……えっ
「……例えその推測が当たっていたとして、人の仮面を無理やり剥がすのが無礼な行為であるということに変わりはないでしょう。それでもあなたが、私にこのウサギの面を脱いでほしいというのなら……今の私の主君である、ガーベラ王女に許可を求めてください」
ウサギは伯爵の方を向いたまま、淡々と語る。遠回しに肯定を意味するその言動に、ダリアとサラが希望を見い出した。だがそれを捻りつぶすように、ガーベラ王女はすっと表情を消し毅然と言い放つ。
「先ほども言った通り、私はあなた方に対して少なからず怒りを感じているのですよ? あらゆる男に色目を使いまくるレディー蛾の存在。それを野放しにしている無責任さ。そうやって放置した末に、十二番目とはいえ王子であり私の愛する夫にちょっかいをかけたこと。王女として、元・侯爵令嬢として。あなた方やあなた方の住まう王国の、身勝手な行動や杜撰さが我慢ならないのです」
あくまで自分が最上位であることを意識しながら、あえて傲慢に振る舞うようにガーベラ王女はつんと鼻を上げてみせる。結果的に見下すような形になったまま、ガーベラ王女は話を続ける。
「もちろん、私個人も決して良い感情を持っているわけではありません。どこぞの鱗粉大爆発な馬鹿女が夫に言い寄ったなんて、一人の女として鼻持ちならない事実ですから……それ自体は王家としてこちらから正式に抗議していますし、あなたにもそれ相応の厳重注意があったとお聞きしているから追及するのはやめておきます。ですが、国や王家の不始末はそう簡単に覆せませんよ?」
「……それについては十分に承知しております」
口ではそう言ったものの、こればかりは伯爵一人でどうにかなるものではない。
どんな国にも悪人や犯罪者は存在する。だが国家の手腕が問われるのは、「そんな彼らをコントロールできるかどうか」だ。法律の整備や防犯意識の向上など、努力を重ねていても第三者に被害を与えたならその責任はとらなければいけない。ましてガーベラ王女は隣国に嫁いだとはいえ、元は侯爵令嬢。サラやデイジーといった王家の影の事情も、きっと伯爵が思うよりもっと知っていることが多いのだろう。だからこそ、デイジーの落ち度に目が行くしそれを追及して咎めることができる。
先ほどまでの威勢はどこへやら、言葉に詰まる伯爵の代わりにサラがすっとガーベラ王女の前に出る。
「マーガレット・パールの件に関しては、こちらも然るべき対応を検討しているところでした。シン王子に近づけてしまった事実は完全にこちらの落ち度ですし、『努力を怠った』と言われても否定しようがございませんが……マーガレット・パールの『処置』は既に決められています。王子のお気に入りの平民を虐めたとか、男同士が自分を奪い合うのを見て楽しんでいたとか罪状には事欠かなかったので今は王城の地下牢に軟禁しているところです。ただ、今のところあくまで拘束しているだけなのでお望みとあればどのような『処罰』でも加えることができます」
さらっと恐ろしいことを言うサラに、内心ぎょっとする伯爵だがガーベラ王女は眉一つ動かさない。「それがどうしたと言うのです?」と鼻で笑うと、伯爵とサラを交互に見やる。
「こちらは蛾が纏わりついてきたのが不愉快だというのに、その蛾を好きにしていいから許してくださいなんて言われても困りますね。デイジー嬢とサラ、それから馬鹿……女好きのモンターニャ伯爵がそれぞれ自己管理ができていないからこうなったのでしょう? だから私も『然るべき対応』を取らせていただくだけです。『私はあなた方の国の王家へ直々に抗議した、その代わりにデイジー嬢を貰い受けた』『私の従者の仮面を無理やり剥がそうとするなんて許せない』、私の言いたいことはこれだけです」
言い直したが伯爵を罵倒していることに変わりはないガーベラ王女は、また余裕を取り戻したようだ。奇抜なメイクでただでさえ威圧感を感じ、足がすくんでいる伯爵へさらに言葉の攻撃を投げつける。
「伯爵のプレイボーイっぷりは隣国へ嫁いだ私の耳にもちょくちょく入ってきました。それはもう、今まで食ったパンの枚数くらい、何度も……そのわりにあなたは愛人の手綱を握ることもできなかったし、契約妻の手を取ることもできなかった。そんな男の言葉を素直に聞いてやるつもりなど第十二王子妃であり、一人の女でもある私にはできません。あなたが、このウサギがデイジーだと断言するにしてもどれだけそれに確信を持っているのか……それに見合う覚悟があるのかが、感じられないのですよ」
一言一句、言い聞かせるようなガーベラ王女の台詞は伯爵の心に突き刺さるようだ。もともと小心者である彼は、言い返すこともできずにすぐ俯いてしまう。
もはや老若男女問わず誰にでも言及されまくっている伯爵のスケベっぷりは、否定できない事実だ。さりとてガーベラ王女が言うところの「覚悟」をどうやって見せればいいのかも、愚かなる伯爵にはわからない。そのアホらしいほどの女好きで「ウサギがデイジーである」という確証を得ることはできたが、それからどうすればいいのかまでは頭が回らず……伯爵は「僕がデイジーの、契約妻の手も取れなかったのが悪いとおっしゃるのですか」と子どもっぽく、拗ねた口調で呟いた。
しかしそれを聞いたダリアが、はっとした表情でいきなり立ち上がる。そのまま活気を取り戻した表情で、部屋にいる面々を一望すると期待に満ちた声で口を開いた。
「――なら私とブルーノ様、そしてサラの三人でそこにいるウサギ……デイジー様の手を取ることができたらガーベラ王女は納得してくださいますか?」
その場にいる人間が「……えっ」と同じ声を漏らした。




