普通である
さすがの脳みそお花畑、隅から隅まで女のことばかり考えているドアホ伯爵とていつまでもダリアの顔に見とれているわけにはいかない。ダリアの緊迫したような表情もあってかようやく冷静さを取り戻した大馬鹿伯爵は、しばし考えてみせる。
デイジーの両親は普通である。そう、「普通」なのである。
並み、平凡、凡庸、モブ。その普通っぷりは正直、何をどう描写すればいいのかわからないほどである。伯爵やダリアほどの美男美女でもなければ、目も当てられないほどの醜男醜女でもない。一応、「デイジーの茶髪と茶色い瞳は母親譲りらしい」ということはわかるが父親はそれすらもない。親子として紹介されれば、納得できるぐらいのうっすらした共通点がある気はするが……それもあくまで、周囲に「本当に親子なのか?」と疑われない程度であって、家族同士の仲も特筆すべきことはないようだ。大して仲が良いでもなく、不仲でもなく……その関係はちょうど、事情を知らない第三者が見た伯爵とデイジーの姿に似ている。そんな彼らは伯爵がデイジーへ縁談を申し込んだ時も、大して動揺した様子を見せず、「喜ばしいことです」「大変光栄です」といったよくあるフレーズを何度か口にしながら、あっさりと二人の結婚を許可した。
とんとん拍子で進んだその結婚を、当時の伯爵は「面倒な手続きが少なくて助かる」としか思っていなかった。だがデイジーのいなくなった今、その経緯には些か不自然なものがあったようにも思える。そもそも「普通」の両親からなぜあんな娘――デイジーのように何を考えているのかわからず、なんだかよくわからないまま夫を振り回すような女性が生まれてきたのか。そして、そんな令嬢になぜ色々と物騒な侍女であるサラをつけているのか。
問い詰めたいことは多々あるが今はとにかくダリアの言う通り「デイジーが何か王家に疑われるようなことをいているのか」「サラはどこへ行ったのか」の二つをはっきりさせねばならない。解決するかどうかはわからないが、このまま黙っていても仕方がないことは事実である……しぶしぶながらその現実を受け入れ、認めることにした伯爵は苦い顔でダリアに頷く。
「わかった。デイジーの実家、ポッツオ伯爵家に向かうには馬車がいる。今から急いで準備しても、到着は明日の昼過ぎになるだろう。……ダリア、君はどうする?」
伯爵は自分の美貌を最大限に活かしながら、なるべく頼み込むような形でそう尋ねる。
はっきり言って、一人でデイジーの実家に向かうのは不安であった。社交界きっての色男だろうが、プレイボーイの美男子であろうが、所詮は馬鹿でビビりなチキン野郎の伯爵である。『怨霊の叫びを聞いてくれ』だとか『おいでよ死霊の森!』のように魑魅魍魎やオカルトの類がいないとしても、怖いものは怖い。
この先、何が待ち受けているのかはわからない。漠然とした不安、ぼんやりとした恐怖。本当に怖いのは生きた人間、などと言うが何にせよ伯爵にとって「怖い」存在であるのは間違いないのだ。全く、情けない男であるが……なんだかんだモテるだけあって、おかしな方向に頭が働く伯爵は必死に言葉を繋いでみせる。
「僕は、とても不安なんだ。か弱い君をたった一人にするのも不安だし、そもそも僕は君なしで生きてはいけない。例えこの先、何が待っていようとも君がいれば怖くないが僕は君を失うことが何より怖い。お願いだ、僕と共に来てくれ。こんな時だが、いや、こんな時だからこそ僕は君と一緒にいたいんだ……」
か弱いのも、怖がってるのもお前だけだ。
とはいえダリアとて、伯爵に惚れ込んだ女の一人であることは事実である。なんだかんだと甘い言葉を囁かれれば、その気になってくる物語のヒロインのようにうっとりとしてしまう。彼女は熱っぽい眼差しで伯爵の手を取ると、励ますように優しく口を開く。
「大丈夫ですわ、ブルーノ様。一緒にデイジー様の生家へ向かいましょう。一体、何が待っているのか。恐ろしいことこの上ないですが私たちの愛があれば大丈夫……今こそ二人の愛が試される時なのです。私は、どこまでもブルーノ様についていきます……」
そうして、お互いをじっくりと見つめ合うダリアと伯爵はしばらく二人きりの世界に浸る。
そんな茶番をなんとか終わらせた後、ようやく伯爵とダリアは一緒にポッツオ伯爵家を目指すのだが――その後ろ姿を見送った使用人たちが口々に、「いや、おかしくね?」「そもそも旦那が愛人と一緒に本妻の実家に行くって状況が、かなりヤバくね?」とごく普通かつ至極当然の話をしていたことを誰も知らなかった。




