意外と性格面では似ている
伯爵は筋金入りの、徹底的な、もう本当にどうしようもないほどの女好きである。加えて自分に何か危害が及びそうになると途端に弱気になる臆病者、そのくせ自分の美貌やセンスを自覚し特に女の前では常にそれを発揮していたいナルシストというトリプルコンボをかましている。
そんな愚鈍なエロビビり伯爵は使用人たちが思いっきり後ろ指を指しまくっていることに気づかず、手配した馬車の中でダリアに対して不安を零していた。
それは決して嘘偽りではなく、「妻としてもらった娘の親に会いに行き、このややこしい事情の説明をせねばならない」という地獄のような状況に対して吐露した本心なのだが……そんな時でも伯爵は、ほぼ無意識にダリアとのイチャラブシーンに事を進めていた。それにこっそり聞き耳を立てていた御者は「なんなんだよコイツら……」とドン引きしていたが、彼にとっての仕事はあくまで「馬車で伯爵と、美人だけどなんでついてきたのかわからないダリアをポッツオ伯爵家の元へ送り届けること」である。彼は内心でさんざん毒づきながら、馬車を進めていく。
あぁ畜生、なんだってこんなアホどものために俺が苦労しなきゃなんねぇんだよ。そりゃ伯爵位を持ってるぐらいの人間だから給金は弾んでくれたけどさ、それにしたって面倒くせぇんだよ。つーか人が一生懸命働いてる横で勝手にラブロマンスおっぱじめてんじゃねーよ馬鹿野郎……そんな本音を御者が必死に飲み込んだおかげで、伯爵とダリアは無事にポッツオ伯爵家に到着していた。この御者は今回、裏方でかなり頑張った功労賞だとも言えるがひとまずそれは置いておくとしよう。
とにかく目的地――ポッツオ伯爵家に到着した伯爵とダリアは、馬車を降りて屋敷内の応接室へと通される。
デイジーの両親を待っている間、伯爵はそっとダリアの手に触れる。色々口説き文句を混ぜまくったとはいえ、不安を抱いているという一点だけは紛れもない事実なのである。そんな伯爵の心を見透かしたかのごとく、ダリアは伯爵の手の上にもう片方の手を添える。
「大丈夫ですよ、ブルーノ様」
それだけ言うと、ダリアは優しく微笑んでみせた。その美しさにはっと伯爵は息を飲むが――応接室に近づいてくる足音を前にし、慌ててお互いの手を引っ込ませる。
現れたのはデイジーの父親であるポッツオ伯爵であった。デイジーとは違う、白髪交じりの黒髪に黒い瞳。……それ以外、特徴らしい特徴もないノーマルでオーソドックスな一般人としか言いようのない地味な男である。そんなポッツオ伯爵――我らが色ボケ伯爵・ブルーノ・モンターニと同じ伯爵位ということもあって些かややこしいが、それは貴族社会あるあるなのでスルーしておこう――は、突然の来訪者である伯爵とダリアに向かって礼儀正しく挨拶をしてみせる。
「ブルーノ・モンターニャ伯爵。本日は我が伯爵家にお越しいただき、誠にありがとうございます。事前の手紙や連絡などをいただけなかったため、十分なもてなしはちっともできませんが……どうかごゆっくりなさってください」
口調こそ丁寧だが、結構あからさまな嫌味に伯爵は一瞬たじろぐ。
(……デイジーにはあまり似ていないと思っていたが、意外と性格面では似ているのかもしれないな……)
女子は父親に似る、という俗説があるがデイジーとサラの慇懃無礼な態度のルーツはこのポッツオ伯爵にあるのかもしれない。そんなことを考えたが今、聞くべきはそんなことではない。なんとか伯爵は「伯爵」という立場にふさわしい威厳を保ちながら、それでもやや強気な姿勢でポッツオ伯爵へと話しかける。
「悪いが、のんびりしている暇はない。今日ここに来たのは、あなたの娘であり僕の妻でもあるデイジーについて話があるからだ」
「左様ですか。……ですが、どのようなお話をなさるつもりでしょう? 子どもの時、デイジーが『異国で怪談話をする時の必須アイテムだから』と言って家中のキャンドルを持ち出した時の話でもしましょうか?」
「違う! 今、彼女がどうしているかについてだ!」
デイジー、そんなことをしてたのか? という疑念はさておき、伯爵は苛立たし気にポッツオ伯爵の言葉を否定する。
「彼女が王城に囚われている件については、このポッツオ伯爵領にも伝わっているだろう。それに、彼女の専属侍女であるサラも……とにかく、色々と問い質したいことがある。知っていることを全て話してほしい」
「あぁ、そのことですか。……そうですね」
冷静に考えればなかなか上から目線の伯爵を、のらりくらりと躱すポッツオ伯爵。一瞬、ダリアの美貌に目が留まったようだがすぐに興味を失くしたのか前髪を弄り始め――それから、真っ直ぐに伯爵の目を見つめる。
「申し訳ありませんがデイジー、あの娘はモンターニャ伯爵に妻として差し上げたものです。後のことは存じ上げません。……どうぞ、お帰りください」
「なっ、何を言っているんだ! デイジーはこの家の娘で、僕の元に嫁いだとはいえあなたの家族だろう! 今回のことは王家も絡んでいるんだ、この伯爵領にとっても他人事では……!」
「『あの娘はモンターニャ伯爵に妻として差し上げたものです。後のことは存じ上げません』」
妙に断定的な言い方でそう告げられ、伯爵は違和感を持つ。
しきりに前髪を弄ぶポッツオ伯爵、戸惑いを隠せない様子のダリア。どこか奇妙で、ちぐはぐな空気の中に伯爵は言い知れない不安を抱いた。ポッツオ伯爵、彼はどこにでもいるたくさんの中年貴族の一人だ。別におかしなことはない、変なところなど見当たらない。
――だが、いきなり現れた娘の夫に対してなぜ彼はさっさと対応することができたのだろう? そういえば、デイジーの母親は? サラ以外に、デイジーに仕えていた侍女は? その他の、かつてこのポッツオ伯爵家でデイジーが生きていたという記録は――?
