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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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何をおっしゃいます

 言いながらダリアは仮面の女の方へキッと強い眼差しを向ける。


 顔を隠した仮面の女とウサギの表情は誰にもわからないが、代わりにサラがわずかに目を見開いた。ガーベラ王女は相変わらず汚いものでも見るかのような眼差しを伯爵に向けているが、ダリアはそれを跳ね返すようにさらに言葉を重ねる。




「デイジー様は異国の怪談がお好きで、特に井戸に纏わる話に関してはかなり詳しいようでした。それはデイジー様のお父様も認めるほど、筋金入りのもので……先ほど、あなたが結末を口走ってしまった話。ブルーノ様が話題にしようとした話も井戸が舞台のお話でしたよね? デイジー様は、あなたは先にその話を最後までご存知だったから。それぐらい井戸の話がお好きだったから、つい話の最後までをブルーノ様より先に口にしてしまったのでは?」




 ゆっくりと、だが一つ一つの事柄をしっかり確認するように話してみせるダリア。静かだが、その言葉の節々には尋問するかのような勢いが込められている。しかし仮面の女は特に驚いた様子も見せず、何も答えないままでいる。代わりにガーベラ王女がすっと目線を右上に逸らしながら、ダリアの問いに答えてみせた。


「あの話なら、デイジー嬢でなくとも知っていたって別に不思議ではないでしょう。なんでも異国では『井戸と言えば幽霊、幽霊と言えば井戸』と言われるぐらい井戸と怪奇現象は親密な関係にあるそうですからね。今回の茶会でこの者を同席させたのも、彼女がデイジー嬢と同じように井戸の話が好きだったからです。デイジー嬢とは一切、関係ありませんよ」


 ねぇ? とガーベラ王女が仮面の女の方を見ればそこで初めて仮面の女が頷いてみせる。すぐさま反論しようとするダリアを制するように、仮面の女は伯爵の話を遮った時と同じ凛とした声をその場に響かせる。


「私もそのデイジー様とおっしゃる方と同じように、怖い話が好きですい井戸に関する話の知識を少しは持ち合わせております。その手の類の話を集めた『あなたも私も井戸へGO!』という有名な本も、愛読書と言えるぐらいには目を通しているつもりです。けれど、それはたまたまであって私があなた方のおっしゃるデイジー様であるという確証にはなりませんよ」


 仮面の女はそう言いながら、さりげなくウサギの方に顔を向ける。仮面で顔を見せずにだが、その頭の動かし方からして次はこのウサギに発言権を与えるということなのだろう。ウサギもそれを了承したのか「やれやれ」と言うように大仰に肩をすくめ、茶会が始まってからずっと持ち続けていた斧を肩にかけるとそこで初めて言葉を発した。


「私も怪談話が好きですし、ドキュメンタリー風ホラーエンタメ小説だって読み漁っているのでそちらの方のお話はすぐに『お聞きしたことのある話だ』と確信しました。とはいえ、話の一番怖い部分を語り手より先にこちらの人間が話してしまうのは確かに最大のマナー違反ですね……止められなかった私も無礼でした。改めて、申し訳ありません」


 ウサギが頭を下げれば、「何をおっしゃいますウサギさん」と仮面の女もわざとらしく頭を下げる。


「井戸に関わる話は異国の怪談の中でも有名で、私も比較的早い段階に知ったものですから話の導入を聞いてすぐ『あっ、この話だ』とピンときてしまい……まだ怪奇文学などの知識が浅かった頃、耳にした話だったから懐かしさが込み上げてきてつい伯爵より先に話の筋を口にしてしまいました。本当に、申し訳ありません……」




 ――その言葉は仮面の女の、謝罪に見せかけた責任転嫁だった。




 それは伯爵たちが茶会の場に流れる気まずい空気を収めつつ、ガーベラ王女が自分たちへ接触するチャンスを作るよう仕向け――ついでに伯爵の面子をほんのちょっと守るためにやった安っぽい芝居と同じような流れであった。


 伯爵たちがそれを仕掛けてきた時はガーベラ王女が大人しくその流れに乗っかり、今この場へ誘導してくれたものの今度はガーベラ王女たちの方から仕掛けられた形だ。ここで伯爵とダリア、サラが選択すべき正解はこの即興の猿芝居に上手く落としどころを見つけること。


 このままお互いに謝り倒して、何事もなかったかのように会話すべきか。あるいはダリアの早とちりという形にして逃げ帰り、またガーベラ王女に接近する機会を狙うか。言葉に出されない圧、対人関係における微妙な匙加減。――しかしここで引き返したとして、デイジーを取り返すチャンスは再びやってくるだろうか?




