お茶でもいかがですか?
「な、何を言っている……!?」
サラの突然の爆弾発言に、伯爵は戸惑いがちにそう尋ねる。
結婚したらその女性は嫁ぎ先の人間であり、もう自分の家の娘ではなくなる。
そんな化石のように古い考え方も存在するが、サラの発言はそんな生易しいものではない。血が繋がっていない、本当の親子ではない。本当ならかなり衝撃的なその事実に、伯爵はどういう顔をしていいのかわからず困る。どんな顔をすればいいか分らない、「笑えばいいと思うよ」と言ってくれる人だっていない。ただ、サラはこてんと首を傾げると何事もなかったかのように澄ました顔で伯爵へと話しかける。
「何を、って事実をそのまま述べただけですよ。ポッツオ伯爵はデイジー様の実の父親ではございません。デイジー様の母親の子を養子にしたっていうだけの、よくある話ですよ」
「いや、それ、そういう話じゃない! その、だな……」
「家庭環境は、まぁ……普通でしたよおとぎ話みたいな継子いじめや『後から実子が生まれて……』なんてこともありませんでした。その代わり、ハートフルな家族の関係を築いていたわけでもありませんが……それ以上は話す必要もありません。それが、どうかなさいましたか?」
あぁもう! このぶっ飛び凶器侍女が!
困惑して、もはや言葉も出ない伯爵に涼しい顔のサラ。だが、その両者に挟まれて意外にもダリアは冷静だった。「ブルーノ様、落ち着いてください」と優し気に寄り添うと、猛獣を落ち着かせる様にどうどうと背中を擦る。
「……ブルーノ様は、ポッツオ伯爵を継ぐというお話はなかったのですよね? デイジー様はあくまで『モンターニャ伯爵夫人になった』のであって、ご自身が爵位を持っているわけではない……ですから、その、デイジー様にはご兄弟がいるのだと思っていたのですが、それらしき話を社交界でもデイジー様ご本人から聞いたこともなかったので……」
何か訳ありなのか、とは考えていたのです。
告げ終えたダリアの顔を、はっと伯爵は見つめる。
そう、伯爵はデイジーをモンターニャ家に「迎え入れた」。どうせ、愛するつもりはないから。ただ周囲に文句を言われないのであれば、誰でも良かったから。結婚する前のデイジーがどんな女性だろうが、また結婚後にどんな妻になろうが、伯爵家の名前に傷がつかなければどうでも良かった。だが――デイジーの方はどうだったのだろう? 本人は「伯爵夫人という立場を得られれば良かった」などと言っているが、本当にそれだけで良かったのか――そういった、女性であるがゆえの立ち回りに関しては同じ令嬢であるダリアの方が冷静に物事を考えていたのかもしれない。ただ単に美しい女にしか興味のないスケベ伯爵が、何も考えていなかっただけの気もするが……自分の知らない場所で、何かが動いている。世界が回っている中、自分だけが置き去りにされている。そんな焦燥感に迫られる中、伯爵はふと王弟殿下に言われたことを思い出す。
『人間、自分で選んだつもりでも実は第三者によって「選ばされていた」ということもよくあるものだ』
自分は平静を装いながら、じっとこちらの出方を窺うその目。思えばデイジーも、そんな風に伯爵の動きをずっと観察していたのではないだろうか。ならデイジーは一体、何を考えてずっと伯爵のお飾り妻という立場に甘んじていたのか? 今、王城に囚われていることと何か関係があるのか? そして、今ここにいるサラは――?
そんな時、伯爵の鼻を美味しそうなお茶と菓子の匂いがくすぐる。
「まぁ、積もる話もあるでしょうから。とりあえず、お茶でもいかがですか? 定番から異国の珍しいものまで、茶葉も菓子もふんだんにございます。まずは、お腹を満たしてからお話いたしましょう」
この女、やっぱり井戸でくつろいでいやがったな。
今ここで間違いなく、疑う余地もないその事実に伯爵はほんの少しの冷静さと苛立ちを取り戻したのだった。




