諦めの悪い方
馬鹿馬鹿しい噂話。無茶苦茶な理屈をこじつけた陰謀論。――だが、「もしかしたら……」と思わずにはいられない。「王家の影」はこの国にとって、そんな恐ろしさとくだらなさを兼ね揃えた不気味な存在の一つだ。
特定の思想を持たず、国家安泰のためだけに動く特殊部隊。表立って政治運営を担う王家の裏で、淡々と「国」という舞台装置を動かすその様はまさに影そのもの。
「どんな悪事も厭わない、盗難・暗殺なんでもござれの最恐集団」
「王家を傀儡として利用し、裏でこの国を思いのままに操る闇の支配者」
「何か都合の悪いことを口走ったら最後、どんなところに隠れていても追い詰められ殺される」
……と、そんな感じの尾ひれをつけて語られるのが「王家の影」のお約束だ。デイジーの好きな怪奇オカルトの類ではない、別方向の恐怖を纏っているがその確証性は怨霊たちといい勝負。少なくとも伯爵の中では、いわゆるオバケの類より現実味が薄い……だが、今この状況になってその存在の信憑性がほんの少し上がってきた。
伯爵は美しいダリアと顔を見合わせる。彼女もまた、サラの言葉に驚いているようだが疑っている素振りはない。正妻の家に行き、井戸に落ち、その先でなんだかよくわからない珍妙な菓子を勧められたという不思議の国に迷い込んだみたいなこの状況。そんなワンダーランドでもう、ダリアは何が起きても受け入れいるぐらいの度胸は持ち合わせているのかもしれなかった。
しかし伯爵はまだ話についていけないのか、それともただ単に頭の回転が遅いのかサラへとまたまた問いかける。
「……君は何を言っているんだ」
「いやですねぇ、伯爵。それはこちらの台詞ですよ。デイジー様はよく言う『王家の影』の一員だって、そう申し上げたじゃないですかあぁ、それとも『ボクの名前を言ってみろ……!』的なネタでしょうか? 確かに伯爵が、色々と諦めの悪い方だということは存じていますが……」
「違う! そうじゃない!」
思わず大声で叫ぶ伯爵。
素っ頓狂な台詞を吐くサラは相変わらず奇妙な菓子を貪りつつ、たまに壁の凶器たち目を向けている。のらりくらりと伯爵の話を躱しているのか、あるいは――どこかのタイミングでそれを使うとしているのか。真剣なんだかギャグなんだかよくわからないやり取りをしている二人を、冷静に見ているのはダリアだけだ。曲がりも何も女大好きクソ伯爵のお眼鏡に叶うぐらいの女性ではあるのだ、ところどころズレてはいるが決して馬鹿ではないのである……伯爵は馬鹿だが。
そんな馬鹿……もとい伯爵を、サラは真面目な表情で見つめる。「この菓子だけは先に食べられてたまるか」と主張する手はそのままに、とりあえず表面だけは本気のオーラを放つとサラは咀嚼を終えた口でゆっくりと話していく。
「まぁ、そう簡単に信じていただけないのも無理はないでしょう。それぐらい私たち……世間一般で言われる『王家の影』と呼ばれる人間は皆、慎重に己の素性や目的を隠しています。ですが、これは事実なので……まぁ、ここで否定されても話を前に進めることはできません。とにかく、デイジー様はその『王家の影』の一員で、私はそのサポート役。今はそれだけ理解していただければオッケーです。良いですか?」
軽いノリでそう言い終えると、サラは茶を飲み込み満足げに「ぶはーっ」と息を吐く。そのお気楽ぶりにまたイラっとした伯爵だが、今度はダリアが口を挟んできた。サラに進められた菓子が気に入ったのか、ちゃっかり自分の分をキープしている彼女はサラに食ってかかる。
「でも、ちょっと待ってください。その……デイジー様が王家の影の一員である、ということを信じるにしてもサラ様はなぜそれをあっさり教えてくださるのです? その、諜報機関なら普通は隠すものではないでしょうか……?」
「あー、それはですね……うーん、どうしましょう……」
しっかりと茶を嗜みつつ、一応まともな質問をするダリアを前にサラが急に言いよどんだ。珍しく困った様子のサラに、伯爵はこの場の主導権を取り戻そうとするかのごとく比較的柔らかそうな菓子を掴む。
「おい、今更何を言い渋っている? まだ何か、僕に言えないことがあるのか? まさか、その王家の影とかいうのも作り話で僕を騙そうとしているんじゃ……」
「いえ。残念ですが、それはありません」
伯爵の言葉をぴしゃりと否定すれば、気持ちが固まったのかサラはふーっと息を吐く。
「……そういえば、思い出しました。いずれ、伯爵にはバレるはずだと……わかっていたから、デイジー様は伯爵に嫁いだのでした。なので、まぁ……良いです、申し上げましょう。ですが、こうなったら途中棄権は許しませんからね……諦めたらそこで色々終了ですよ……?」
ありもしない眼鏡をクイッとする動作をしながら、サラは伯爵とダリアへ凄む。壁に飾られた数々の凶器を前に、伯爵は一瞬怯んだ。
だが――
「……いいだろう。こうなったら全て、聞かせてもらおうじゃないか。君のことも、デイジーのことも……全部、話してみせろ」
恐るべき凶器侍女と言われるサラをもってして、「諦めの悪い方」と表現された伯爵。臆病者である自分よりも、愚か者である自分を選んだ伯爵。馬鹿でスケベでどうしようもなくアホで女にだらしない、最低男の伯爵は――内心ビクビクしながら、それでもサラの話を聞く覚悟を決めたのだった。




