたちを案内する。
「これが料理一覧。好きなもの頼んでいいよ」
レックスたちは料理表を見せてもらうが、どれも馴染みのない料理ばかりだった。
首を捻るレックスたちに気がついたセレナは、「そうだった」と苦笑する。
「二人ともこういうお店は初めてだったね」
「そうね。前回来たときは氷菓子しか食べていなかったわね」
「じゃあ苦手なものとかはない?」
「そもそも海産物を食べる文化がスフェーンにはないの。分からないからセレナに任せるわ」
「分かった。せっかくならベリルらしい料理がいいよね」
セレナは料理表を上から下まで眺める。すぐに決まったらしいセレナは近くにいた店員を元気よく呼ぶ。
「海藻の盛り合わせとイカ墨煮込みに、タコの串焼きと貝出汁のスープ、それと海藻酒一つ!」
何気なく酒を注文した気がしたが、セレナならいいかとレックスたちは無理矢理納得する。
注文が終わると、マリカはうきうきとした調子で店を見回す。
「私は魚しか食べたことがないから、魚料理以外を食べられるのが楽しみだわ」
「魚も美味しいよね。塩焼きとか大好きだよ!」
レックスは魚を食べるどころか、塩水を舐める程度の経験しかなかったため、マリカとセレナの話に曖昧に頷いた。
すぐにセレナの頼んだ酒が運ばれてきて、セレナは樽ジョッキを手に取る。
「あたしだけ悪いねぇ」
「俺たちは酒を飲まないからな。セレナは好きなだけ飲みなよ」
「そんなこと言われたらたくさん飲んじゃうよ!」
セレナは豪快に酒を呷る。
「ぷはぁ、海藻酒最高!」
セレナの弾けるような笑顔に、酒を飲んでいないレックスとマリカも自然と笑顔になる。
そういえば、旅をしたときもセレナとポーラが酒を酌み交わしていたのをレックスは思い出す。
ポーラはちびちび飲んでいたが、セレナは今と同じように豪快だったと、当時を思い返してレックスは懐かしくなった。
「レックス、なに笑ってるの?」
「いや、セレナは元気だなと思って」
「もちろん、あたしは元気が取り柄だからね!」
上機嫌になったセレナは、上を向いて酒を勢いよく飲み干す。
「お待たせしました。海藻の盛り合わせとお先にタコの串焼きです」
「ありがとう。あと海藻酒おかわり!」
セレナはすぐさま二杯目を注文する。
一方で、運ばれて来た料理をまじまじと眺めるレックスとマリカ。真剣な二人の様子を見てセレナは面白そうに笑う。
「見た目は珍しいと思うけど、味の保証はするよ」
料理を見つめていたレックスが串焼きを一本手に取り、口に運ぶ。
「うん、美味い。塩味と焼き加減がいいな」
「でしょ! 屋台でもよく食べられてる定番の料理だよ!」
レックスはすぐに一本目を食べ終えて二本目を手にする。
マリカは盛りつけられた海藻の一欠片をそっと口にする。咀嚼しながら段々と表情が明るくなっていく。
「食感が不思議ね。味はとても美味しいわ」
「うんうん。味付けに酸味のある果実を使ってるから、すごく食べやすいんだよ!」
二人の感想に嬉しくなったのか、セレナはぐいっとジョッキを呷る。
「まだまだ料理は来るよ。最後まで楽しんでね!」
セレナの言葉に、レックスとマリカは笑顔で大きく頷いた。
「ふへぇ、もう飲めないよぉ……」
数時間後。セレナはふにゃりとした笑顔で机に突っ伏していた。
机にはセレナが飲んだ酒のジョッキが大量に置かれていて、どれだけ飲んだのか一目で分かる量だった。
「途中で止めれば良かったな……」
「セレナが楽しそうだったから仕方ないわね」
レックスとマリカは、ふにゃふにゃのセレナを見て苦笑する。
「遅くなると申し訳ないし、そろそろ王宮に戻るか」
「そうね。セレナ、起きてちょうだい」
マリカに優しく背中を叩かれ、セレナはむくりと体を起こす。
「請求は王宮によろしくぅ!」
ふらふらと覚束ない足取りでセレナは立ち上がる。レックスはセレナを支え、店員に何度も頭を下げながら店を出た。
「酔っ払い扱いすんなぁ」
「十分酔ってるだろ。ほら、王宮に戻るぞ」
レックスは宿屋で働いていたときも酔っ払った宿泊客を部屋まで寝かせに行っていたため、少女一人を支えるくらいなんてことなかった。
足元は覚束ないが、セレナに歩く意思があることにレックスはなによりも感謝した。
