夫婦のことは
……この伯爵も、たまにはまともなことが言えるものだ。
おそらくこの場にいる全員がそう思ったに違いない。今の発言はそれぐらい正常で一般的、かつ真面目なものであった。それはつまり、普段の伯爵がその真逆をいく人間だということの証明になるのだが……そんな伯爵がたった今、この時ばかりは真剣にものを言っている。臆病なくせにプライドの高い小心者が、とにかく女に目がなくて女の関心を引くこと以外は生きる目的も信念もなさそうなゴミが、今は確かに自らを奮い立たせ本人の主張を口にしている。冷静に考えれば幼児レベルの行いだが、それすらも驚かれるぐらい伯爵は色ボケだしこの場は緊張感で満ちているのである……それでも言葉を発した伯爵の小さな小さな勇気に驚きを感じる面々へ、伯爵は懸命に話し続ける。
「ぼ、僕たちはこの国の王家に忠誠を誓っていますし、反旗を翻すつもりなど微塵もありません……ですが王家があくまで『王家の人間』として物事を決めるのと同じように、夫婦のことはまず夫婦で解決させるべきです。それにいきなり、割って入ってこられて妻を取られたのなら……王家に忠誠を誓い、反旗を翻すつもりなど微塵もないこの僕でも『妻を返せ』ぐらい申し上げたくなるものです」
「……相手が我が国との関わりも深い、隣国の王族であったとしてもか? 外交に私情を挟み、あれこれ勝手なことを言うのは決して許されることではないぞ?」
値踏みするかのような目をする王弟殿下の顔には、もう何の感情も浮かんでいなかった。
いや、心の底では何か感じてはいるのかもしれない。この愚かすぎるほど愚かな伯爵がこれ以上どんな愚行をしでかしてくれるのか、期待しワクワクしているか不安でヒヤヒヤしているか……だが王弟殿下はそれを他人に悟らせるほど甘い人間ではなかった。実質的な国王の立場を担っていなくとも、王族として人々の上に君臨するほどの鍛錬は受けてきたのだ。そんな彼の前では伯爵など取るに足らない、ただ女に目がないだけのうすのろだが……愚図なりに伯爵は勇気を100%に振り絞り、受け答える。
「た、確かに外交に夫婦の揉め事を持ち込むのは推奨されることではありません……ですが、全く行われていないわけではない。……歴史を見れば離婚したいがためにわざわざ新しい宗教を作り上げた国王や、愛人に入れ込む夫を反乱軍を率いて打ち倒した王妃だって存在したでしょう? それに比べれば僕が、『妻を返せ』と主張するぐらい当然なのではないでしょうか?」
――何度も繰り返すが、伯爵は女好きで女誑しで女泣かせの最低男である。
女、女、女……もはや「女」という言葉の意味がわからなくなるんじゃないかというぐらい女のことばかり考えているが、それゆえに女の関心を惹くための努力は惜しまない。貴族としての知識や教養――あらゆる国の歴史や政治知識、それを例示しての交渉力や相手に和解を求めるだけの会話術も蓄えているのだ。動機こそ不純だがその力、というかその力だけは確かな財産であり伯爵の取り柄とも言えるところである……現に今この場で、王弟殿下に「まぁ、一理あるな」という一言を引き出せるぐらいのことはできた。
「貴殿の言うことも最もだ、『夫婦のことはまず夫婦で解決させるべき』。そこにこの国の王族である私たちが介入するのは確かに筋違いだ……だから、やるなら貴殿らの力だけでなんとかするといい」
言いながら、王弟殿下がぱちんと両手を合わせる。かと思うと、その手を開いた拍子に一通の封筒が現れた。
「ガーベラ王女からの招待状だ。なんでも『どきどき怪談トゥナイト』というふざけた名前を冠しているが、要するに心霊話やそれに関わる事象を話題にした茶会が開かれるらしい。現国王は都合が合わないので私が行く予定となっていたが……私が貴殿らを代理人に指名する。あとは、貴殿らの責任で、なんとかしてみせるといい」




