選ばれたのは
「伯爵はこの国でも有名な美男子で、周りにはいつも美しい女性ばかり侍らしていましたね」
菓子が尽きたのか、話題を変えるためか。サラは無駄に洗練された無駄の無い完璧な侍女の動きをして、テーブルの上を片付けると簡単な作りの人形を並べだす。それはいずれもボードゲームの駒のような、錐台に丸を乗せただけの簡単な人形ばかりだ。……だが女性らしい人形がどれもシンプルな顔をしているのに対し、伯爵の人形はなぜか虚ろな目に口を半開きにさせた間抜けな表情をしている。なんだかデザインに悪意がないか? 僕は「美男子」なんだろう? と図々しい文句を言いたくなるのをぐっと堪え、伯爵はサラの話を聞き続ける。
「恋は盲目、思案の外とはよく言ったもので情報収集に『色』を用いる部隊は必ず存在します。彼、彼女らはターゲットを虜にするとその手練手管でありとあらゆる情報を引きずり出す。そんな不届き者のせいで情報が洩れることがあっては、王家の恥だけで済まされない……王家の影はそんな連中を炙り出し、何かしら手を打たなければなりません。そうして選ばれたのは、伯爵でした」
サラが伯爵の人形の頭を、ぐいっと人差し指で押してみせる。アホ面の伯爵が「ぷぎゃあ」と無様な音を鳴らすと、現実の伯爵もイラっとして美しい顔を不快感に歪めた。そんな伯爵、の人形を抓んだサラはそれをすいっと持ち上げる。
「国中の美女と浮世を流し、恋多き男として知られる伯爵であれば他国の『影』も目をつける可能性が高い。伯爵がいい気になってどこかのネズミにべらべらとこの国の機密を漏らし、国防に支障が出てはとんでもないことになります。なので何としてでも、伯爵は絶対に抑えなければならない。絶対に、この手の内に収めておかなければならない。……王家の影はそう、判断したのです」
伯爵の人形が、サラの手の中でむぎゅっと握りしめられる。
ビジュアルだけでなく扱いにまで差をつけるサラに、伯爵は「お前も人形にしてやろうか!!」と悪魔のようなことを心の中で毒づいた。その一方で、横から話を聞いていたダリアが「あの、少しお待ちください」と小さく手を挙げる。
「確かに、ブルーノ様は聡明でお顔も整った素晴らしい方ですが……その、王家の影が目をつけるほどの危険人物でしょうか? 現王家に関わりのある家系でもありませんし、モンターニャ伯爵領地がそこまで危険視されるような要因をお持ちだとは思えない……もちろん私にとってブルーノ様は最愛の男性ですが、そんなに目をつけられるような方ではないかと……」
要するに「このクソ伯爵が国にとってそんなに重要か?」ということである。
なんだかんだ伯爵を愛しているなりに、フォローしつつもそれとなく事実を指摘するダリア。その美辞麗句に踊らされ、ころっと機嫌が良くなる超単純ベリーイージーモードの脳みそを持った伯爵は確かに国防の秘密に関わっているとは思えない。国の機密事項、と聞けばほとんどの人間は軍事関係や権力者たちの争いといった大きい火種の争いをイメージするものだ。この女たらしがすることなんて恋の火遊びぐらい、とてもそんな巨大な陰謀に巻き込まれるほどの玉ではないと誰もが考えるのだが……そのダリアの問いかけに、サラはふるふると首を振る。
「例え本人が秘密や大した話ではないと思っていても、我々からすれば重要な情報ということはよくあるものなのですよ。ある貴族の好物ははちみつたっぷりの甘い紅茶だとか、ある文官の妻は宝石好きでしょっちゅう買い漁っているとか……人が集まるところには、必ず情報も集まります。そして一つ一つは小さなそれも、知っていれば組み合わせて『利用』できる。心理的な駆け引き、物理的な交渉、それとなく行動を誘導することだって……だから、王家の影は情報を集める。他国の影を警戒しつつ、自分たちも影を送ってせっせと諜報活動を行う。どこの国でも、どんな為政者でもそれは行っていることです……」
「……僕もそうだと言いたいのか?」
言われてみれば、自分もそんな話題を口にしたことがある気がする。いや、身分や性別に関わらずそれぐらいの話は誰でも口にしたことがあるのではないだろうか? その全てに王家の影が聞き耳を立てているのだとすれば、ほんの少し背筋が寒くなる。現実味があるようでない、どこか夢物語のような話が現実に迫っている……その恐ろしさに伯爵とダリアは、共に息を呑む。
「王家の影には常に、そのような標的へ近づくための人間が『用意』されています。伯爵が契約妻を探し出したところで、さりげなく令嬢数人を紹介できるぐらいには……そんな中で、選ばれたのがデイジー様だったのです」
そこで伯爵の人形が一度、雑にテーブルの端へ置かれると新たな人形が追加される。デイジーを模したらしい、茶髪の人形――サラと伯爵、ダリアの目が集まる前でそれがそっとテーブルの上にセットされる。
「デイジー様は王家の影の手で今のお父様、ポッツオ伯爵の養女となりました。ただしいずれどこかの殿方に『差し上げる』こと、デイジー様の出自や素性については何も聞かない・追求しないという条件付きで……専属侍女である私もまた、そうしてポッツオ伯爵家へ来ることになったのです」