「っ確かに怖い話をお好きなのであれば、井戸の怖い話はデイジー様でなくてもお聞きしたことがあるかもしれません。でもそのドレス、『怨霊の叫びを聞いてくれ』の衣装ですよね? そのドレス、デイジー様がお召しになっているところを見たことがあります。舞台そのものの人気はもちろん、作中でヒロインが着るそのドレスもまたデザインが魅力的であるという理由でして大人気のため入手するのも難しいはずですし、それも偶然なんてことは……」


「『怨霊の叫びを聞いてくれ』はこの国でも大人気の舞台ですし、むしろそれを『外国の王家も絶賛する舞台』という売り文句にされているぐらいですからね。一足早く我が国があのヒロインのドレスを流通させ、その一着を持っていて、『たまたま』従者に着せていたとしてもおかしなことではないでしょう。それに、私とてこの国の第十二王子妃。招待する客人たちに合わせて、特定の知識教養に詳しい者を連れてくるぐらいの気配りはいたしますよ」


 自身の推測を否定され、動揺した様子のダリア。そんなダリアと伯爵、そしてサラを一瞥するとガーベラ王女は余裕のある表情で、淡白な声を返す。




「まぁ、どうしてもとおっしゃるのなら私が命令してこの者の仮面を外させることはできますが……まさかそんな無礼なことを要求するわけ、ありませんよね? 女性が身に着けているものを無理やり外させるなんて、いくら隣国王家の代理人でも非常識で失礼極まりない行いです。もしそんなことを言われたら、私は愛しのシン王子に泣きついてあなた方を入国禁止にするぐらいしてしまうかもしれないですねぇ……」




 王女の挑発めいた言葉に、ダリアはかっと顔を真っ赤にするが何も言えずに唇を嚙みしめる。


 ダリアは仮面の女が、間違いなくデイジーだと思っている。だがそれを証明しようとすれば、もうこの国に来てデイジーを探すことは叶わなくなるだろう。仮面の女が確かにデイジーであれば、それでも問題はない。しかし――仮面の女が本当にただ「たまたま」デイジーと趣味嗜好が似ていただけの別人だったとしたら? 躊躇し、黙り込むダリアをよそにガーベラ王女は今度はサラへ目を向ける。


「サラ、あなたはデイジー嬢の専属侍女でしたよね? デイジー嬢の身近にいたのは、夫であるモンターニャ伯爵でも養父であるポッツオ伯爵でもなくあなただったはずです。あなたは、この仮面の女がデイジー嬢だと思いますか?」


 さぁ、どうなんです?


 迫るガーベラ王女に、サラは何も言わない。いくら王家の影の一員とはいえ、サラもこの国ではあくまで一介の侍女にすぎないのだ。いつもの凶器だって今、隣国王家の前という場ではさすがに持ち込めなかったのか一つも手にしていない。代わりにウサギがぎゅっと手斧を握りしめているのを、じっと見ているが――仮面の女はそんなサラを見ても、何もしなかった。


 ダリアとサラ、二人の女性が黙り込んで沈黙が落ちるとガーベラ王女はふんと鼻を鳴らす。もう伯爵たちに為す術はない、と判断したようだ。ここで話はおしまい、と言わんばかりに立ち上がろうとするが、そんな彼女を立ち止まらせる男がいる。それはクズで女好きでそのくせスーパービビりの、伯爵だった。


「あら、モンターニャ伯爵。あなたもこちらにいる仮面の女がデイジーだと思いますか? それともここは引いて、また出直すと? どちらです、あなたは何をおっしゃいますか?」


 さして感情的な様子も見せず、興味もなさそうに尋ねるガーベラ王女。


 この馬鹿、今更何を言うつもりだ? と見下す気持ちもそこにはあったのかもしれない。だが隣国に輿入れした王子妃であり、かつては侯爵令嬢として完璧な立ち居振る舞いをしていた王女はどこまでもゆとりを持っていた。反対に無駄に整った顔を青ざめさせ、自身がクズであることを隠しきれない伯爵はたじろぎつつ口を開く。






「……そこにいるウサギ。デイジーは、君じゃないのか?」


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