「デイジーがあなたの元へと嫁いだ日。あの娘の部屋は打ち壊し、残っていたものもほとんど処分してしまいました。他家に嫁ぐからにはそれぐらいの覚悟が必要と思ってのことですので……もうこの家に、あの娘に関わるものはございません。誠に申し訳ありませんが、これが私の話せる全てです」
「そ、そんなことはないだろう! そうだ、サラ以外の侍女は? 同じようにデイジーの世話をしていた侍女や使用人がいるはずだ、何か話を……!」
「もともと、あの娘にはサラ以外の侍女や使用人をつけておりませんでした。サラは優秀でしたし、デイジーもサラによく懐いていたので……まぁ、そういうわけですのでお帰りください」
自身の黒髪を気にしながら、それでも執拗に「帰れ」コールをやめないポッツオ伯爵。その頑なさにヘタレ伯爵は怯むものの、代わりにダリアが声を張り上げた。
「お待ちください。部屋を打ち壊す、なんて大袈裟ではありませんか? 仮にデイジー様に関わる全てを抹消するとしても、空間を丸ごと取り去ったわけではないでしょう。大型の家具や、装飾だってあるでしょうに……そういったものも、全て消し去ってしまったのですか?」
美人のダリアは、その場にいるだけで男性の目を惹きつける。もはやお馴染みの伯爵はもちろん、ポッツオ伯爵もその美しさには心動かされるものがあったようだ。黒い目を泳がせ、咳ばらいをすると――「あぁ」とわざとらしく思い出したような素振りを見せる。
「そういえば、庭に井戸を模したオブジェがございます。あの娘がまだ幼い時に、『井戸へGO!』とかいうタイトルの本を読んで自分も似たようなものが欲しいとねだったから作ったのですが……あの子に纏わるものといえば、それぐらいでしょう」
井戸。その忌まわしい単語の登場に伯爵は内心ぎょっとするが、ダリアはそんなこと露知らずポッツオ伯爵へと畳みかける。
「それは、まだあるのですか? あるのでしたらぜひ、拝見させていただいてもよろしいでしょうか。私たちは今、デイジー様に関わる情報を少しでも多く集めたいと思っているので……どこにあるかだけでも、教えていただけませんでしょうか?」
「……まぁ、それぐらいならご自由に。あれは我が家の庭の北、一番暗くジメジメしたところにございます。かなり不気味なデザインとなっていますが、見る分には構わないでしょう……」
「本当ですか? ありがとうございます!」
麗しく、見る者を惑わせる妖艶な笑顔を浮かべてみせるダリアの隣で伯爵はさっと青ざめる。
伯爵はまだ、井戸が怖い。恐ろしい。『あなたも私も井戸へGO!』は彼にとって、すっかりトラウマだ。だがその事実は伯爵だけの秘密、例え使用人たちにはバレバレでも自分が好いた女……ここではダリアにだけは、絶対に知られてはならないことなのである。そのため、ずっとそれを大事に大事に隠し続けていたのだが……その行動はたった今、裏目に出た。ダリアは伯爵を引きずり、問題の北の庭にあるという井戸へと向かっていく。
(待ってくれダリア、僕は井戸が怖いんだ。本当に、もう、ものすごく怖いんだ。想像するだけでぞっとするのにそんな、わざわざあの忌まわしい本に登場する井戸に似せて作られたものなんて、見たくもない。いや、本当に、無理だって。ちょっと待ってくれダリア、どうか、お願いだから……!)
伯爵の祈りも空しく、ダリアは彼を連れて問題の井戸へと向かっていく。
そんな二人の後姿を見送るポッツオ伯爵はまだ黒い前髪を弄っていたのだった。




