本物
――ガーベラ王女がおそらく初めて、心底驚いた様子を見せた。
王女だけではない。隣にいるダリアも、後ろに控えているサラも。仮面の女も、そしてウサギも――デイジーだと言われたその人も、素顔を隠しているものの伯爵の発言に驚愕しているようだ。それでも伯爵は自らの発言を覆さない、ただその目は彼がデイジーだと断言するウサギのみを捉えている。
「僕が井戸の怖い話をして、そのラストを先に言われてしまった時……真っ先にそれを止めようとしたのは君、ウサギだった。誰よりも早く、あくまで僕ではなくそこの仮面の女にやめさせようと……」
「……先ほども申しましたが、その話は異国の怪談でも比較的ポピュラーだしデイジー嬢でなくとも知っていたって不思議ではないでしょう? たったそれだけでこのウサギがデイジー嬢と決めつけるなんて、ずいぶん浅はかな発言ですね」
ガーベラ王女はぴしゃりとそう言ってのける。
羽虫を叩き落すような、一切の容赦ない強い口調。しかし伯爵は自分の発言を取り消すことなく――ヘタレで根性なしの彼にしては珍しく、強気で言い返す。
「確かに、異国の井戸に関する話を知っているのはデイジーだけじゃないかもしれない。だが……デイジーは本当に、心の底から純粋に怖い話が好きな女だ。彼女の養父に井戸を模したオブジェをねだったり、『異国の作法だから』と言って家中のキャンドルを集めようとしたり……少なくとも今日の茶会のような、複数人で怪談を口にする際の流儀みたいなものにはこだわりがある」
ポッツオ伯爵家の一角に作られた、おどろおどろしい井戸。まだまだ井戸に対する恐怖心がぬぐえないビビり伯爵が正直、近づきたくないと思うほど凝ったそれはデイジーの怪談好きを示すものだった。前髪を弄ってばかりだった、デイジーの養父を思い出しながら伯爵は続ける。
「デイジーは、普段はすまし顔でなんてことない顔をしているが自らの『契約妻』という立場が揺らぎそうになったらすぐに言い返してくるし、怖い話に関わると目を輝かせてあれこれ喋り始める……それだけ、負けん気の強い一面のあるデイジーが自分の大好きな怖い話を披露しあう場所で黙っているとは思えない」
それに、何より。
伯爵は一度、息を飲むと真っ直ぐにウサギを見据える。それから造形だけは無駄にいい顔を確かな自信で固め、堂々と言い放った。
「先ほど、君は言った……『話の一番怖い部分を語り手より先に話してしまうのは最大のマナー違反』だと。怖い話をするにあたって、それが最悪のマナー違反だとするのなら……誰より怖い話が好きで、特に井戸に関わる話を深く愛するデイジーがそれを許すはずがない! だから、僕の話が中断されるのを真っ先に止めようとしたんだろう!」
伯爵は女にモテる以外、能無しでクズな正真正銘のゴミである。だが――だからこそ女性に対する鋭い観察力だけは、本物だった。




