うちはうち、よそはよそ
――伯爵もダリアも、何が起きたのか、わからなかった。
ただ王弟殿下の言葉に驚いただけではない。次の瞬間にはサラが、どこからか現れたか現れた衛兵に取り押さえられていたのだ。それを必死に振り払おうとしている彼女の手には、鋭利な刃物――今まで取り扱った凶器の中では一番小ぶりだが、人を確実に殺せる鋭利さを持ったものが握られている。それを見守る王弟殿下の表情は涼しいものだ、ぽかんとしている伯爵とダリアへも言い含めるように、落ち着いた口調でサラへ話しかける。
「そう怒るな、サラ。感情に任せて私を攻撃したところで何も始まらない。そもそも、そんなものがこの私に届くこともないがな。ひとまず落ち着きたまえ」
「っ何をおっしゃるのです! デイジー様は、デイジー様を、一体どこへ……!」
「だから、それをこれから話そうとしているところだろう。本当なら今、ここで『この私に危害を加えようとした罪』で首を刎ねられてもおかしくないのだぞ? 娘同然のデイジー嬢が、心配で堪らないという気持ちはわかる。だが人の話は最後まで、きちんと聞くものだ」
言葉ではそう窘めているものの、今はサラを煽っているようにしか聞こえない王弟殿下の発言。だがその内容は紛れもない事実だ、サラが悔しさを滲ませつつ抵抗を止めると衛兵たちは音もなくその場から退いていく。
「その……王弟殿下はデイジー様が今、どちらにいるかご存知なのですよね?」
ズレにズレまくった話題を元に戻す、気丈なダリアの発言。いきなりの接戦を見せつけられ、完全に腰が引けているチキン伯爵と違って度胸のある女性だ。それを認めてか王弟殿下はおどけたような口調で――しかしサラを嘲るように笑いながら、答えてみせる。
「デイジー嬢は隣国に渡った。いや、『引き取られていった』と言う方が正しいだろう。隣国の、ガーベラ王女が我が国に便宜を図る見返りとしてデイジー嬢の身柄を要求してきてな。私たちはそれに応じて、デイジー嬢を手放した。だから彼女はもう、この国の王家の影ではない。今はガーベラ王女のものであり、私の手元にはないのだ」
デイジーを完全にもの扱いするような王弟殿下の言葉。しかしそれ以上にインパクトのある人物の名前の登場で、その場にいた全員が息をのむ。
この国の侯爵令嬢から隣国の第十二王子に嫁いだガーベラ王女。その影響力、人望や人脈といった魅力は伯爵たちもわかっている。なぜなら鱗粉大爆発のマーガレットがシン王子のいる前で、その毒粉を撒き散らしたのが事の発端なのだから……ガーベラ王女はデイジーに八つ当たりできるだけの力と立場があるし、デイジーは王家の影としてその理不尽な罰も受け入れなければならない立場にある。その想像を裏付けるかのように、王弟殿下は続ける。
「王家の影など遺体が残るだけでもまだいい方だ。売国奴の汚名を着せられ獄死、存在そのものが抹消。そんな中でデイジー嬢はガーベラ王女によると『その才能を買い、ぜひ護衛騎士に任命したい』ということでこの国を出たのだ。これを幸せと言わず、どのような贅沢を望むのだ?」
「っでしたら! 専属侍女の私もご一緒に……!」
「残念ながらそれは断られた。私も一応、進言はしたぞ? だがガーベラ王女が『オマケはいらない』と言うのでな……いくら私でも、いや、私であるからこそよその王室に口出しはできない。例えどんなに些細なことでも、国のトップ同士で確執が生まれればどのような火種になるかわからぬからな……」
その言葉に、サラがギリッと音がしそうなほど激しく歯ぎしりをしてみせる。
王弟殿下に、そしてガーベラ王女に「オマケ」扱いされたこと。それ自体は大した問題ではない。もともとデイジーを国外逃亡させる計画を考えていたため、隣国にいることも大きな障害ではないだろう。
だが――そこに王族が絡むとなると話は別である。
うちはうち、よそはよそ。意外に人生の真理を突いたその言葉は、外交においても大いに当てはまる。例え愚王でも、暴君でも、玉座についている限り彼らは「王」なのだ。その一挙一動は国を動かす大事になるし、一族は強大な権力を持つ。王族は国そのものであり、王族に口を出すことはその国を丸ごと相手にすると考えて良いのだ。
その国にはその国のルールや文化があり、他国がそれを侵害することは絶対に許されない。そんな正論を持ち出されたら、ほとんどの「よそ者」は何も言い返せなくなる。だから王弟殿下が言うように、デイジーがガーベラ王女もの――よそ者になってしまった今、この国にいるサラたちにはもうどうしようもない――
「――でもデイジーは僕の妻です。契約結婚だろうがなんだろうが、僕と彼女は夫婦になった。それはよその国に行ったとしても、変わらないことでしょう」




