コンペイトウ
暗い井戸の奥底。頼りになるのは蝋燭の灯りのみ。恐ろしい者、人ならざる者がうじゃうじゃ出てきそうな状況だが……その状況で、響いてくるのは咀嚼音だった。
それは、上品に食事を楽しむ音ではない。「ポリポリ」「ボリボリ」「パリパリ」「バリバリ」と聞き慣れない、やかましいものばかりで……耳障りなそれに、伯爵は苛立ちながらサラの口元を見つめる。
「そうですね……実を言うと、私も突然のことで驚いているのです。何から話せば良いのか、考えあぐねているもので……あ、ダリア様。こちらのお菓子も召し上がってみてはいかがですか?」
言いながら、サラは奇妙な菓子をダリアに勧める。
それは球体から棘が出たような、星を思わせる見た目のものだった。色も白やピンク、オレンジとなんだかハジけた色合いばかりで……興味本位で齧ってみれば、思いのほか固く伯爵は前歯を痛めてしまった。これで歯が欠けてしまったら、せっかくの美貌が台無しだ……などと相変わらず自己愛強すぎで勝手なナルシズムを披露する伯爵は、それでもサラを急かしてみせる。
「のんびり茶なんてしてる場合か! とにかくなんでもいいから話してみろ。サラ、それとデイジー。君たち二人は一体、何を隠している?」
「うーん、そうですねぇ……」
能天気な言葉を返したサラはほんの少し、目を瞑る。
「……例えば……デイジー様が異国の文化に詳しいことは、お二人もご存知ですよね? 愛読書である『あなたも私も井戸へGO!』だけではございません。ダリア様と文字通り、伯爵を奪い合った『子争い』の話であるとか、怪談を行う際のマナーであるとか……デイジー様はよく、勉強しております」
実際はその情報のほとんどが、どこかで捻じ曲がっているようにしか思えないだろう。だが、この場にいる三人はそれに気がつかない。少なくとも、デイジーはここにいる三人の誰よりも異国のことに詳しいのだ。それを確認するかの如く、サラは自らが口にする菓子を目の前に持ち上げる。
「この『コンペイトウ』という菓子も、隣国のシン王子とガーベラ王女のことについても……デイジー様は国外のことを本当に深く知っています。そして、それは専属侍女である私も同じことです……伯爵は、それを不思議に思ったことはございませんか?」
突然の問いかけに、伯爵は沈黙する。
デイジーは確かに、知識の範囲が広い。そのほとんどはオカルトに関わるものばかりだが、一介の令嬢がなぜそこまで他国の知識を蓄えているのだろう。単なる趣味? だが、やたら情報通という点ではサラも同様だ。いくらデイジーの側に仕えていたとはいえ、侍女という立場で仕入れることのできる情報はたかが知れている――ではなぜ、この二人はそんなことを知っているのだろう。
王弟殿下も知っていた、相手の嘘を見破る方法。国を超えて愛される『怨霊の叫びを聞いてくれ』の舞台裏。ふざけたタイトルの怪談文学や、ビビりの伯爵がさらにビビる怖い話の数々――伯爵を振り回してきた、奇妙な情報通である二人。その片割れであるサラが、コンペイトウを口に放り込んでガリッと噛み潰すと静かに口を開く。
「デイジー様はですね――都市伝説などでよく言われる、『王家の影』をやっているのですよ」
さらりと明かされたその一言は、『コンペイトウ』の持つ固さと同じぐらいの威力をもって伯爵にぶつかる。
王家の影。その名の通り、王家に仕えながら自分たちの素性は一切明かさずに情報を集める影のような存在。敵対勢力の失脚、王族のスキャンダルの火消し、国民を混乱させないための情報操作……その活躍の幅広さは、全て陰謀論だと一笑に付されるぐらいに荒唐無稽である。だがコンペイトウをガリガリ食べるサラの目は真剣そのもので――伯爵たちをからかっているわけでも、狂気に飲み込まれ妙な妄想を繰り広げているわけでもない。絶句する伯爵とダリアを前にサラは、ただ淡々と事実を述べているだけといった体で話し続ける。
「まぁ、『王家の影』というのはあくまで通称で実際はそれらしい名前もないのですが……とにかくデイジー様は、王家に仕え国内外の情報を収集する役目を担っていました。『斥候』とか『諜報員』とか、色々言い方はありますが……とにかくそういう存在でしたので、そんなデイジー様にお仕えする私も、少しは情報を知っている必要があった、というだけのことです」




