キャラ崩壊
「正直、私には理解しかねるな。デイジー嬢とダリア嬢、それからモンターニャ伯爵。この三人に『ファン』がいることも、いたとして彼らが王家の影に貢献しうるほどの力を持つのかも……はっきり言って、想像がつかない」
――バッサリ言い捨てる王弟殿下に、さすがのサラも顔を引きつらせる。
ここでサラが何をしようと――今までのように刃物を振り回して周囲を驚かせたり、逆にキャラ崩壊してしおらしく泣き出したりしても、王弟殿下が自分の言葉を取り消すことはないだろう。それは短時間、接触しただけの伯爵やダリアもなんとなく察している。この男は、そういう人間なのだ……だが、それでも心のどこかで「情に絆されてくれるのではないか」という期待があった。それをいともたやすく否定した王弟殿下は、続けてこう話す。
「人間なんて生き物は感情に弱い、冷酷、冷徹に徹したつもりでも結局は良心だとか真心だとかいうものに動かされてしまう……それは厳然たる事実だ。だが、貴殿らのためにも断言する。王族は人間ではなく、『王』という別の生き物だ。絆だの愛だの、そういった人間らしい感情を持つことは決してない。あくまで他の人間が抱くのを、利用するだけだ。今までも、これからもな……」
淡々と、さも当然のことを話すような王弟殿下の口調にサラは黙って下を向く。度胸のない伯爵も、度胸のあるダリアも、そんな彼女を見て沈黙することしかできなかった。
「……王弟殿下が、王家がそうだとしても私たちはそうではありません。デイジー様は、幼い時から王家の影として生きることを義務付けられ血の滲むような鍛錬にも耐えてきました。楽しみといえば寝る前の怪談話ぐらい、それ以外はずっと命令通りに動いて『影』としての存在を全うし続けた。……いくら王族が人ならざる存在だとしても、その苦しみを想像するくらいのことは可能でしょう……!」
弱弱しく、それでも精一杯に声を張り上げるサラ。虚勢にしかなりえないそれは、この場ではただ虚しく響くだけのものであっただろう。
だが王弟殿下は――
「あぁ、そうだな。理解すできずとも考えるぐらいのことはできる。デイジー嬢たちにファンとやらがいること、それが我が王家に利益をもたらすという話はまぁ納得はできた」
先ほどとは打って変わって、肯定の言葉を口にする彼にサラたちは「え?」と呆気に取られたような表情を浮かべる。
いきなり何だ、キャラ崩壊か? そんな疑問が湧く中、真っ先に王弟殿下の思惑に気がついたのは――意外なことに、愚かなる伯爵だった。
「……王弟殿下は、僕たちの味方をするつもりだと。そう、おっしゃりたいのですか?」
笑いすぎてもはや大爆笑している膝を必死に抑え、冷静さを装いつつ伯爵はそう尋ねる。サラとダリアは目を丸くするが、王弟殿下は伯爵のその言葉が予想できていたようだ。驚くことも、感心することもなく不敵な笑顔を浮かべている……それは伯爵の言葉を認めたも同然の態度だった。
相手を一度、貶してから褒めることで相手の心を掴み取る。心理学では『ゲインロス効果』と呼ばれるこのテクニックを、伯爵はなんとなく肌で感じ取っていた。人はずっと褒めちぎられてもわざとらしさを感じてしまうが、褒めてから否定されるとかえってマイナスな印象が働く。最初に相手の自信を揺さぶった後、それを挽回するようなことを口にした方が一番心に響いてくるのである。
ともすればモラハラや洗脳の一歩にもなりかねないこの手法は、恋の駆け引きという茶番が大好きな伯爵もうっすらとわかっていた。暇さえあれば女の尻ばかり追いかけているぼんくらだ、異性の関心を惹く技術に関してだけは詳しいのである……それを王弟殿下も自分たちにやろうとしている、と察した伯爵に王弟殿下は告げる。
「確かに、サラの提案は悪くない話だと思う。少なくとも『私なら』、デイジー嬢を解放したかもしれないな……しかし彼女は今の話で、納得するだろうか?」
大仰に肩をすくめ、「やれやれ」と言いたげに両手を上げる王弟殿下。伯爵に負けず劣らずのオーバーリアクションは、この場の空気すら楽しんでいるようだった。実際、彼――本人が言うところの「王」という生き物にとって、王家の影も伯爵の契約結婚も全ては国を作っていく上で作られた舞台装置の一つでしかないのかもしれない。それを示すかのように王弟殿下は、舞台俳優のように堂々と告げてみせる。
「実を言うとな――既にデイジー嬢の身柄は、私の元にないんだよ」