酔っ払ったセレナに道案内をしてもらいながら、レックスたちはなんとか王宮に辿り着いた。入り口に立っていた衛兵に感謝と謝罪をされながら、それぞれ用意された部屋に向かう。
「俺がセレナを寝かせるから、マリカは先に部屋に戻ってていいぞ」
「大丈夫? 私もついていくわよ」
「平気だよ。俺一人でなんとかなるよ」
上機嫌のセレナをちらりと見て、マリカはふぅと息を吐いた。
「ありがとう。それじゃあ任せるわね」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみなさい」
マリカと別れ、レックスはセレナを支え直す。
「さて、セレナ。部屋はどっちだ」
「あっちだよぉ」
レックスはセレナが指差す方向に歩いていく。広い王宮の中で果たして合っているのかは不明だが、セレナについていくしかない。
しばらく歩いていると、明らかに王宮の中心へと近づいている気がした。本当に部屋はこちらで合っているのかと疑いたくなった。
「こっちで合ってるのか?」
「合ってるよぉ。あたしは端の適当な部屋でいいって言ってるのに、みんなが特別な部屋に入れたがるんだもん」
セレナの立場上、適当に扱うことなんてできないだろう。
自分がどれほど偉い存在なのか自覚しているのか。セレナのことだから、特別扱いをされずに一般市民と同じ生活をしたがるかもしれない。
今日食事をした居酒屋だって、本来なら王宮に住むような人物が訪れるような店ではない。セレナはどこまでも自分の生きたいように生きる、自由な存在なのだと改めて気がついた。
「ここだぁ」
ようやくセレナの部屋に辿り着いた。
「開けるぞ」
「どうぞぉ」
レックスが扉を開けると、部屋の中は予想以上に広かった。珊瑚で飾られたシャンデリアや、真珠が灯すランプ、奥には天蓋付きのベッドが置かれている。敷かれている布に特別な素材が織り込まれているのか、光に照らされてキラキラと反射していた。
それだけなら豪華で神秘的な部屋だが、そうではなかった。
机には転がったペンと書類の束、菓子の包みなどが散らばっていた。ここまで散らかるものかと、レックスは乾いた笑いをこぼす。
(どこまでもセレナらしいな……)
まずはセレナを寝かそうと、部屋に入ってベッドへと向かう。セレナをベッドまで連れて行って優しく寝かせると、セレナは枕を抱いて小動物のように丸まった。
「ふわぁ、気持ちいいぃ」
こうして見ると一人の少女のようで、レックスから思わず笑みがこぼれた。
ベッドに寝かせれば大丈夫だと、レックスは部屋を出ようとする。
「レックス、どこ行くのぉ」
しかし、セレナにマントの裾を引っ張られる。首が絞まり、体勢を崩したレックスはベッドに倒れ込んだ。
「セレナ、なにするんだよ」
「あたしが寝かせてあげるよぉ」
「俺も部屋が用意されてるからいいってば」
「遠慮しなくていいんだよぉ」
セレナはレックスに寄り添い、とんとんと一定の調子でレックスを優しく叩く。その光景は、まるで子供を寝かしつける母親のようだった。
「レックス、大きくなったねぇ。最初に会ったときは赤ちゃんだったのに、まさか成長した姿を見られると思わなかったよぉ」
昔を懐かしむように、セレナはレックスを優しく叩き続ける。レックスを見つめるセレナの瞳は慈愛と優しさに満ちていた。
レックスも抵抗するのをやめて、大人しく身を任せることにした。
「復興大臣にもなって、どんどん大人になってるねぇ」
「俺もいつまでも子供じゃないからな」
「あたしからしたら、みんなずっと子供だよぉ」
柔らかい笑顔で語るセレナだが、段々とレックスを叩くセレナの手が遅くなっていく。
気がついたレックスがセレナを見ると、セレナはすぅすぅと寝息を立てていた。レックスは小さく笑い、セレナが依然掴んでいるマントだけを脱ぐ。
(こんな自由な海の精霊なんて、セレナ以外いないだろうな)
一人の少女として特別扱いをされたくない海の精霊なんて、変わり者にも程がある。
だが、それを含めてセレナのいいところなのだとレックスはセレナを優しく撫でる。
「おやすみ、セレナ」
静かに立ち上がり、レックスはセレナの部屋をあとにした。




