そうなの?
「……なるほど、聞きしに勝る女好きだな。一体、何を拗らせたらそこまでなるのか不思議でならないが……貴殿も貴殿なりに、譲れない信条があるというわけか」
呆気にとられたような顔をした後、そう言ってみせる王弟殿下は――笑っていた。
彼にしてみれば伯爵のような馬鹿は真っ先に王家の血筋から消されるべき存在、本来なら視界に入ることもないほどのゴミクズなのである。実際、今回のデイジーに関わる騒動がなければきっと伯爵のことなんて気にも留めなかったに違いない。
王家の影なんて、所詮は手駒の一つ。その付属品なんて別に、壊れようが欠けようがどうでもいい……その気持ちに揺らぎはないが、予想外の馬鹿っぷりはこの王弟殿下にとって笑いのツボに刺さったようだ。人間性や心意気に胸を打たれたわけではない、ただ大道芸や道化師を見て「おぉ、すごいな」と思うぐらいの軽い気持ち。よくわからないポイントだが、王弟殿下の何かに刺さったらしいその笑いは場の空気をかなり緩ませ……はっと我に返ったサラが、口を開く。
「伯爵のおっしゃる通りでございます。デイジー様は伯爵夫人、その身柄を完全に消し去ることは王家の影にとっても非常に労力がいることでしょう。鱗粉大爆発のマーガレット様や、ここにいるダリア様との手に汗握る戦いも多くの人の心に刻み込まれております。それがぱったり消えたとなれば、誰かが違和感を持つようになるはずです」
「違和感、か……そんなもの些末な問題に過ぎないが、この面白い伯爵が協力者になりうるというのには興味があるな。さて、サラは一体この二人がいかなる協力ができると考えるのか? この私を、説得できるほどの材料があるのか?」
意地悪そうに、ニヤリと笑う王弟殿下。「面白い」扱いされた伯爵が不服そうな顔をするが、サラの表情は真剣そのものだ。背筋を伸ばし、堂々とした姿勢を貫きながらそれでも慎重に言葉を選ぶ。
「……王弟殿下のおっしゃる通り、伯爵は社交界にその名を知らぬ者なしの色男です。そして諜報活動において、色恋沙汰を持ち込むのは基本中の基本。女性から我が国のために必要な情報を引き出すことも、守ることも可能でしょう。そしてそれは、ダリア様にも可能……」
「ふむ、つまりハニートラップ要員にしたいというわけだ。けどまぁ、そういった『駒』は王家で常にストックしているものだよ。問題のデイジーにだって、一応そのための『教育』が施されている。それは専属侍女である君ならよく知っているだろう?」
え、そうなの? と間抜けな顔をする伯爵。
そのテクニックをなぜ僕に披露しなかったんだとおこがましい考えを抱いているが、サラはそれでも緊迫した面持ちだ。どこまでいってもハレンチなことしか考えない恥知らずの伯爵を放置し、会話は進む。
「仰せの通り、王家の影には美男美女もあらゆるジャンルに精通した魔術師のような者も多くいます。ですが……ですが、彼らの中に『ファン』を持つ者はいるでしょうか?」
「……ファン?」
いきなり現れた妙な単語に、王弟殿下は「何だそれは?」と言いたげに眉を動かす。耳慣れない単語にほんの少しだが、本心を吐露してしまったようだ。その隙を逃すまいと、サラは一気に畳みかける。
「自分と直接、利害関係のない人間を応援する第三者……時に愛おしみ、時に面白がる彼らの存在は思いもよらぬ事態を引き出すことがございます。ここにいる伯爵をめぐって、デイジー様がダリア様と手に汗握る壮絶なバトルを繰り広げていたことは王弟殿下のお耳にも入っているでしょう? それは私どものような使用人、もしくはそれに扮した密偵たちを通じて広まっていったものです。勝負事には誰しも心惹かれるものですし、そうなるとどちらか片方に肩入れしてしまうのが人間……モンターニャ伯爵家内部だけに留まりません。デイジー様、ダリア様、そして伯爵。今やこの三角関係を知っている者は全員、そのうちの誰かのファンという状態が出来上がっております」
あら、そうなの? と満更でもない様子を見せたのはダリアだった。
もともとダリアは自分の美しさに自信を持っていたし、それが勘違いにならないだけの美貌も兼ねそろえていた。だからこそ愛人という立場に甘んじながらも、形だけは正妻のデイジーへ真っ向から勝負を仕掛けたのである。使用人たちからの熱い声援、自分を推してくれる人々からの激励の言葉。その一つ一つが、何気に嬉しかったのだろう。ただ伯爵からの愛を得るだけではなく、別の愛の形――即ちファンを持つことは彼女の内心に、少なからず影響を与えていたのだろう。
一方――王弟殿下はそれがよくわかっていないようだった。王家の血筋、という絶対権力者に名を連ねる彼にとって「自分とは無関係の人間に純粋な好意を示す存在」がいることは容易には想像しにくい。人々の関心を惹きつける、という点では同じでも王族にとって「ファン」とは近くて遠い存在なのだ……だが王弟殿下もサラの主張することをなんとなく察してきたようだ。
あくまで感情を抑えた声で「そうなのか?」と尋ねる王弟殿下に、サラは必死で訴える。
「例えばデイジー様のファンには隣国とも繋がりを持つ商会の娘や、傭兵一族として名を馳せたご一家のご令嬢。ダリア様のファンには騎士団所属のご令息たちが、伯爵のファンには……えーと……とにかく幅広い派閥の人間が多数存在しております。しかも、彼らを動かすのは政治的しがらみや思想ではなくただ『なんとなく好き』という緩い感情のみ……今までの王家の影には存在しない、新たな強み。新たな兵力。これを逃す手は、ないのではないでしょうか……!?」
気がつけば、サラの拳が震えている。普段は感情を読み取らせず、淡々とした表情を見せている彼女だがそれでも今は必死なのだ。
どんなに刃物を振り回していようと、どんなに凶器を軽々と扱っていようと、サラだって結局ただの人間なのである。そんなサラの心情に気づいたダリアも、「僕のファンはいないのか?」と考える伯爵も、結局そうなのだ。
中立や論理的を試みても結局、最後は心に動かされる……王家の人間もそうなのか、それともそうではないのだろうか。その答え合わせをするように――王弟殿下はゆっくりと口を開いた。




